マルクの大剣
これで、全員が上級職になった。
それはいいんだけど、装備が頼りないとエヴァ先輩が言う。
今は全員騎士団から支給された剣と防具で、それなりに高品質なものではあるけど、魔神と戦うことを想定した武器とかじゃないもんなあ。
マルクは騎士団の片手剣は使いにくいというので、自分の両手剣を使っている。
エヴァ先輩は聖剣を使えるだろうけど、私には無理だ。重すぎる。
騎士団から支給された鋼鉄の剣でも結構重い。
RPG的には新しい国に来たら、まず武器屋とかに行ってみるよね。
軍事力的にはバスティアン王国よりも劣るマリアナだけど、腕のいい鍛冶職人がいたりするかもしれないし。
なんか錬金でいいアイデアないかな、と思ってニコラくんに相談してみる。
「ねえ、大賢者」
「やめてくださいよ、その呼び方」
ニコラくんが顔を真っ赤にしている。
照れなくてもいいのに、もう大賢者なんだから。
「私達、騎士団から装備を支給されてるけど、もっとバージョンアップするアイデアとかないかなあ?」
「うーん、騎士団の装備は現状国内でも最高クラスですからねえ」
「でも、たとえばスワンソン先生のマントとかは、すごい装備なんでしょう?」
「あれはスワンソン先生がすごいからです。国宝級ですよ」
「そこまですごくなくてもいいけど、もうちょっと魔神対策できないかなあって」
「剣とか防具を強化するには、素材が要りますよ」
「たとえば、どんな素材?」
「有名なところでは、オリハルコンとか」
「へえ。どこにあるの?」
「僕は見たことないです。というか、それ自体が国宝級ですね」
「もうちょっと手に入りやすいものは?」
「そうですねえ……あとはミスリルとかかなあ。それもかなり入手困難ですけど」
「そっか。やっぱり武器屋を回ってみるしかないのかなあ」
バルディア山を目指すために、物資の買い出しを兼ねて街へ出てみることになった。
帰りがいつになるかわからないので、食料などを補充しておこうと思って。
途中で冒険者ギルドに立ち寄り、腕のいい鍛冶職人と武器屋を教えてもらった。
ギルドの周辺には何軒かの武器や防具の店があるという。
その中で興味を持ったのは、骨董品や輸入品を扱っているという武器屋だ。
運がよければレアな武器や魔道具などを売っていたりするらしい。
さっそく行ってみることにした。
その店は細い裏通りにあって、よく見ないと通り過ぎてしまうぐらい目立たない店だった。
看板も出ていないし、暗くて怪しげだ。
入り口の横の表札ぐらいの大きさの板に、店名が書いてある。
「何かお探しですか」
揉み手をしながら、小柄な店主が出てくる。
うん、怪しい。
鼻の下に、くるんと端が上にカールした髭を生やしている。
アラビアン・ナイトに出てきそうな変な服装だ。
「何ということはないけれど、掘り出し物でもないと思ってね」
「そうですか。お見かけしたところ、冒険者の方々ですね。武器などをご所望ですか?」
エヴァ先輩がお金持ちっぽいからか、店主はエヴァ先輩にすり寄ってくる。
「うん、武器もだけど、討伐や遠征に便利な道具などもあったらいいな、と」
店の中には、使い方のよくわからないような道具が、たくさんホコリをかぶっている。
ニコラくんは、壁際にある本棚の古本を物色し始めた。
「ちょうどいいのが、最近入りましたよ。持ってきましょう。少しお待ちを」
店主は奥からゴトゴトと大きな箱を運んできた。
「これは、めったに入らないレア物ですよ」
自慢気に開いた箱には、立派な大剣が入っていた。
マルクが今使っている大剣よりもさらに大きい。
「マルク、持ってみたら?」
「おう。なんか見たことねえ形の剣だな。宝珠みたいな石がついてるぜ」
「実は盗賊の戦利品だったのですが、価値は本物ですよ」
ニコラくんが近寄ってきて、剣についている石を見ている。
緑色のヒスイっぽい石だ。
「緑碧玉ですね」
「坊っちゃんは目が高いですなあ。その通りでさあ」
「ニコラくん、それ、珍しいの?」
「宝石としてはそんなに珍しいものでもないけど……剣についてるのは珍しいですね」
「そうでしょう、そうでしょう。ここまで大きな碧玉はなかなかありませんよ」
剣の形も珍しい。
海賊が持ってるみたいな、先の方がカーブしている剣だ。
異国の剣という感じ。
バスティアン王国では剣と言えば、騎士団の鋼鉄剣のようにまっすぐの刃が普通だ。
「マルクはどうなの? 使いにくくない? その形」
「よくわかんねえよ。こういうの、使ったことねえからな」
「碧玉がついてるということは、何か特殊効果でも?」
「坊っちゃんにはかないませんな。緑碧玉は大地の力を集めるんでさあ。持った人間の攻撃力を3倍にするって話ですぜ。元々攻撃力の低い者にはたいして役に立ちませんがね。」
マルクが驚いて、自分のステータスを開いてみる。
「マジかよ……」
「どうですか、なかなか手に入らない一品ですよ」
「いくらするの? これ」
「1000万ダルでさあ、お客さん」
「1000万!」
マルクは恐ろしそうに、剣を箱に戻してしまった。
1000万ダルって、先日国からもらった報奨金ほとんど全部だ。
すでに、こっちに来る準備で結構使ってしまった。
「さすがに買えないよね」
「他にはないの?」
「武器でめぼしいのは、今んところはそれだけですねえ。なんならあちらでご覧になってください」
店の一角には、無造作に剣や防具などが積み重ねられている。
まあ、それは本当に骨董品なんだろう。
「僕はね、隣国バスティアンの貴族なんだけど、忍びでマリアナ王宮を訪問しているんだよ」
エヴァ先輩が突然店主に、キラキラ王子様モードで話しかける。
「それはそれは……そうでしたか。高貴なお方だと思っておりましたよ」
「その大剣、気に入ったよ。後で王宮まで届けてくれないかな。お金を置いてきてしまってね」
「はあ、王宮にですか。それはちょっと。門の外までなら」
「いや、そんな大金を持って城の外へは出られないからね。ぜひ王宮まで届けてもらえないかな。僕らは明日には別の場所へ移動するから、忙しいんだ」
「今日中には難しいかと……」
「そうか。それは残念だなあ。とても気に入ったのだけど、今は750万ダルぐらいしか持ち合わせがなくてね」
エヴァ先輩は突然貴族モードになって、見え透いた駆け引きをし始めた。
思わず笑いそうになったので、店内を見るふりをしてその場を離れる。
結局店主はエヴァ先輩に押し負けて、750万で売ってくれることになった。
盗賊団が持ってた剣なんて、盗品に決まってるんだから、王宮には持ってこれないよね。
「先輩、俺、そんな金払えないっすよ」
「いいんだよ、金のことは僕がなんとかするから。攻撃力3倍は絶対手に入れときたい。メンバーの命がかかってると思えば、安いもんさ」
「ありがとうございます。じゃ、遠慮なく」
それから、ニコラくんは古本と素材をいくつか買った。
私とレアナとオーグストは、あんまり価値がわからなかったので、手を出せず。
「先輩の貴族っぷり、面白かったあ!」
「僕は1000万ダルでも安いと思ってたんですけどね……」
店を出てから、皆で大笑いだった。
ニコラくんは、最悪1000万ダルでも買おうと思ってたらしい。
これでマルクの攻撃力は転職前の30倍だから、相当なものだ。
「ニコラくんは何の本を買ったの?」
「1冊だけ古代魔法が書かれていた本があったんです。たぶん店主が価値に気付いてなかったのか、安く買えました。あ、そうだ……」
ほくほく顔のニコラくん。
思い出したように、ポケットから何かを取り出した。
アンティークっぽいペンダントだ。
ベージュ色の小さな石の彫刻で、バラの花のような形だ。
「ルイーズさんにあげます」
「えっいいの? でも、どうして?」
「それも碧玉ですよ。小さいけど、少しは攻撃力上がると思います」
盗賊団の盗品の山の中に埋もれていたのを見つけたと言う。
碧玉は緑色だと思っている人が多いけれど、いろんな色があるんだって。
「ありがとう、ニコラくん。大事にする!」
「いえ……安かったんですよ」
ニコラくんは、なぜかちょっと照れて赤くなった。
レアナには申し訳ないけど、多分レアナは剣で攻撃することは少ないと思うから。
ありがたく私がもらっておこう。