高所恐怖症
今日はついに封印の祠を目指す。
それはいい。覚悟はできている。
だけど、竜の背中に乗るのだけは勘弁してもらいたい。
高いところが大嫌いなんだもん。
スカイダイビングとか、バンジージャンプとか、何が楽しいのか全然わからない。
この世界に飛行機がなくてよかったと思ってるぐらいだ。
急がなくても徒歩で登ろうと提案したんだけど、古竜が祠に人間が近づかないように、崖を壊して断崖絶壁にしてしまったらしい。
ニコラくんに崖を復活させてほしいと懇願してみたけど、さすがに無理だと断られてしまった。
というわけで、全員で命綱を作っている。
ゲームでは簡単に竜の背中に飛び乗っていたけど、現実はそんなに容易いことじゃない。
命綱なしでビルの屋上まで登る人、いる?
しかも飛ぶんだよ?
落ちるにきまってるじゃん!
到着する前に全滅したらシャレにならない。
まずは太くて丈夫な縄を編んで、それを竜の首にしっかり巻きつける。
いわゆる、ペットの首輪みたいな感じ。
そしてそこにひとりずつ輪にした縄を縛り付ける。
で、そこに入ってしっかりつかまる、という準備だ。
実際竜の背中に登ってみたらそこそこ広かったので、これぐらいしっかり縛り付けておけば落ちないとは思うんだけど。
乗り心地はすこぶる悪い。
翼の間に乗ってるから、竜の背中の筋肉がもりもり動く。
船に乗って嵐にあったら、こんな感じの揺れだろうか。
絶対吐く。
ゴミ袋を用意しておこう。
「皆、準備はできたのか?」
「はい。お言葉に甘えて、装備をいただきました」
「ワシは送っていくだけで、手出しはせぬぞ。人間の争いに干渉はしない」
「わかりました」
帰りはどうしたらいいんだろうと思っていたら、竜笛という笛をくれた。
呼んだらどこへでも迎えにきてくれるらしい。
一番モノを無くしそうにない、ニコラくんに預けることになった。
紐をつけて、首からぶらさげてもらう。
「せめて、お前たちには加護をやろう。少しは役に立つじゃろうて」
古竜がフーッと息を吐くと、体から力が満ち溢れるような感覚。
『古竜の加護』がステータスに表示された。
炎耐性(常態)だ! これは正直一番助かる。
レアナが好き放題スキルを使えるからだ。
「あっ、古竜さん、これはなんですかあ? 獄炎の舞?」
「おお、お前は竜族の末裔だったのか。人間にもそのような者がまだいるのだな。美しい炎であるぞ。敵を焼き尽くすまで、舞い続ける炎じゃ」
「うわー! ありがとうございます!」
「あの、煉獄浄化というのは……」
「お前はその力を得たか。それはこの世界にあらざる者を浄化する炎じゃ。裁きの炎ゆえ、使い所を間違うでないぞ」
「わかりました。心しておきます」
オーグストはうれしそうだ。
これまで、アンデッド系のモンスター以外に有効な攻撃スキルがなかったもんね。
この世界にあらざる者、ということは魔神に有効だといいんだけど。
「では、ゆくぞ。ワシの背に乗るがいい!」
試練だ。
高所恐怖症を克服できるかもしれない。
みんなに頼んで、私を真ん中にしてもらった。
これなら、下の景色は見ないで済むかも。
「うひゃああああ」
「おえええええ」
「ひゃああああ」
「うるさいのう。ゆっくり飛んでおるぞ」
時間にして数分だったと思うけど。
古竜様がサービスで祠の上空を一周してから急降下してくれた。
もちろん全員吐いた。
高所恐怖症を克服どころか、トラウマになりそう。
「ど、どうもありがとうございました……」
「なに、これしきのこと。また呼ぶがよいぞ」
飛び去る古竜様を見送ってから、全員に回復魔法をかけた。
どっちかというとHPよりメンタルがやられたけど。
「さて。あれだな。封印の祠ってえのは」
「行ってみましょう」
白い石でできた小さな神殿のような祠。
ポルトの森にあった魔獣の祠に比べるとかなり大きい。
祠周辺は竜が降り立つことはできるぐらいの広さだけど、断崖絶壁だ。
人間が自力で登ってくるのは無理っぽい。
中央には扉があって、閉まっている。
周囲を一周まわってみたけど、他に出入り口はなさそうだ。
「入ってみるか」
「待って。扉もたぶん封印されてるから。解除するよ」
「扉が封印されてるんだったら、このまま祠ごとオーグストに結界張ってもらったらよくない?」
「そういうわけにもいかねえだろ。剣がどうなってるか確認しねえと、また行ってこいって言われるぞ」
「それもそうですね……」
こんなところには二度と来たくない。
さっさと確認して帰ろう。
周囲はしーんとしていて静かだし、魔神がいそうな感じじゃないけどな。
オーグストが扉の封印を解除してくれたので、恐る恐る中に入ってみる。
魔獣の祠のときみたいにダンジョンでもあるかと思ったけど、中はただのだだっぴろい部屋だ。
古ぼけた石のテーブルや燭台みたいなものが、壊れてそこいらに散らばっている。
蜘蛛の巣やホコリだらけで、100年以上誰も出入りしていなかったような感じ。
「かすかに魔力が残っている場所があるみたいですが……あのあたりです」
ニコラくんが指さしたのは、部屋の一番奥の、テーブルらしきものがあるあたりだ。
みんなで固まって、そろりそろりと近づいてみる。
「あっ、あれ、剣じゃねえか?」
「ほんとだ。クリストフの剣かな?」
床に無造作に剣が落ちている。
確かにエヴァ先輩が持っている複製とよく似た剣だ。
持ち手のところには、すっかり色あせて灰色になった宝珠がある。
ホコリをかぶってはいるが、立派な聖剣だ。
「触っても大丈夫かな?」
「待って。エヴァ先輩じゃないほうがいいと思う、念のため」
「俺は魔力ないから、俺がいくか?」
「うん、マルクお願い」
マルクがかがんで、ゆっくりと剣を拾い上げる。
「封印……解けてると思うか?」
「見ただけじゃわからないですねえ」
「とにかく魔神はいねえんだし、オーグストに結界張ってもらって帰るか」
「うん、それがいいよ。確認するっていう依頼は果たしたんだし」
マルクは剣をテーブルの上に置いた。
その時、突然入り口の方に、人の気配がする。
「誰だっ!」
「ようやくここの封印を解くものが現れましたね。やはりあなたたちでしたか」