クレール神官の話
「うーん……なーんか、納得できないんだよなあ」
王宮の一室に案内されてから、エヴァ先輩はずっと考え事をしながら、部屋の中をウロウロしている。
「さっきの教皇様の話ですか?」
「そう。なんか変だと思わなかった?」
「枢機卿にはなんだか裏がありそうだな、とは思ったけど」
「この剣は、勇者にしか使えないんだろう? なのに封印は大神官にしかできないって、どういうことだろう。なんのための勇者かと思わない?」
「そう言われてみれば……」
封印の状況を想像してみると、勇者が聖剣で魔神と戦っていて。
その横から大神官が剣に魔神を封印する、というのは変と言えば変だ。
うん、エヴァ先輩の言いたいことも何となくわかる。
「教会は何かごまかしてるよ。そもそも、祠ごと結界で封じることができるなら、大神官だけ行けばいい話だし」
「それは万が一魔神がすでに復活してた場合、戦わないといけないからじゃない?」
「でもさあ……もし100歩譲って魔神がすでに復活していたとしたら、おとなしくそこにいると思う?」
「まあ、それを確認しに行くだけ、とか」
「うーん……釈然としないな。やっぱり」
「クリストフの剣」という本の内容を思い出してみたけど、どこにもクリストフに大神官が付き添っていて、大神官が封印した、という記述はなかった。
クリストフが魔神を封印して、その剣を抱いて消えた、という話だったはずだ。
あれは教会が何か不都合な事実を隠匿して、ストーリーを作ったのかも。
翌日私とエヴァ先輩は、クレール神官の元を訪れた。
ずっと剣を守ってきたなら、何か言い伝えなどを聞いているかもしれないので。
「これはこれは、勇者の方々。私に何か御用でしょうか」
私たちは、昨日とは違って、狭い質素な部屋に通された。
ただ、木のテーブルと椅子があるだけの部屋だ。
まあ、その方が人に話を聞かれなくていいけど。
「実は、私たちはクレール神官がなぜ剣の守り人になったのか、詳しい話を聞きたかったのです。マリアナ正教国唯一の聖騎士なのですから、勇者になれるタイミングもあったのではないかと思って。そもそも、聖剣はあなたのために作られたものではなかったのですか?」
そう考えるのが自然だろう、とエヴァ先輩は言っていた。
国に唯一の聖騎士がいるから、作ったのではないか。
まさか他国の聖騎士のためではなかっただろう。
「そうですね。もう古い話になりますが、聖剣を作ることになったときに、確かに私は勇者になると言われていました。そして、バルディア山にも一度行ったことがあります」
「古竜のところですか?」
「そうです。当時はまだ私は子どもでした。私は正確にはこの国の生まれではなく、リリト王国の出身なのです。マリアナ正教国との国境に近い村に住んでいたのですが、あるとき盗賊に襲われまして……たまたま通りがかったマリアナの騎士に助けられたのです。そして、この教会に連れてこられて、私はここで育ちました」
「……そのとき、クレール神官は自分が聖騎士だと知っておられたのでしょうか?」
「はい。村にいるときに判別の儀は済ませておりましたので」
うーん。怪しい。
誰が聞いてもうさん臭さ満載の話だ。
本当に盗賊だったんだろうか。
しかも、隣国の騎士がたまたま通りがかるとか、都合よすぎる。
「バルディア山に行ったのは、瑠璃の宝珠を探すためでした」
「瑠璃の宝珠とは?」
「聖剣についている、あの青色の宝珠です。あれは、バルディアの鉱山で取れるものなのです。そして、その時古竜とも一度会っているのです」
「では、聖騎士が古竜と思念を交わせるというのは、本当なのですか?」
「そこは何と申しますか……聖騎士だから古竜と話せたのかどうかは、正直よくわかりません。古竜は私に瑠璃を宝珠を授ける代わりに、二度とバルディア山に人を近づけるな、と言いました。その時以來、人はバルディア山に近づけなくなったのです」
なるほど。話を聞く限り、古竜は人間と敵対しているわけではなさそうだ。
ちょっと安心したけれど、二度と近づけるなと言われているのに、近づいてもいいんだろうか。
「それで、昨日ちょっと不思議に思ったことがあったんですけど、クレール神官は剣の守り人になって以來、剣に触れたことはなかったのですか? 聖騎士なら勇者になれたかもしれないのに」
「いえ……私は、勇者になる資格はないということを、知っていたのです」
「それはどういうことでしょう?」
「古竜が言ったのです。瑠璃の宝珠で聖剣を作っても、お前は決して触れてはならぬ、と。私が扱える剣ではないとのことでした。私は落胆して神官となり、剣の守り人となったのです」
「なるほど、そういう事情だったのですね」
「触れてはならぬと言われていたのに、昨日はつい誘惑に負けて剣に触れてしまいました。お恥ずかしい限りですが、今は何かスッキリした気持ちです」
クレール神官の中で、なぜ自分は聖騎士なのに勇者になれないのかという葛藤があったのかもしれない。
言葉の通り、すがすがしい表情をしている。
私たちが現れて、肩の荷が降りた、とも言っていた。
「もうひとつ聞きたいことがあるのですが、魔神の封印についてです。封印はなぜ大神官でなければできないのでしょうか」
「私の知っている範囲のことでお答えしますが、大神官は秘技といわれる魔法を使えるのです。それはこの中央正教会の大神官のみが知る術で、門外不出です。魔力量が相当ある者でなければ扱えないため、大神官のみに許されているのです」
「ということは、勇者クリストフも大神官と一緒に祠へ行ったのかなあ」
「どうでしょうか……クリストフに関する文献は、この中央正教会にもほとんど残っておりません。語り継がれた物語も、真実ばかりではないでしょう」
「他に何か、聖剣やクリストフのことについて、知っていることはありませんか? どんな小さなことでも構いませんので」
「そうですね……私は一介の神官に過ぎませんので、知っていることなど多くはありません。ただ、ひとつだけ申し上げておきたいのは」
クレール神官は、扉の方にちらっと目をやり、声をひそめた。
「この中央正教会は、保守的で排他的なのです。他国から来た者に情などありません。どうかお気をつけください」
「わかりました。ご忠告いただき、ありがとうございます。クレール神官もご苦労されたのですね」
クレール神官はなんだか気の毒な人だ。
スキルのことを聞いてみたけれど、回復と補助魔法が少し使える程度だそうだ。
なぜ、クレール神官は聖騎士なんだろう。
めずらしい職業なんだから、きっと自分が聖騎士として生まれてきた意味を知りたいよね。
それが剣の守り人になるためだけだったとしたら、あまりにも報われない気がする。