拗らせてる、僕。
恋というのは馬鹿のする事だ。
恋をしたってだけで人が眩しく見えるだの、世界が輝いているだの、そんなことありえない。
だいたい、人前で睦言を囁くなんて痴態、とてもじゃないけど頭が悪すぎて出来るわけが…
「はぁ…今日も本当に美しい瞳ね。眼福〜」
目の前の麗しい女は目を花色にして本気で言っている。僕にじゃない、彼女の疲れをほぐしている大男に向かって、だ。
この麗しい女は僕の姉さんで、微笑みながら彼女を揉みほぐしている猛牛のような大きな男は幼馴染のマークスだ。
この2人は亀の歩みのようなじれったさで、最近ようやく気持ちが通じ合った馬鹿ップルである。
長年の想いが届いた大男マークスの姉さんへの甘やかしは凄まじく、少々天然の気質がある姉さんはそれを全力で受け止め、同じ量の甘ったるい空気をマークスに返している。
大好きな2人を応援する気持ちがあるから構わないけれど、仮にも家族の目の前で毎日痴態を繰り広げるのは本当に勘弁して欲しい。
「飽きもせずに良くもまぁ毎日毎日…」
僕がブツブツ呟いていると、姉さんはソファでクッタリしながらこちらに向かって微笑む。
「なーに?ライリーもやってもらいなさいよ。マークスのマッサージは本当に気持ちいいんだから…」
「悪ィが俺はフレリア以外にマッサージする時は手加減しねぇぞ?」
姉さん言葉を聞いて大きな岩…もといマークスがニヤリと笑って親指を立てる。マークスの槌のような手で手加減無しのマッサージをされたら首が折れてしまう。
「いい、僕別に体凝ってないし。まぁ……ごゆっくり」
手をひらひらさせながら、ベタついた空気漂う部屋を出る。
部屋を出る時に「そんな軽くあしらわないでよぉ〜」と甘ったるい姉さんの声と「じゃあもっと解そうか」と重ねて喋る男の声も聞こえる。
勝手にやっててくれ、そう思いながら僕は部屋の扉を閉めた。
僕の家はそこそこ歴史のある伯爵家だ。とはいっても少し前までは明日も越せないレベルの超絶赤貧伯爵家だった。数年前にちょっとした事件があって以来、少しずつ回復傾向にはあるけれど、それでもまだまだ予断は許さない。
大丈夫なレベルまで立て直す為に、僕は日々の勉強と鍛錬を積む。両親に無理を言い、多くの貴族が通う王室の学校に大枚を叩いて通っているのはその為だ。
知識を身につけ領土を知り、領民を守り、アリアストリという家名に相応しい伯爵になるのが当面の僕の目標なのである。
さっきソファでとろけていた姉さんも、世間ではそれなりに名の知れた騎士団所属の医師だったりもする。
本来は伯爵令嬢という身分があり、働く必要のない姉さんが、王室直属の医療騎士団で働いているというのは巷ではそれなりにセンセーショナルな事らしく、街の女性から羨望の眼差しで見られていたりするらしい。いつの時代も先陣を切って働く人というのは同性から魅力的に見えるみたいだ。あんなフニャフニャの姉さんでも。
…だけど。
「僕は色恋に惚けてしまったりしない。自立しているしっかりしたパートナーと人生を歩むんだ」
謎の気合いを入れて、僕は今日も日課の散歩に出掛けるのだった。
「ライリー、変に真面目だから家の立て直しに気負っちゃって。あの子にも素敵な人が現れるといいんだけどね。想う人が近くに居ると毎日幸せだもの」
目の前の想い人に向かって薄桃の髪を揺らしながらフレリアは微笑む。
「真面目な奴の方が恋に溺れると盲目になっちまいそうな気がするけどな」
薄桃色がかったフレリアの髪を一房掬い、その柔らかな髪に優しく口付けながらマークスは笑いながら返した。