国境警備隊
ようやくマリアナ正教国との国境が見えてきた。
ここには、バスティアン王国の国境警備隊もいるはずだ。
果てしなく続く高い塀に、大きな鉄の門がある。
門の近くで、何やら争っている様子が見えた。
数人の騎士は、装備を見たところ、バスティアン王国の辺境警備隊だ。
相手はよくわからないが、騎士っぽい装備なので、マリアナ側の騎士だろうか。
「何事だ」
先頭の馬車から騎士団のひとりが問いかけると、バスティアン側の騎士は慌てて全員ビシっと敬礼をした。
私達も馬車から降りて様子を伺う。
「私は辺境警備隊副隊長、デルクールです。つまらないところをお見せして申し訳ございません」
「我々はマリアナ正教会へ向かうバスティアン王国の使節団である。状況を説明せよ」
「は! 我々はこの国境付近の安全を守るため、日々警備を行っておりますが、マリアナ側から魔獣が追い出されてくるのです」
「そちらの者、それは事実か?」
マリアナ側の騎士は、少しおとなしくなって、お互いに顔を見合わせている。
何と答えようか、迷っている様子だ。
「国境は山が連なっており、どちら側の魔獣かという判断はできかねます」
「しかし! 先程その扉から追い出したではないか!」
「あれは、魔獣を追いかけていたら、勝手に飛び出したのだ!」
「それならなぜ、最後まで追わぬのだ!」
「そっちには、そっちで警備がいるだろうが!」
ひとりのマリアナ騎士が答えると、また争いが始まった。
ようするに、魔獣の押し付け合いをしてたわけね。
「事情はわかった。しかし、そのようなことで争うのはみっともないぞ。討伐すれば済むだけのことだ」
「し、しかし、この辺境は魔獣討伐できるほどの人手がないのです。我々はこの門を守っているため、職務を離れることができません。最近では毎日のようにAランクの魔獣がマリアナ側から、こちら側に流れてくるのです」
警備隊の人は、懇願するように騎士団に訴える。
「なるほど。状況は理解した。討伐に関しては国に人員を要請してみよう。マリアナ国側が、もし意図的にこちら側に魔獣を追い出した場合は、国に報告せよ。戦意ありとみなす」
こちらの騎士団がジロリ、とマリアナの騎士たちを睨むと、向こうはすっかりおとなしくなった。
まあ、戦争起こしたいわけじゃないよね。
「意図的に追い出したわけではありません。本当に魔獣が増えていて、手に負えないのです」
「我々はこれからマリアナ正教会に向かう。この件は我が王国騎士団から教会にも報告しておこう。くれぐれも争いを起こさないように」
「あっ! あいつだ! また出やがった!」
警備隊の人が指さした方向を見ると、山から降りてくるブリザードウルフが見えた。
人間を恐れる様子もなく、堂々とウロウロしている。
王国騎士団の人たちが、一斉に私とエヴァ先輩の方を見た。
「いや、僕は水属性だから、無理だよ。ごめん」
「……わかりました」
こんなところで見世物になりたくないんだけど、仕方がない。
単独だと目立つので、レアナの派手な火魔法でごまかしてもらおう。
「ごめん、レア、手を貸してくれる?」
「うん、いいよ。どうする?」
「一緒にファイアーストームお願い。焼き払っちゃって」
「了解」
「じゃあ、一緒に……せーの! いかづち!」
「ファイアーストーム!」
いかづちが命中して、気絶したブリザードウルフを、レアナの炎が包み込む。
ブリザードウルフは燃えながら山から転がり落ちてきて、息絶えた。
国境警備の人たちは、何が起きたかわからず、呆然としている。
「あ、あの方たちは、魔導士団の人で?」
「護衛の冒険者パーティーだ」
「へえ。すごいパーティーがいるもんですね」
騎士団の人たちが正体を隠してくれて助かった。
聖騎士がふたり出国することは、内緒だし。
その後、入国は問題なく進み、警備隊から少しマリアナ正教国の事情も耳に入ってきた。
ここ最近、魔獣の増加で、どこの領も討伐に苦労しているという。
聖女をさらう事件も多いが、それはどこの領も怪我人が絶えないからだと言われているようだ。
正教国というプライドなのか、邪教集団の存在は認めていないらしい。
マリアナ正教国は、元はマリアナ王国だったんだけど、勇者を生み出したことで教会が絶大なる力を持ち、正教国となった。
土地は広いけど、山が多く厳しい土地なので、元々は貧しい国だったらしい。
教会が力を持ち、他国へも支部をつくって布教をしたことで栄えた国なのだ。
現在は国王にほとんど実権はなく、軍の配備などは教会への貢献度で決まるという。
貢献度、というのはつまり、寄付金だ。
この辺境の領は貧しく、自警団で警備を行っていて、さっき争っていた人たちは正式な騎士団ではないんだそうだ。
そう聞くと、気の毒なように思う。
国境を守るのが自警団って、どういう危機管理なのかと思うけど、バスティアン国のような軍事国家ではないんだろうな。
ここ100年ぐらいで栄えた国だし。
国境を抜けやっと馬車が出発するときに、マリアナ側の騎士たちは『討伐してくれてありがとう』と言って、私達に頭を下げてくれた。
悪い人たちじゃなかったんだな。