古竜の巣
それから3日間ほど、池のほとりを拠点にして、何をやっていたかというと。
まず、ドラゴンリザードを探して、ニコラくんに足止めしてもらう。
そして、それぞれ試したいスキルや攻撃で、ドラゴンリザードに集中攻撃をする。
ドラゴンリザードが動きそうになったら、マルクに一撃で倒してもらう。
その繰り返し。
周辺にいたドラゴンリザードは、ほとんど倒してしまったと思う。
なかなか見つからなくなってしまった。
ドラゴンリザードの皮は、防具の素材で高く売れるので、ある程度は解体してマジカルバッグに入れてある。
でも、さすがに全部は持って帰れない。
そうなると、食料にならない大型の魔獣は、後始末が大変だ。
レアナに火葬してもらって、ニコラくんが土をかぶせて埋める。
倒すよりそっちの方が時間がかかる。
でも、これをやっておかないと、腐って病原菌がはびこるといけないから。
討伐した魔獣を置いていく場合、最低でも埋めておくのは、冒険者のマナーなんだそうだ。
3日めの夜、そろそろ山へ向かおうかということになった。
このあたりには、ドラゴンリザードより強敵はいないとわかったし、これ以上はあんまり訓練にもならない。
木をなぎ倒したり、焼き払ったり、だいぶ森を環境破壊しちゃったしね。
野営をしていた場所から、山のふもとはすぐそこだ。
事前に調べた情報では、古竜は山の中腹にある、古竜の巣と言われる岩棚にいるらしい。
ただし、私たちが中央正教会から依頼されたのは、古竜に会うことではない。
あくまでも、頂上にある祠の封印状態を確認に行くのが依頼だ。
つまり、わざわざ古竜の巣を目指す必要はないんだけど、エヴァ先輩は先に古竜を目指そうと言う。
これは、飛ばしてはいけないイベントだと言って。
クレール神官も会ったことがあると言っていたし、人間の敵ではないと信じて、まずは古竜の巣を目指すことになった。
本当に聖騎士と思念を通わせることができるのか、不安だけど。
ていうか、もう聖騎士じゃなくて勇者なんだけど。
山のふもとから見上げると、一目でわかるぐらい、古竜の巣は大きな岩棚だった。
姿は見えないが、いると信じて向かうことにする。
意外にもバルディア山には、登山道があった。
大昔は鉱山だった名残なんだろうか。
山肌にそって、螺旋状に登っていける道だ。
これなら、クレール神官が子どもの頃に登れたのもうなずける。
バルディア山は岩山で、見晴らしがいいので、迷うこともなかった。
一本道なので、頂上を目指せば嫌でも古竜の巣を通過することになりそうだ。
魔物が出てくることもなく、山は静かだ。
竜がいると他の魔物も近寄らないのかもね。
エサになりたくないだろうし。
「あれはなんだ?」
キィっと鳴き声がして、遠くから大型の鳥みたいな魔獣が飛んでくるのが見えた。
ドラゴン……ではないよね。
似てるけど、そんなに大きくはない。
「ワイバーンじゃないでしょうか」
「そんな感じだな……」
野生のワイバーンを見るのは初めてだ。
ワイバーンはドラゴンの下位種だけど、知能が高いので討伐禁止種になっている。
意外と性格が穏やかで、個体によっては人間になつくそうだ。
魔獣というより、動物カテゴリーだよね。
大昔は、あれに手綱をつけて空を飛んでいた人間がいたらしいから、すごい勇気だなあと思う。
ワイバーンは近くでくるりと旋回すると、古竜の岩棚の方へ飛んでいった。
キィキィと鳴き声が響いている。
次の瞬間、耳を覆いたくなるような、大きな声が響き渡った。
「この山に近づくではない! 人間どもよ!」
ぐわーん、と目が回りそうな大声だ。
これは思念伝達なんてものじゃない!
しかも全員聞こえてるし。
聖騎士まったく関係ないじゃん!
山の上の方から、暴風が吹いてきて、前進できなくなる。
「聞こえぬのか! 人間どもよ! 引き返すがよい!」
さらに大声と暴風が襲ってくる。
聞こえてますとも。
鼓膜破れそうです。
バサッバサッと音がして、岩棚から巨大な竜が飛び立つのが見えた。
古竜だ!
こちらに向かってきて、空中からこちらを見ている。
「なぜ言いつけを聞けぬ」
そのとき、エヴァ先輩が前へ進み出て、古竜に向かって聖剣を抜いた。
「私たちはあなたに会いにきました! この聖剣の宝珠に見覚えはありませんか?」
「宝珠じゃと? お前はあのときの坊主か? 剣に触れてはならぬと言ったことを忘れたか」
「違います! この剣は預かってきただけで、私は別の聖騎士です! どうか話だけでも聞いてください!」
「……よかろう。上がってくるがよい」
古竜が飛び去ったので、私たちは急いで岩棚を目指した。
そして、ついに古竜と対面することになった。
「私たちは、どうしてもこれから封印の祠を目指さなくてはならないのです。魔神の復活を阻止しなければなりません」
「あのクリストフが命をかけても成し得なかったのだ。それをできるとでも思っておるのか」
「クリストフをご存知なんですか?」
「もちろん知っておるぞ。あやつを拾ったのはワシじゃからの」
「拾ったとは……?」
「バルディアの森に倒れておったのを見つけてな。まだ、小さい子どもじゃった。こんな森に人間の子どもがひとりで生きておれるはずもない。仕方なしに拾って食事を与えてやった」
古竜の話は、驚くような新事実だった。
古竜に助けられたクリストフはすっかり懐いてしまい、マリアナで聖騎士となってからも、何度も訪れたそうだ。
助けてもらったお礼を、律儀にいつも届けにきたと。
そして、魔神がこの世に現れて討伐に向かうときも、ここへ来たそうだ。
「ワシは止めたがな。どうしても行くと言って聞かなんだ……頑固なヤツでな。ワシはクリストフの剣に力を与えてやろうと思って、瑠璃の宝珠をやった。それが間違いじゃった」
「間違いだったとは……?」
「人間は愚かじゃ。なぜ同じ罪を繰り返そうとするのか。のう、そこの若き神官よ」
オーグストは、真っ青になって震えている。
「お前は気付いているのであろう?」
「俺は……俺は絶対に仲間を犠牲にしたりしない!」
「そう思っておるなら、ここで引き返すがよい。あの祠とクリストフの魂は、ワシが守っておる。唯一の人間の友であったからな」
「クリストフ様は……騙されていたのですか?」
「恐らく知っておったぞ。あれは、聖騎士である自分の使命だと言っておった」
「オーグスト……どういうこと? ちゃんと教えて?」
「大神官たちは……戦って勝てないようなら、勇者ごと封印しろって俺に言ったんだ‼」
泣きながらオーグストはがっくりと膝をついた。
「だけど、断ったぞ! 俺はそんなことしないからな! 絶対に!」
「オーグストがそんな人じゃないって私たちは知ってるから、大丈夫」
「もしかして……この剣は聖騎士の命と引き換えに魔神を封印する、ということですか?」
エヴァ先輩が剣を見つめながら、古竜に問いかける。
あの時、エヴァ先輩が釈然としないと言っていた勘は当たってたんだ。
なぜ、勇者が剣を持っているのに、大神官が魔神を封印をするのか、と。
「ワシが宝珠をクリストフにやったのは、そんなことのためではなかったがのう。結果的に、人間どもは都合のいいことに利用した。ワシはそれが許せん」