大神官オーグスト
いよいよ、オーグストの大神官の儀式が始まる。
部外者立ち入り禁止だと言われたんだけど、ゴネて全員で中に入れてもらった。
『入れてもらえないなら、聖剣を置いて全員バスティアンに帰る』とエヴァ先輩が言ったら、あっさり入れてもらえたのだ。
一応、勇者の機嫌を損ねるのは、まずいらしい。
案内された部屋の中央には、大きな魔法陣が描かれていた。
準備があるというのは、これのことだったんだろうか。
「古代魔法陣ですね」
ニコラくんが小さい声で教えてくれた。
なんとなく予想はついていたが、教会が隠匿している秘術は、古代魔法なんだろう。
中央正教会は、自国にだけ大神官を生み出して、他国の教会を支配しているに違いない。
でないと、マリアナだけに大神官が8人もいるというのはおかしい。
この8人はみんな結構年をとってるから、この人たちが既得権益を手放したくないんだろう。
「これより、大神官の儀式を始める」
離れているように、と言われたので、部屋のすみっこに並んでオーグストを見守る。
大神官が全員で魔法陣の周りに立ち、オーグストを取り囲んだ。
儀式を取り仕切っている、一番高位の大神官が、何かぶつぶつと唱え始めると、魔法陣が光り始めた。
それに伴って、他の7人も詠唱を合わせ始める。
オーグストは中心で目を閉じ、ひざまずいて祈りの姿勢をとった。
魔法陣の光はどんどん強くなって、オーグストを包み込んでいく。
儀式なんて一瞬で終わるものかと思っていたけど、結構時間がかかっている。
10分ほど立つと、大神官のうちの一番年をとった人が、倒れるように離脱した。
魔力切れのようで、懐からポーションを出して飲んでいる。
「これ、相当魔力消費するんだね」
「この大きさの古代魔法陣だと、そうでしょうね」
「私たちでもできるかな?」
「途中でポーション飲んでいいなら大丈夫でしょう」
ニコラくんは真剣な表情で魔法陣を見つめている。
これを再現できるかどうかは、ニコラくんにかかっている。
やがて、オーグストを包んでいた光は、少しずつ弱まり始めた。
そして、最後の光が消えたときに、大神官たちは詠唱を止めた。
「儀式は終わりだ。確認されるがよい」
オーグストは立ち上がって、自分のステータスを確認した。
そして、私たちの方を振り返って、力強くうなずいた。
「授かりし大神官の力、善なる者の正義と平和のために捧げます」
「よい祈りである。では、プルマン大神官、急ぎであるが別室で封印の術を覚えていただく」
オーグストは大神官たちに囲まれて、どこかへ連れ去られてしまった。
ここからは、秘匿事項なんだろうか。
でも、出ていってくれてちょうどよかった。
大神官たちが立ち去ったのを確かめて、ニコラくんが魔法陣のあった場所へ駆け寄る。
「復元」
床から儀式のときの魔法陣の文字が浮かび上がった。
ニコラくんはノートを取り出すと、魔法陣を縮小して複写した。
スワンソン先生がよくやっている術だ。
「どう? この魔法陣、使えそう?」
「僕が解析しようとすると時間がかかってしまうでしょう。スワンソン先生に送ってみます」
ニコラくんは複写した魔法陣を転移メモでスワンソン先生に送った。
『至急』と書いていたので、すぐに返事がくるといいんだけど。
できれば大神官たちが戻ってくる前に、ここで済ませてしまいたい。
「ぱっと見たところ、職業を表すような文字列はなさそうなんですよね」
ニコラくんは大神官とか大賢者、というような意味の古代語をあらかじめ調べてあったようだ。
ノートと照らし合わせながら、一部解読している。
「てことは、限界突破とか限界解除、みたいな感じだろうか」
「ふむ……面白い発想ですが、あり得ますね」
エヴァ先輩の考え方は前世のゲーム知識なんだろうけど、つまりなんらかのリミッターがかかっているのを解除するということかもしれない。
それだったら、上級職の職業関係なくこの魔法陣でいけるんじゃない?
しばらく待つと、スワンソン先生から返信が届く。
「職業に関する記述なし。呪い禁術等の記述なし。力の上昇に関する記述あり。危険はないと思われる。詳細は時間要」
端的で必要最低限の連絡はスワンソン先生らしい。
無駄が嫌いって言ってたもんね。
「どうする? もうちょっとスワンソン先生の解読を待ってみる?」
「いや、今の時点でスワンソン先生にわからないことを調べようと思ったら、かなり時間がかかるでしょう」
「そっか……ニコラくんの考えは?」
「そうですね……やってみましょう! 僕が実験台になります」
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫です。僕はスワンソン先生を信じてますから」
「やり方はわかる?」
「たぶん、錬金と一緒ですよ。魔法陣に魔力を細く流していく感じです」
ニコラくんが実験台になるというなら、ここにいる魔力持ちはレアナと私とエヴァ先輩だけだ。
大神官が8人がかりだったのを3人でできるものなんだろうか。
レアナはあわててマジカルバッグから魔力ポーションを大量に取り出している。
「僕は錬金やったことないんだけど、やり方教えてくれる?」
「大丈夫です。先輩回復魔法使えるんだから、それをできるだけちょっとずつ流す感じです」
エヴァ先輩の手を握って、魔力を流すイメージを伝える。
ちょっと照れくさいけど、先輩は真剣だ。
「じゃあ、やってみますか。3人で無理そうだったら、また考えましょう」
「待ってください!」
振り返ると、扉のところにクレール神官が立っていた。
私たちの話を聞いていたんだろうか。
「私も手伝いましょう。ひとりでも多い方がいいですから」
「でも、いいんですか?」
「構いません。私達の代わりにバルディア山に向かってくださるのです。手伝ってもバチは当たらないでしょう」
断る理由はないよね。
クレール神官が、魔法陣を取り囲む輪に加わった。
その時、黙って見ていたマルクが口を開いた。
「なあ、俺が実験台になった方がいいんじゃね? そしたらニコラの魔力も使えるんだろ?」
「それはそうなんですが……マルクは不安でしょう? こんな魔法陣」
「ちえっ、ニコラにできることぐらい、俺にだってできるさ! ナメんなよっ」
マルクが不機嫌そうにドスドスと魔法陣の中心に向かって、ニコラくんを押しのけた。
「煮るなり焼くなり好きにしろっ!」
「煮たり焼いたりはしませんよ」
ニコラくんは魔法陣を出て、周囲の輪に加わった。
これで5人。
「じゃあ、やってみましょう。マルクはじっとしてて」
「おう。オーグストの見てたからわかってるぜ」
「あの大神官たちの祈りの言葉みたいなのは、必要ないのかな?」
「あれは、心を静め、波長を整えるためにやっているので、絶対に必要というわけではないでしょう」
クレール神官が説明してくれた。
「じゃあ、始めます。ゆっくりと少しずつ流してくださいね」
ニコラくんの掛け声で、全員が魔力を流す。
魔法陣が浮き上がり、光がマルクを包み込む。
と、次の瞬間、光は突然激しく膨れ上がり、瞬く間に部屋中に広がって、パシーンと音を立てて弾けた。
全員が魔法陣からふっ飛ばされて、尻もちをついてしまった。
部屋に青い光の粉のようなものがキラキラと舞っている。
「いたたたた……失敗ですね」
「みんな大丈夫っ?」
「ケガはしてねえぜ」
「あーびっくりしたあ」
やっぱりそう簡単にはいかなかったか……と思ったんだけど。
ゆっくりと舞い落ちる光の粉は幻想的で、とても美しかった。