エヴァ先輩との約束
別室へスワンソン先生と移動すると、そこにはすでに騎士団長とエヴァ先輩が待っていた。
エヴァ先輩も若干困った表情だ。
「まず、これから話すことは軍事機密なのですが、マリアナ正教国の中央正教会に聖剣がある、という話は聞いたことがありますか?」
「どこにあるのか知らなかったけど、クリストフの聖剣があるという話なら」
「それです。一般にはそう呼ばれていますが、正教会がつくったもので、別にクリストフの剣というわけではないんですけどね」
「それがどうかしたんですか?」
「聖剣は聖騎士だけが扱える剣なのですが、マリアナ正教国には長い間聖騎士が生まれていません。それで中央正教会がバスティアン王国に、聖騎士をひとり差し出せと言ってきているのです」
「えっ、それは私かエヴァ先輩のどっちかが、マリアナ正教国に行かされるという話ですか?」
「そう……なるでしょうね」
そ、それは困る。
マリアナ正教会の神殿に行ってみたいとは思っていたけど、国から差し出されるのは困ります。
それって、二度と帰ってこれないんじゃ……
「私は、未成年だし、平民だし、正教徒というわけでもないです。そんな遠いところで、ひとりで生きていけません!」
「わかっています。国王陛下もこの話には頭を痛めておられるのです。魔神復活の噂が流れ始めたら、勇者を求める声が上がるのは時間の問題でしょう」
「魔神って復活したんですか?」
「それはまだわかりません。でも、ゾルディアク教が活発に動き始めたということは、目指すところは魔神の復活なのです。それが教義ですからね」
そうか。そこまで話は進んでしまっているのか。
つまり、抑止力としての勇者が早急に必要、という話だよね。
エヴァ先輩の顔をチラっと見ると、右手で小さくOKサインをつくって、『大丈夫』と言った。
どうするつもりなんだろう。
スワンソン先生とモルガン団長の話では、隣国リリトの神殿が破壊されてから、リリト王国とマリアナ正教国はだんだんと邪教集団による被害が大きくなっているらしい。
聖女様が攫われる事件などは、頻発しているようだ。
今までヴァスティアン王国が一番被害が少なかったのは、バスティアンが軍事国家で、不審者の入国に厳しいからだと言われていた。
それを、マリアナ正教国側は、『聖騎士がふたりもいるから被害が少ない』と言っているそうだ。
大きな勘違いだと思うけど。
「あの……エヴァ先輩と少し話をさせてもらえませんか」
「いいでしょう。私は生徒たちのところにいますから、話が済んだら戻ってきてください」
スワンソン先生と騎士団長が退出すると、エヴァ先輩はにっこりを笑顔を浮かべた。
「あーあ。ついに来るべきものが来ちゃったという感じですね」
「そうだね、案外早かったよね」
「どうするんですか?」
「とにかく、マリアナ正教国には一緒に行こう。勇者に関わる場所へは、必ず一緒に行くって約束したよね」
「そうだけど……国王陛下は許してくれるかなあ」
エヴァ先輩は国王陛下に会ったことがあるらしいけれど、そんなに話のわからない人ではないと言う。
ヴァスティアン王国は、マリアナやリリトに比べると国王が若い。
前国王が、息子の方が自分より有能だと思ったので、早くに譲位してしまったのだ。
若いときにやんちゃだった現国王は、冒険者にも理解があるらしい。
「私、マリアナ正教国へ行くなら、メンバーを連れていきたいんです。なかなかチャンスないと思うから。それで、エヴァ先輩にお願いがあるんですけど」
「ああ、彼らの上級職のこと?」
「そうです。もし先輩が勇者になったとしたら、私を含めてメンバー全員を勇者パーティーにしてもらえませんか?」
「それは構わないけど……ルイちゃんはそれでいいの? 戦いたくないんじゃなかったの?」
「そうなんですけど、みんな上級職目指して必死で頑張っていて……なのに、私が勇者にならないから上級職は諦めろ、とか言えないじゃないですか」
みんなは、魔導戦士や大賢者なんかになれる可能性を持ってる。
勇者がパーティーを組むとしたら、たぶんこれ以上の人材はいない。
それに、私が抜けたらエヴァ先輩はひとりになってしまう。
エヴァ先輩がひとりで魔神と戦って、もし死んじゃったりしたら、私、絶対後悔する。
「じゃあ、もしルイちゃんが勇者になったとしたら、僕は聖騎士としてパーティーメンバーに加わる。それでいい? でないと不公平だよね?」
「そうしてもらえたら心強いですけど……あっそうだ。マリアナ正教国って、年寄りの聖騎士がいるっていう話じゃなかったでしたっけ?」
「うん、なんだかその人が、聖剣の守り手になってるらしいよ」
「会ってみたいですね、その人に」
「確かに。中央正教会へ行けばきっと会えるんじゃないかな」
謁見のときには、エヴァ先輩が国王陛下に話してくれるということになった。
うまくいくだろうか。
いや、絶対うまくいってくれないと困る。
みんな揃ってマリアナ正教国へ行くんだ!
考えたら、このタイミングでみんな王国の騎士団に所属したのは、都合がよかったかも。
いざというときには、国に頼れるんだし。
その晩はいったん学園に戻って、みんなで話をした。
あの場では言えないこともあっただろうと思って。
だけど、みんな騎士団に所属することには、割と前向きだった。
あんなに頑張って敵と戦ったのに、学園を追い出されるみたいな形になって、思うところはある。
まだ、ワルデック先生やスワンソン先生に教わりたいこともいっぱいあるんだけど。
それでも、全員でマリアナ王国へ行けるチャンスは、今を逃したらもうないと思っていることを話した。
精一杯国王陛下に交渉してくると、皆に約束した。