謁見と交渉
「聖騎士の2名を連れて参りました!」
謁見の間と呼ばれる、小さめの部屋に案内される。
小さめといっても、数十人ぐらいは入れそうな豪華な部屋だ。
騎士団長、エヴァ先輩、私、スワンソン先生、という順番で国陛下の前にひざまずく。
周囲には近衛騎士や、宰相、大臣といった面々がずらりと並んでいる。
「非公式の会談ゆえ、そうあらたまらなくともよい。顔を上げよ」
生まれて初めて見る国王陛下は、想像していたよりは落ち着いた雰囲気だ。
顔は厳しいが、口調が穏やかで、少しほっとする。
「話は聞き及んでいると思うが、そなたたち聖騎士のどちらかに、マリアナ正教国の中央正教会へ行ってもらう。これは勅命だ。ただし、どちらが行くかということは、そなたたちの意見を尊重する。意見があれば、申し述べよ」
「陛下、そのことについて、発言をお許しいただけるでしょうか」
「よいぞ。申してみよ」
エヴァ先輩、声が震えている。
さすがに緊張するよね。
任せてよかった。
「では、私達聖騎士2名、揃ってマリアナ正教国へ行く許可をお願いしたく存じます」
「2人揃ってとは、どういうことか。それでは我が国に聖騎士がいなくなってしまうではないか」
「中央正教会は、勇者になれる者を求めていると聞いております。しかし、私達のうちどちらが勇者になれるかは、聖剣を握ってみないとわからないため、今ここで決めることができません」
「ふむ。そういうことか。それも一理あるな。ひとりが行ってみてダメなら、結局もうひとりを寄越せという話になるか。それでは時間がかかりすぎる」
「仰せの通りにございます」
国王陛下は、見定めるようにエヴァ先輩をじっと見て、何かを考えている。
「2人揃って中央正教会に行き、その後1名は我が国に戻ってくるということだな?」
「我らはバスティアン王国の騎士。何があろうとも、王国に戻って参ります」
「そうか。実はこの話は枢機卿からの直々の命令で、困っておってなあ。本当は聖騎士を他国になどやりたくないのだ。しかし、そうも言っておれん事情があってな。2名で出向くということであれば、文句は言わないであろう。そちらのもう1人も異存はないのか?」
「ございません」
「そなたはまだ学生の身であったな。このような政治に関わらせてしまうこと、誠に申し訳なく思う。望みがあればなんでも申せ。遠慮は要らぬ」
どうしよう……言った方がいいのかな。
遠慮は要らないって本当だろうか。
エヴァ先輩が、肘でツンツンとつついてきた。
「そ、それでは従者を連れていくことをお許しください」
「当然のこと。侍女や執事も連れていくがよいぞ」
「いえ、そうではなく、パーティーメンバーを……ゴホン」
やばい。声がかすれて出ない。
緊張しすぎ。
「陛下。恐れながら、彼女は学生の身ではありますが、Bランクパーティーのリーダーなのです」
「なんと、冒険者であったか! それは頼もしいことであるな」
「先日の闘技場でも、パーティーメンバーとともにA級モンスターと戦ったのです」
「なるほど。それは大義であった。後に報奨を出そう」
「あ、いえ、報奨など望んでおりません。ただ、私はパーティーメンバーがいないと戦えません。ですから、同行を許可していただけないでしょうか」
「よかろう。仲間とは大切なものである。護衛として連れていくがよい。我から話は通しておこう」
「ありがたきお言葉にございます」
やったあ! 交渉成立!
エヴァ先輩、ナイスフォローありがとう!
国王陛下、話がわかる人というのは本当だったんだ。
「では、準備が整い次第、出立するように」
謁見の間を出ると、スワンソン先生が大きなため息をついた。
「国王陛下相手に何を交渉するかと思ったら……まったく、度胸がありますね、あなたは」
「ダメでした?」
「いえ、まあいいでしょう。どうせ全員騎士団預かりになるのです。よい機会ですから、他国を見てくるのも勉強になるでしょう」
「はい! 旅行だと思ってみんなで行ってきます!」
ちょっとぐらい楽しまないとやってられないよね、こんなの。
エヴァ先輩も、騎士団の中で仲良くしている人を、何人か護衛という名目で連れていくそうだ。
国費で旅行に行けるなんて、贅沢だよねー。
国境を超えてマリアナ正教国の王都へ向かうには、馬車で2週間ほどかかるらしい。
今回は国の使節団として結構な人数で行くため、もう少し日数がかかるかもしれないと言われた。
「エヴァ先輩、うまくいきましたね!」
「ああ、なんとかな。後のことはあっちに着いてから考えよう」
エヴァ先輩は少し疲れている様子だ。
私と違ってエヴァ先輩はれっきとした国の騎士だから、色々大変なんだろうな。
みんなで行けることになったと報告したら、パーティーメンバーは全員大喜びだ。
特にレアナが飛び上がって喜んでいる。
普通、学生の身分としては、国外に行くなど留学する以外に方法はない。
よほどの身分の高い人かお金持ちでないと、自国を出るチャンスなどないよね。
陛下の計らいで、公務としての報酬も先にもらえるらしい。
先日の闘技場の事件の報奨金も含んでるらしくて、それなりの金額だ。
報奨は要らないって一応遠慮したんだけど、気を使ってくれたのかなあ。
学生で冒険者パーティーなんて、いかにも貧乏そうだもんね。
今回のミッションで、重要な役割はオーグストだ。
教会内部の事情に詳しいのはオーグストだけだし。
向こうについたら、交渉役になってもらわないといけない。
「オーグスト、色々お願いするかもしれないけど、よろしくね」
「え? あ、ああ。クリストフの剣のことだろ? 任せとけって!」
クリストフ信者が舞い上がっている。
剣を見られるっていうのが、そんなにうれしいのかなあ。
まあいいか。喜んでるんだし。
出発したら、たぶん、しばらくは帰ってこれない。
どっちが勇者になったとしても、それで話が終わるはずがないからだ。
中央正教会の本意がわからない以上、何を要求されるかわからないし。
国境を越えてしまったら、邪教集団がいつ襲ってくるともわからない。
振り返ってみれば、怒涛の数ヶ月だったなあ。
学生らしい生活をしていた頃がもう遠い昔みたいで、懐かしい。
ふと思いついて、長く会っていない父と母と妹に手紙を書いた。
全員の無事帰還を願いながら。
ここで、第一章学園編は終わりです。
学園ものを書くのが楽しすぎて、もっとだらだら学園生活を書きたかったんですけど、そろそろ冒険に出ることにします。
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