プランB
翌日、ついにやってきました、マリアナ正教国、中央正教会。
さすがに立派な神殿だ。
建物のいたるところに、華美な装飾がほどこされている。
観光で訪れる人も多いらしく、噴水や花壇に囲まれた美しい神殿だ。
教皇様に謁見するということで、オーグストは気の毒なぐらい緊張している。
オーグストの説明では、教皇は選挙で選ばれていて、今の教皇はそれなりに人徳がある人物らしい。
ただ、本当に怖いのは枢機卿なんだそうだ。
最も長い期間、枢機卿の地位についている老獪で、教皇よりも力を持っているようだ。
そういえばバスティアンの国王も、枢機卿の命令で困っていると言ってたっけ。
私達が案内されたのは、本神殿ではなく謁見室がある別棟だ。
通常、教皇クラスの人に謁見するときには、この部屋が使われるらしい。
礼拝堂みたいなところを想像していたんだけど、そうではなかった。
国王陛下の謁見の間みたいな感じで、厳重に警備されている。
一段高いところに立派な椅子があって、そこに教皇様は座っていた。
若い頃はモテただろうなと思うような、イケてるオジサマだ。
隣は枢機卿。
こっちは、見るからに悪賢そうな年寄りだ。
できれば関わりたくない感じの。
部屋の片側には、大神官と思われる立派な衣装の人たちがずらりと並んでいる。
私たちは中央に進み出て、ひざまずいた。
「遠きところからわざわざ使節団の方々に足を運んでいただき、感謝申し上げます。バスティアン王国の繁栄をお祈りいたしましょう」
教皇様が手をあげると、大神官たちが声を揃えて祈りの言葉をつぶやき始める。
オーグストが黙祷しているので、あわてて真似をした。
教会での振る舞いは、全員オーグストの真似をする、と打ち合わせしてある。
昨晩はエヴァ先輩と、私とオーグストで、さんざんシミュレーションをした。
こう言われたら、こう返事をする、というリハーサルだ。
基本的に勇者に関する受け答えはエヴァ先輩がする、ということになっている。
大神官に関することは、オーグストだ。
パーティーメンバーに関することを聞かれた場合は、私が答える。
失敗は許されないので、緊張する。
「お疲れでしょうから、どうぞお座りください」
並べられた椅子の、最前列にエヴァ先輩、私、オーグスト。
後列に、騎士団の代表者とパーティーメンバー。
着席すると、教皇様はエヴァ先輩と私に目を向けた。
「今回、聖騎士の方に来て頂いたのは、我が教会が保有する聖剣が理由です。リリト大神殿で聖剣が盗まれたという噂があったと思いますが、剣はこちらで保管しております。盗まれたように噂を流しておいたのです。また狙われては面倒ですのでね。では、こちらに持ってこさせましょう」
教皇が目で合図をすると、大神官のひとりが部屋から出ていった。
「すでにご存知かもしれませんが、我が国には聖剣はあっても、聖騎士が長年誕生していないのです。そのため、バスティアン国王にご協力いただき、聖騎士を派遣していただくこととなりました。聖騎士は、前列のおふた方でしょうか」
「お初にお目にかかります。バスティアン王国騎士団所属、エヴァリスト・ディ・ベルジュと申します」
「バスティアン王立騎士学園生、ルイーズ・デイモントと申します」
「これはお若いですね。学生さんとは。聖騎士おふたりも足を運んで頂いて、喜ばしく思っておりますよ」
先程退出した大神官が戻ってきた。
後ろから、大神官よりも少し位の低そうな神官が、2人で大きな箱を運びこんでいる。
教会の紋章が入った、立派な木の箱だ。
そして、その箱は教皇の前に置かれた。
「教会の力を結集してつくった聖剣です。そして、これを扱うことができるのは、聖騎士だけなのです。どうぞ、近くに寄ってみてください」
2人の神官がおもむろに箱を開く。
私とエヴァ先輩は立ち上がって、聖剣に近寄った。
立派な剣で、持ち手のところに濃い青色の大きな石がはめ込まれている。
図書室にあった本の表紙と同じだ。
「あなた方のどちらかが、その聖剣を手にして勇者となるでしょう。順番に手にとってみてください」
「恐れながら教皇様。マリアナ正教国には聖騎士がひとりいるのではないでしょうか。少し年配の方だとは聞いておりますが」
「おりますよ。クレール神官、こちらへ」
さっき箱を運んできた神官のひとりだ。
この人が剣の守り手?
「こちらのクレール神官は聖騎士ですが、もう長年剣の守り人となっているのです。今はもう戦える年ではありません」
「そちらの方が聖騎士だったのですね。では、先にその剣を手に取っていただけないでしょうか」
「私……がですか?」
「長年守ってこられたのでしょう? あなたも聖騎士なのですから、どうぞお先に」
クレール神官は戸惑った顔をして教皇を見上げる。
教皇は訝しげな表情でエヴァ先輩を見ている。
「別に構いませんが、なぜそのようなことを望むのですか」
「ここには聖騎士が3人いますが、最初に握った人が勇者になるのではないかと思ったもので」
これはプランAだ。
マリアナ王国の聖騎士がいた場合は、先に剣を持ってもらう。
なぜなら、聖騎士なら誰でもいいんじゃないか、という疑いがあるからだ。
マリアナの聖騎士が勇者認定されたら、私たちはそのまま帰る予定だ。
そううまくいくとは思えないけど、試してみる価値はある。
「しかし、クレール神官はもう勇者という年ではないのですよ」
「私たちは、剣が勇者を選ぶと聞いております。平等に機会をお与えください」
「教皇よ。別に良いではないか。クレールに一度持たせてやれば、気が済むじゃろう」
これまでじっと難しい顔をして座っていた枢機卿が口を開いた。
私たちの方を見て、不敵な笑みを浮かべている。
「わかりました。では、クレール神官、剣を」
「は、それでは僭越ながら」
クレール神官は、恐る恐るという様子で剣に近寄り、剣を握って持ち上げた。
大神官たちから、感嘆の声が上がる。
「おお……これが聖剣……」
クレール神官は感極まった様子で、声が震えている。
長年守ってきて、触れたこともなかったんだろうか。
「やはり、宝珠の輝きはみられません。この剣にふさわしい者ではないということです。これで納得いただけましたか?」
「その宝珠の輝きというのは?」
「勇者に値するものが剣を握れば、この青い宝珠が光るはずなのです。ではクレール神官、剣をこの方たちに」
私達の目の前に剣が差し出される。
仕方ない、プランBだ。
エヴァ先輩と目で合図する。
「先輩、いきますよ」
「OK。1、2の3!」
ふたりで同時に剣をつかんだ。
その途端、青い石が鋭く光り、部屋中に光が広がった。
体中に力がみなぎるような不思議な感じ。
「おおお、この者たちが……」
大神官たちがざわめいている。
「何をしているのです。これではどちらが勇者かわからないではないですか!」
「不公平にならないように、これが一番良い方法だと思いましたので」
エヴァ先輩がしれっと答える。
しかし、剣、光っちゃったなあ。どうしよう。
「気が済んだのでしたら、ひとりずつ持ってみてください」
教皇様がため息をついた。
私が手を離して、エヴァ先輩が持ってみたが、剣は光っている。
それから、私が持ってみたけど、やっぱり剣は光っている。
まあ、予想はしてたけど。
「ふたりとも勇者ということですか……これは予想外でした」
「わっはっは。めでたいではないか。ふたりも誕生するとはのう。未来は明るいのう? 教皇よ」
枢機卿は心から愉快そうに、腹を抱えて笑っている。
「しかし、剣は1本しかありませんが」
「とりあえず、男の方に持たせるがよい。そちらのお嬢ちゃんの細腕には重かろう」
「持て、と言われたので持ちましたが、それ以上の説明がなければお返しします。別に私たちには必要ないので」
エヴァ先輩は、あっさりと剣を箱に戻した。
部屋に満ちていた光が消えた。