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例え怪物でも愛してる

作者: サーナベル

寒い風が北から降り注ぐ。それでも子供達の遊びに支障を来すことは無いようである。鬼ごっこや砂遊びなど笑い声が近所迷惑なぐらい響いている。

ジャメットは北風を諸に受け、大袈裟にクシャミして見せる。200センチメートルの身長と150キログラムを越える体重で如何にも、子供を近付けてはいけない人のようだ。

秋が過ぎようとしていた。過ごしやすい季節が通り過ぎる。

木々がざわめく。ソロキャンパーには良い季節だと教えてくれる。

ジャメットはのそのそ歩いてブランコに腰掛けた。最近、歳のせいか、座る時腰が痛む。それでも、医者に診せる程ではないと勝手に判断していた。

目の前で子供が転んだ。

ジャメットは咄嗟に「大丈夫かい?」と囁いたが、子供はジャメットを見て泣いて逃げ出した。

平和である。

赤いベンチに愛らしい女の子が座っていた。

10月の空は青い。雲が優雅に頭上を泳いでいる。

「よっこらしょ」

掛け声と共にゆっくり立ち上がる。

ジャメットは女の子に興味があった。昔いた死んだ妹そっくりだ。

女の子は赤いマフラーをしている。黒髪をショートカットにし、大きな瞳で世界を観察している。

そばかすがあったが、まごうことなき妹のクロラチナだ。

そんな訳がないことは分かっていた。話しかけて落胆するのが目に見えていた。

ジャメットはヨレヨレのワイシャツを着ている。顔は、整っているとは言えず、神に裁かれたように醜く歪んでいた。

それに対して、クロラチナはとても愛らしかった。スッとした鼻筋に大きな瞳に薄い唇。どれだけの男を葬って来たか数知れずである。

ジャメットは意を決して、居るはずの無いクロラチナに話しかけた。

洗い立てのシャンプーのような良い匂いがする。

ブランコからベンチまで歩いただけで、汗が滴った。

「お嬢ちゃん、お名前は?」

偽のクロラチナは思い詰めた顔で蟻の行進を見ていたが、ジャメットに気付いた瞬間、一瞬ギョッとした形相を見せた。

「不審者には話しかけちゃダメなの」

声が違う。それだけで、ジャメットは落胆の底に落ち込んだ。

「ごめんね。オジサン、もう行くよ」

その言葉で偽のクロラチナは明らかに動揺していた。怪しい人だが、直ぐ謝るところは、彼女の知る不審者ではない。

「オジサン、もう少し傍にいて。私はラティーチェ・アンソニー。8歳よ」

初めて聞く名前にジャメットも動揺する。もしかしたら、知っている名前かもしれないと思っていたのだ。

ラティーチェがピンクの唇を動かす。

まだ10歳にも満たない幼女と話をするのは冒涜的な行為だとジャメットの本能が警告を発していた。

ラティーチェは言った。

「オジサン、いつになったら、私のママ、帰って来るのかな?」

2人して途方に暮れる。迂闊に期待するようなことを口にするべきではないとジャメットは判断したのだ。

「お母さんと仲が悪いのかい?」

しばらくして口を開く。我ながら気の利いた台詞の出なさに驚きを隠し得ない。

ラティーチェは首を大袈裟に振った。

「ママがおかしくなったのは変なお薬のせい。私を産んだせいでママは病気になったの」

ジャメットは自分の境遇とラティーチェの境遇を重ねていた。

産まれるべきではなかった子供。誰にも愛されない…。

「お母さんは本当はお嬢ちゃんのこと、愛してると思うよ」

白々しい言葉がツラツラと込み上がって来る。更に不意打ちをかけるような言葉を何とかして飲み込んだ。

「オジサン」とラティーチェは言った。

「この街で1番綺麗な場所、私知ってるんだ」

ロワバは住宅街だ。ここにある公園も自然豊かというより、人工的に子供を遊ばせるだけの空間を開けてあると言った表現の方が似つかわしい。

ラティーチェは巨漢のジャメットを凄い力で掴んで、引っ張った。

急なことで驚いている暇もなかった。

「どうしたんだい?急に」

「あのね、あのね、オジサンになら教えてもいいってせーれいが言ってたの」

せーれいとは声霊のことだろう。

その証拠にラティーチェはジャメットの背後を見、感心していた。

「オジサン、凄い数だね」

ジャメットには見えない。

ラティーチェはポケットから飴玉を出し、自分の口に放り込むと、ジャメットにも渡した。

「オジサン、名前は?」

「ジャメット・クレイマだよ、お嬢ちゃん」

しばらくの間、無邪気な笑い声が響く。

「素敵な名前。オジサン、何歳?」

ジャメットは喉の奥でクックックと笑った。

「何歳に見えるかい?」

ラティーチェは腕を組んで、考え込む。

ジャメットには実年齢を当てられない自信があった。自分でも分からない程、長生きしてきたのだ。クロラチナは老衰で死んだ。幼い頃の彼女を覚えてる程、ジャメットは常識外れの記憶力を持っていたのだ。巨体も年月の賜物だった。本当に神に裁かれたのかもしれない。

そんな彼を人々は<怪物>と呼んだ。昔の仲間からは「くたばれ」というレターが贈られて来た。

ラティーチェは不貞腐れつつ、問題の解答が得られないことを悟り、目で自分に付いて来ないか訴えた。

ジャメットはラティーチェに同意する。自分を幼女誘拐犯にしたがる公園内にいる他の子供の親達の視線を浴びて、萎縮しそうになった。

しかし、ラティーチェはそんなことにお構い無しのようである。

ラティーチェの手は小さくて温かかった。少し力を入れただけで簡単に潰れそうだ。

30分程歩いただろうか。途中、狭い道で車に撥ねられそうになり、心臓が破裂しそうだった。人の数も段々少なくなって行き、都会の喧騒とはかけ離れた急な階段が目の前に現れた。

長年、ロワバに住んできたが、こんな所、あっただろうか?

ラティーチェは息を切らしていない。

一方、ジャメットの疲労感は日頃、食べて寝るだけの人間特有のものだった。

一段一段上がる。少しずつ現実味を失う。階段は変形している。そんな違和感にジャメットは囚われた。

ここではラティーチェが指導権を持っているのだ。たった8歳の子供にしては大したものだ。

ジャメットは空恐ろしくなってきた。

何とか階段を登り切ると背後を振り返った。

ただの普通の急な階段が並んでいた。

ラティーチェの瞳が爛々と輝いている。何かを操っているようだ。思い過ごしかもしれない。

ジャメットは首を左右に振り、「妄想だ」と自分に言い聞かせた。

「オジサン、こっちこっち!」

黄色い声に向かって、切らした息を飲むようにして走った。

「お嬢ちゃんは若いな」

「オジサン、見た目以上に遅かったね」

怒るべきところなのだろうが、声のトーンが優し過ぎて怒る気力を無くさせていた。

「オジサン、メタボで死ねるかな?」と自虐ネタを言ってみる。

それに対してラティーチェがキャッキャと笑った。

「オジサンはメタボでは死ねないよ」

「どこからの情報だい?」

「せーれいがオジサンは呪われてるって」

ジャメットはラティーチェを嫌と言う程、くすぐった。

クロラチナともこうしてふざけたことがあった。懐かしさが込み上げて来る。

ジャメットの父も母も酒呑みで、お互いよく殴り合っていた。母は格闘家だったため、一方的なDVにならなかったが、よく父が流血騒ぎで病院に搬送された。珍しいケースながら、父の情けない姿を自分とよく重ねることが多くなった。

もう何百年も昔のことだった。しかし、今もまだ鮮明に覚えている。

ラティーチェが山奥の展望台から街を見下ろした。

ジャメットもそれに習う。圧巻だった。街が小さく見える。周りに山々が聳え、苦労して来た甲斐があったと実感した。工場から排気ガスが漏れているのが見える。右の方では植物園が鮮やかに彩っていた。

「ここはね」とラティーチェが言った。

「せーれいに許可された者しか登って来れないの」

そう言うラティーチェはただの幼女からかけ離れた何かだった。

ふとジャメットは気になったことを話す。

「お母さんがきっと君を探しているよ」

年齢相応の態度でラティーチェはむくれた。

「ママなんか知らない」

ジャメットは少し安心した。ラティーチェは普通の女の子なのだ。

「ダメだよ、お嬢ちゃん。そろそろ帰ろう。オジサン、またここに来るから。もちろん、声霊によろしく頼んでおいてくれ」

意外としおらしくラティーチェは頷いた。

「毎日、13時13分に展望台で待ち合わせね」

ジャメットがラティーチェの頭をクシャクシャにして撫でる。ラティーチェは嫌がる素振りを見せるが本心から嫌がっている訳では無さそうだった。

もう陽が傾いている。

どうやって帰ったのかジャメットには覚えがなかった。


次の日もその次の日も、ジャメットは不思議な展望台でラティーチェと会っていた。話題は他愛の無いことばかりだ。今日、皿を割ってしまったとか、ネギトロ丼とイクラ丼とウナギ丼、どれが1番美味しいかとか、まるで友達同士のように話した。友達同士以上だったかもしれない。ジャメットには自覚が無かったが、ロリコンの素質は大いに兼ね備えていた。

昔から同年代の女性と恋ができた試しが無い。だからと言って男性の方がいいかと言えばそうではない。

いつの間にか季節は冬を越え、春爛漫の景色に変わっていた。展望台からは桜が狂おしく咲き乱れているのが見える。

ラティーチェはジャメットに懐いて離れるのを異様に嫌がった。

「ダメだよ。お嬢ちゃん。早くお家に帰って美味しいご飯を食べて来なさい」

「オジサンがご飯作ってよー。どんなに不味くても食べてあげるから」

「あのな」とジャメットは困った顔をした。

「人の料理を不味いの前提で話さないでくれないか。一応、一人暮らしだし、そこそこ食べれる物が作れるぞ」

ラティーチェに疑わしげにまじまじと見つめられ、ジャメットはバツが悪くなる。

「オジサンの作るビーフシチューは自慢の逸品だ」

ラティーチェが身を寄せる。

「オジサンのお家ってどこにあるの。1回行ってみたい」

これではレッキとした幼女誘拐犯になってしまう。

「お嬢ちゃんがもっと大人になってからな。それまでに他の男に盗られちまうだろうけど」

ラティーチェを奪われるのを想像するだけで反吐が出た。長くなってきたラティーチェの髪を梳くって見せる。他の男もきっと同じようにするだろう。

「オジサンのことは忘れろ。普通の女の子として普通の恋をしなさい」とジャメットは声が少し震わせながら言った。

ラティーチェの子供らしい一面が全面に出てきた。

「ヤダ!オジサンと将来ずっと一緒にいる。オジサンの作るビーフシチュー食べる!!」

小学1年生ぐらいの年頃のため、無断欠席してないか、ジャメットは前々から心配していた。

心配事は当たりらしい。昨日、ラティーチェ・アンソニーの欠席について、電話で学校に問い合わせてみるとジャメットが父親と間違われ、散々文句を言われた。ちなみに学校の電話番号はタウンページに載っていた。

「そうかそうか。昼飯奢ってやるから、学校行くこと考えるんだぞ」

ラティーチェは一瞬、ショックを受けた顔をした。ジャメットは自分がまるで裏切り者のようではないかと傷心する。

2人は奇妙な、振り返ったら、奈落に堕ちるかのような階段を下り切り、定食屋でカツ丼定食を注文して食べた。

ニュースが流れている。

カツに齧り付いていると自然と耳に入って来た。

『次のニュースです。ドレットニ・パーカー君、7歳が一昨日から行方不明になっています。ドレットニ君の両親はドレットニ君が学校に行ったまま帰って来ず、昨日午後から警察に捜索依頼を出しました。最後に見た報告ではドレットニ君は青いジャンパーと黄色い靴を履いていたとのことです。事件は連続児童失踪事件として調べています。』

ジャメットは、定食屋の兄ちゃんに呼びかけた。

「連続って他にも失踪した児童がいるのかい?」

定食屋の兄ちゃんは最初、ジャメットの見た目に尻込みしたが、直ぐに対応する。

「他に5人、5歳の女の子1人と6歳の女の子1人と9歳の女の子1人と7歳の男の子1人と8歳の男の子1人、神隠しに遭ったみたいに消えちまった。皆、学校帰りの防犯カメラの無い所でらしいですぜ。旦那」

口の中に米をかき込む。美味い。

「嬢ちゃんも気を付けな。丁度、狙われる年頃だ」

ラティーチェはビクッと怖がる反応を示した。

小声で何か言っている。

ジャメットは聞かなかったことにした。

まさかーー。

違う。間違いだ。

その後、ラティーチェを見送る。

さて、今日も帰って仕事をしよう。

しかし、最後にラティーチェが言っていたことが気になって仕事に手が付かなかった。

そこでラティーチェについて探偵に調べてもらうことにした。

確かにあの時、ニュースを観たラティーチェはーー。

小声で「私はやっていない」と言ったのだ。


依頼していた探偵は直ぐに結論を出した。

「どうやら、連続児童誘拐事件の犯人はラティーチェ・アンソニーのようです」

探偵事務所は涼しく、換気されていた。ピカピカの白い大理石にパキラや幸福の木が点々と配置され、最悪のデータを夢のように仕立て上げようとしている。

金髪の色男が探偵ごっこを楽しんでいるのが、憎らしくて仕方なかった。

「どんな手口だ?」

「彼女は幼女ではありません。アナタと同じ新人類です」

つまり、8歳は見た目だけということだろう。クロラチナの親戚がジャメットと同じプロセスを辿ったと見て良さそうだった。

「驚きましたよ」と探偵、クリストファー・ミシェルがソファの後ろに腕を回した。

「自分と歳が近い人間の心臓を10個食べると、歳を取らなくなるのですね」

ジャメットは頭を抱えて呻いた。

「まさか、俺と同じだなんて。ラティーチェは10個食べたのかい?」

カルテを視る医師のような手付きでクリストファーは資料を仰ぎ見る。

「まだですね。後、3個で完成するようですよ。両親も食べられた後のようです。実はですね」

クリストファーが気難しい顔をしてジャメットに迫った。

「新人類の存在を政府は認知しているのです」

喉がカラカラに乾く。

ジャメットはゴクリと唾を飲み込んだ。

「だからってどうなるんだい?」

「鈍いですね」と探偵はコメカミを人差し指でつついて見せた。

「彼女は幼い。捕まえる価値があるんですよ」

冷たく言い放つ。

「モルモットとして」

まるで悪夢だ。ラティーチェが自分と同じ〈怪物〉因子を持っているだけでも最悪なのに、〈怪物〉に成り果てた後、政府に人体実験をされるのだ。歳を取らずに済む方法が分かるまで発狂するような拷問を受けるだろう。

ジャメットは決心した。

「〈怪物〉になった時点で彼女を殺す」

クリストファーが憎たらしく脚を組む。

「良い心掛けですね」

ジャメットは物怖じせず、探偵に頼み込んだ。

「幾らでも払う。拳銃を用意してくれないか」

探偵は恭しく頭を下げた。

「喜んで。ショットガンとリボルバー、どちらが好みで?」

ジャメットは肩を怒らせて、感情の籠らない声を上げた。

「楽に死ねる方だ」


怪しい黒い高級車がジャメットの目に度々、付くようになった。

こっちが警戒しているのに気付くと、直ぐに立ち去る。

ジャメットはラティーチェの身を案じた。

あの野郎共、俺の娘に手を出したら、ぶっ殺してやる。


13時13分まで後3分だ。

子供がまた3人、行方不明になった。

ラティーチェは〝完成〟したのだ。

ジャメットは電子煙草のトウモロコシ臭さに咳き込んで適当に捨てた。

鳥が楽しそうに囀っているのが、不安を和らげてくれている気がした。

長かった自分の命も最期だ。ラティーチェだけ殺す訳にはいかなかった。

ラティーチェが急な階段を登って来る。相変わらず、疲れた様子が見られない。

何も知らない<怪物>はジャメットに抱き付いて来る。

珍しく<怪物>のジャメットもラティーチェを抱き締めた。

桜はもう散って緑が全面的に顔を出している。

「お嬢ちゃん、オジサン、お嬢ちゃんのこと大好きだよ」

ラティーチェも頬を寄せる。

「私もオジサン、大好き!」

しばらく沈黙していた。

「ロシアンルーレットしないかい?」

ラティーチェが不思議そうな顔をする。

「オジサン、それ、怖いヤツだよ。死んじゃうかもしれないヤツ」

「ただの鋭いBB弾が入っているだけだから死なないんだよ」とジャメットは勤めて明るく言い放った。

「お嬢ちゃん、勇気はあるかな?」

ラティーチェは愚かな挑発に乗り、ジャメットをこっそり悲しませた。

「私から逝くね」

赤いベンチで座っていた幼女のままで笑いかけて来る。

しばらく、リボルバーを見た後、ラティーチェは全て理解した顔をしていた。薄らと滴る涙を拭う。

今のラティーチェは〈怪物〉として怪力だ。リボルバーの引き金を振り絞るのも造作の無いことだろう。

思ったより簡単に、〈怪物〉になった幼女は死んだ。血塗れになって脳漿を撒き散らしている。声霊が天に帰るのが視界に映った。

ジャメットはラティーチェを抱き締め、後を追う。

ーー例え怪物でも愛してる。

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