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私、気付いてしまった。

 美しい金色の髪が、濁流に向かって大きく跳ねる。


「ライリー!!」


 大きく嘶いた馬から振り落とされて、暗闇の濁流に彼の体はパシャリと沈み、水面にひょこひょこと頭が見え隠れしながらどんどん下流へと流され、あっという間にその小さな金色は見えなくなった。


「ライリー!ライリーッ!!」


 直ぐに手綱を持ち替えて馬の向きを変えようとすると、後ろから隊長に制される。


「ロレッタ!待て!お前はあの黒い馬を捕まえてから残りの隊員と修繕の手伝いに行くんだ」


「だって…!ライリーが!!」


「あっちは俺が行くよ。…これだけの急流だから……助けてやれるかは分からない。とにかくお前以下の隊員は上流へ。分かったな?」


「でも………でも」


「これは命令だ。俺が戻るまではお前が隊の指揮を取るように。全力は尽くすから。いいな?」


「…………はい。お願いします。取り乱して…すみませんでした」


 唇を噛み締めて頷く。任務中だ。自分の感情ではなく、全ての優先順位を考えて動かなくてはいけない。特に私情が揺れている時の救助は救助者も一緒に被災してしまう事が多い。今の私では感情のまま川に飛び込んでしまうと思われたのだろう。確かにそうだ、と、頭では分かっているけれど。


「でも…」


 私のせいで。


 部屋でのライリーしか知らない私は、馬に跨る彼を初めて見て、何だか嬉しくて考え無しに声をかけてしまった。私は再び唇を噛む。


「…ロレッタ。今はお前がするべき事をしてくれ。ライリーは俺が見つける。任せろ」


 そう言ってシオン隊長は一人で下流へ向かった。


 頭が冷える。けれど感情は制御不能なくらい荒れていた。動揺を隊員達に悟られないように私は大きく息を吐いてから隊に向かって声を出す。


「キエル、聞こえる?!」


「はい!バーグラー副隊長!」


「今逃げた馬を追って!自分が危ないと感じたら逃がしてしまってかまわないから隊に戻るように。それ以外の隊員は上流へ向かいます。泥濘が多いから皆気をつけて進んで」


 そこからは目の前の作業に没頭する。私たちはすぐに移動し、作業している一団に合流する。そこでは村の男たちが円匙を使い溝を作って水流を逃していた。


 隊員に指示を出しながら私も作業に加わる。

 ザッザッと無心で土砂を掬っていると、濁流に飲み込まれた金色の髪を思い出して涙がジワリと滲む。


 完璧じゃない私を素敵だと言ってくれた、ふわふわの綿菓子のような子。殆ど告白のようなものを言ってくれたけれど、若い時期にある淡い憧れみたいなモノだと、正面から見ようとしなかったのは自分だ。

 真面目で、美味しいパンを焼いておはようと言ってくれて、急に凛々しく大人びてきた…のは。


「ライリー…」


 ポトリと瞳から落ちた雫は、川に吸い込まれていった。


 それから一心不乱に土を掘る。少しでも水の勢いが緩くなれば、少しでも、少しでも…。


 不意に誰かが私の手首を掴む。


「ロレッタ。少し休め。お前ぶっ通しで作業し過ぎ。倒れちまうぞ」


「隊長…!」


 その手はシオン隊長だった。彼は優しく微笑んでいる。その顔にライリーの無事を確信して、私はまた目が潤む。彼は私の瞳を見て優しく笑う。


「ああ、ヒヨコは無事だよ。運の強い坊主だ。だからお前も少し休…あ、おい!」


 隊長の言葉を待たずに私は走り出す。


「すみません!すぐ戻ります!」


 居ても立っても居られず、私はすぐに村の診療所へ向かった。



 ----------------

 スヤスヤと眠るライリーはまるで美しい陶器の人形のようだった。唇の色はまだ若干悪く、体に大きな疲労が残っている事を示している。


「ライリー…良かった…。ゴメンね」


 彼の頬をそっと撫でる。いつも寝ているのは私の方だから何だか変な感じだな、と思いながら暖かい肌を触っていると安心で私もその場に崩れそうになる。


「ロレッタ…か?」


 後ろから声を掛けられて振り向くと、見知った男が立っていた。


「ダン…?」


 どうして彼がここにいるのか、ライリーを見た安心と疲れの限界がきていて頭が回らない。ダンとは昔付き合っていた事がある。そういえば仕事で土木の扱いもしていたから、水門の修繕に来ているのかもしれない。


 ダンが色々と喋りかけてくるけれど、それには全然集中出来ずに私は適当に返事をする。早くどこかへ行ってくれないかな、そう思いながら話をしていると、ダンは会話の端々に復縁を匂わせてきた。きちんと拒絶の意思を示し、もう関係は終わった事を伝えるけれど、彼は引かない。何だかダンらしくない、そう思いながらも適当にいなす。


 "ライリーにお付き合いしている人がいる"

 そう聞いて、私はただ様子を見に来ただけだと伝えると、ダンが私の頬を撫でた。やめて、という気力が残っておらず、されるままに体を預ける。よく見ると彼の指先には私の涙がついていて、そこで初めて私は自分が泣いている事に気付いたのだった。これがどういった種類の涙か分からないけれど、どうやら私は動揺しているらしい。


 どう勘違いしたのか、涙を拭ってダンが顔を近付けて来た。私にはもう彼にそんな色っぽい感情は残っていないというのに。

 はは…と、自嘲のため息が出る。


 ドンッと彼を突き放して、私は自分の涙を拭う。カッコ悪さと情けなさが込み上げてくるけれど、これ以上ダンの前で醜態を晒す訳にはいかない。


「いい加減にして。私、隊に戻るわ」


 本当はライリーが目を覚ますまで側に居たかったけれど。


 鉛のように重い体を無理矢理動かして、私は部隊へと戻った。

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