【第二章 マリアナ編】 旅立ち
学園が休みに入り、進級する前に私たちはマリアナ正教国へと出発した。
私たちは事実上国の要請で赴くため、留学扱いになり、学園には籍が残った。
戻ってきたら2年生にしてくれるという。
国王陛下のご命令なんだから、さすがにヴェルニエ侯爵も文句言えないよね。
準備のため、年度末試験も免除された。
後で聞いたら、年度末試験は、パーティーでベアファングと戦うという内容だったらしい。
ワルデック先生が『俺が合格にしといてやるよ』と、笑いながら言った。
私達は全員騎士団の装備を支給されて、騎士としての一通りの作法などを習った。
といっても、教えてくれたのはエヴァ先輩だけど。
もともとオーグストとニコラくんは貴族としての常識があるので、問題なのは私とレアナとマルクだ。
マルクは言葉遣いを変えるのに、苦労しているようだった。
今後はメンバー以外の人前では、しゃべらないことにしたらしい。
「ワルデック先生、スワンソン先生、行ってきます!」
「おう、みやげ話待ってるぞ。しっかりやれ」
「気をつけるのですよ。何かあったらすぐに連絡しなさい」
見送りは先生たちだけの、ひっそりとした出発。
スワンソン先生は心配性で、なんだかお母さんみたいだ。
私達は騎士科だったのに、なんだかんだでよく面倒をみてもらった。
聖騎士がふたりとも国を出ることは、極秘になっている。
マルクとオーグストは騎士団の防具と剣を身に付けているけど、私とレアナとニコラくんは魔導士団のローブ姿。
魔導士のローブは後衛用の装備で、物理攻撃には強くないけど、軽くて魔法攻撃などに耐性があって、優れものだ。
騎士団からは数名の護衛が同じ装備で参加していて、誰が聖騎士かわかりにくいように配慮してくれている。
女性騎士さんもひとりいて、この人が私の代わりに狙われてしまうんじゃないかと、ちょっと心配になったけど。
騎士団の遠征用の馬車は、広くて快適だった。
馬は2頭立ててで、足が速い。
私が王都に出てきたときの乗り合い馬車とは雲泥の違いだ。
ソファーはふかふかだし、余裕で寝れる。
ニコラくんと協力して特大のマジカルバッグをたくさん作り、中には支給されたお金で買った、食料や着替えなどがいっぱい入っている。
私たちは見張りなどの任務の必要はないとのことで、外の景色を眺めながら、食べたり飲んだりしているだけの怠惰な旅だ。
太りそう。
数時間おきに馬を休ませるための休憩があるので、そのたびにマルクとオーグストは外へ出て剣の稽古をしている。
腕がなまりそうだもんね。
私とレアナはニコラくんから魔法のことを教えてもらったり、エヴァ先輩に国の歴史を教えてもらったり。
自主学習といえば聞こえがいいけど、暇なのよ。
アデル村の近くの村で宿泊をしたときは、宿まで私の家族が会いに来てくれた。
学園の休みに帰省することができなくなったので、手紙でマリアナ王国へ行くことは知らせてあった。
なぜ宿がわかったのか少し驚いたけど、辺境の村では王国の騎士団一行が宿泊することなど、すぐに噂になるらしい。
家族に会うのは一年ぶりだ。
騎士団の制服を着ている私を見て、母は複雑そうな顔になったけど、父は喜んだ。
『お国のためにしっかりやれ』と言う。
父は根っから騎士なんだなあと、今更のように思った。
ふたつ上の姉は、婚約が決まり、すでに婚家に入っているらしい。
裁縫の得意な姉が縫ったという、刺繍入りのハンカチを母が預かってきてくれた。
15歳で嫁にいくのなんか、村では珍しいことではない。
私も卒業までに婚約者を見つけて、平和な未来を手に入れたかったんだけど、残念ながら無理っぽい。
学園は追い出されちゃったし、近頃はいつも見張られてるしねえ。
勇者がパーティーメンバーと結婚するという王道ストーリーにも納得。
出逢いがない。
まあ、3人も娘がいるんだから、ひとりぐらい行き遅れてもいいよね、親としては。
いろいろ片付いたら、騎士爵でも目指そうかな……と遠い目になっていたら、レアナが小さな声で『私たちだってまだチャンスはあるよ』と言った。
3歳下の妹は、まだ職業判定まで時間がある。
それまでに、平和な世の中になっているといいのに、と思う。
ほんの少しホームシックになったけど、アデル村の平和のためでもあるし、と自分に言い聞かせる。
母には転移メモを渡したので、これでいつでも連絡できるようになった。
使い方を説明したら、母と妹は目を輝かせて、子どものように喜んでいた。
母は少し魔力があるので、ちゃんと返信もできるみたい。
父は狩りをするので、マジカルバッグをひとつプレゼントしたら、これも喜ばれた。
実物を見たのは初めてだったようだ。
マリアナに着いたら便りを送ると約束して家族と別れ、国境へ向かった。
マリアナ正教国はヴァスティアン王国の南西に隣接している。
王都から南へ3日進み、アデル村の近くを通過して、そこから西へ向かう。
このあたりが、バスティアン王国で人が住んでいる場所としては最南端だ。
ここから西は、ほとんど森と山ばかりなので、野営になる。
国外へ行く人が少ないのは、この国境越えが大変だからだ。
「すごいところまで来たね」
馬車から外を眺めても、平原や森ばかりなのに、レアナは楽しそうだ。
私以外の4人は王都周辺の出身なので、田舎の景色がめずらしいらしい。
ニコラくんは馬車が泊まるたびに、あたりの植物を採集している。
「この先は山道になるから、今晩はこのへんで野営するって」
エヴァ先輩が知らせにきてくれた。
野営の訓練は、一応騎士団で受けてきた。
騎士や従者の人たちが、テキパキとテントを張る準備をしている。
「あ! 角ラビがいた! 黒いのもいる!」
ポルトで狩っていた角ラビは白っぽい色だったけど、このあたりには黒とかまだら模様の角ラビがいるらしい。
まだら模様のは、三毛猫みたいな柄。
「捕まえよう!」
「よし、行くか!」
レアナとマルクは夕飯を確保しに行ってしまった。
あのふたり、ポルトの森の角ラビ狩りで仲良くなったんだよね。
残った3人で薪を集めて火をおこす。
湖でのキャンプファイアーを思い出すなあ。