敵、襲来
「おい……あれ、見ろよ」
マルクの視線の先を見ると、次のモンスターが歩いて闘技場の中央に向かっている。
デーモンタウロスだ……
会場がしーんとしている。
デーモンタウロスって、そこいらの自然界にいる魔物じゃないって、スワンソン先生言ってたはず……
「ま、マルク、どうするの?」
「俺が行くぜ。あいつ、物理攻撃しかきかねえだろ」
「でも、なんか変じゃない? 誰があんなの捕まえてここまで連れてきたのよ」
「あいつ、私が誘拐されたとき、連絡係で出入りしてたやつかも」
「間違いない?」
「うん、そっくりだもん」
「これ、まずいよね、絶対」
マルクがまだ闘技場に出ていないのに、デーモンタウロスはこっちに向かってくる。
ニコラくんはスワンソン先生に、私はエヴァ先輩に、急いで連絡を入れた。
騎士団が近いから、駆けつけてもらえるかも。
デーモンタウロスは防御力が異常に高い。
あの時は、胴体の鎧をエヴァ先輩が氷紋剣で凍らせて破壊してたっけ。
私も氷紋剣使えなくはないけど、エヴァ先輩ほど威力がないし、懐に潜り込まないと剣が届かない。
「身体強化! マルク、私が援護するね」
「おう、だけどヤバかったら逃げろ」
「ギギギギ……オマエラ、ナカマノカタキ、コロス」
やっぱりこいつ、魔獣の祠にいたやつの仲間だ。
てことは、本気で殺らないと殺られる。
審判も、闘技が始まってないのに止める様子がないのが、何か変だ。
エヴァ先輩からすぐに連絡がきて、できれば時間を稼いでほしいと言う。
早く来てほしいけど……
「あのモンスター、なんかヤバくね?」
「お、おい、兄ちゃんたち、棄権した方がいいぞ!」
デーモンタウロスが斧を振り回しながら問答無用で向かって来る様子に、近くにいた観客は逃げ出した。
このままだと客席が危ないので、マルクが闘技場へ出た。
「コロス……オマエラミンナコロス」
「お前が死ねやああっ!」
マルクは牽制しながら、デーモンタウロスを闘技場の中央に引き戻そうとしている。
あっちは斧だけど、剛腕のマルクが打ち負けているように見える。
敵がこっちに背中を向けた瞬間に、私も援護に出た。
「雷撃剣っ!」
「ギギッ……ガ?」
斧を落とした! 麻痺攻撃効いてる!
デーモンタウロスが足を止めた。
「兜割りっ!」
マルクがジャンプして、正面から頭を狙った。
決まった!と思ったが、大剣が頭にめり込んでも、デーモンタウロスは倒れない。
なんて石頭なんだ!
マルクの兜割りで倒しきれないなんて、信じられない。
大剣を引き抜くと、傷がみるみる消えていく。
こいつ、回復スキル持ち?
だったら、一撃で倒さないとキリがない。
「ルイーズさんっ、回復士がグルです!」
レアナとオーグストが、回復士のほうに走っていく。
回復士、よく見たら、入り口で勧誘してきた職員じゃん!
斧を落として痺れている間に、いちかばちか氷紋剣を放ってみる。
しかし、ビシっと弾かれてしまった。
雷撃が効いていると、私の弱い氷紋剣は弾かれてしまうようだ。
困った。
雷撃で足止めしている間じゃないと、とてもじゃないけど近寄れない。
タウロスは素手で拳をぶんぶん振り回して暴れていて、斬りかかったマルクが吹っ飛ばされた。
「マルクっ! ハイヒーリング!」
マルクは尻もちをついて、脳震盪みたいに頭がふらふらしているようだ。
まずい。時間かせがないと。
遠くでレアナがボムを放ちまくっているのが見える。
回復士を止めてくれている間に殺らないと。
隙を見て、再度雷撃剣で麻痺させる。
痺れてくれるのはいいけど、大したダメージにはならない。
ああ、なんで私、強い剣スキルがないんだろう。
情けない。
せめて頭に剣が届いたら、雷撃で気絶させられるだろうか……
レアナたちは派手に戦ってるし、こっちは2体1の戦闘。
観客は逃げ出して、闘技場は混乱に満ちている。
「ルイちゃんっ!」
「先輩っ! ワルデック先生っ!」
何度目かの雷撃を放ったとき、ふたりが駆けてくるのが見えた。
よかった……間に合った。
「先生、マルクが……」
「ああ、お前らよくやった。下がって休んでろ」
麻痺が解けたデーモンタウロスが、斧を振り回しながら再び向かってきた。
エヴァ先輩が攻撃を避けながら突っ込んでいく。
「氷紋剣!」
やっぱり本家本元は違う。
ピシピシと六方に広がるように鎧が凍りはじめる。
ワルデック先生がユラリと大剣を振り上げた。
「よくも俺の生徒たちに……斬鬼滅殺!」
剣が黒い炎に包まれたように、ゆらゆらと光る。
斜めに振り下ろされた剣が、デーモンタウロスを切り裂いた。
デーモンタウロスの上半身が、斜めにずり落ちていく……
驚きすぎて声が出ない。
「これが戦鬼……」
エヴァ先輩も目を見開いている。
ワルデック先生はデーモンタウロスが死んだのを確認して、何事もなかったように笑顔になった。
「さて。スワンソン先生の応援に行かないとな。外に騎士団が包囲しているから、お前はマルクを連れていってやれ」
ふたりはレアナたちの方に加勢に行った。
なんだかあっちも手間取っているようだ。
まだ火魔法があがっている。
あの回復士、強かったんだろうか。
まだふらふらしているマルクを助け起こして、出口へ向かう。
途中でニコラくんと合流。
「大丈夫ですか?」
「ああ……すまねえな、情けなくて」
「そんなことないよ。マルク頑張ったよ。私もふがいなくてごめん」
なんだか悔しい。
マルクも口数が少ない。悔しいんだろうな。
騎士団の救護班にマルクが手当を受けていると、別の出口から先生たちが出てくるのが見えた。
レアナとオーグストが戻ってくる。
疲れている様子だけど、怪我はなさそうだ。
「どうだった? そっちは」
「うん、あの回復士、捕まったよ。でも……今日出場するはずだった挑戦者の人は死んでたって。闘技場の責任者も」
レアナが暗い顔でボソボソと話す。
罠だったんだね、と言って。
「何が目的? 私たちを殺すため?」
「いや、違うだろ。今日ここへ俺たちが来ることは、誰も知らなかったんだし」
そうだよね。誰にもこのことは言ってない。
だいたい、来ると決めたの昨日だし。
「全員無事ですね? デーモンタウロス相手によく頑張りました。すぐに私と騎士団に連絡を入れたのも、賢明な判断です」
スワンソン先生とワルデック先生もやってきて、また小言を言われるかと思ったら褒められた。
ただし、表情は厳しい。
私たちがここにいることよりも、敵が突然ここに現れたことの方が問題だと言う。
死人も出た。
敵は王都に紛れていて、神出鬼没だ。
このことが一般の人に知れ渡ったら、王都はパニックになってしまう。
「私はこれから王宮に行きます。あなたたちも恐らく、明日呼び出されるでしょう。今日はワルデック先生と一緒に学園に戻って待機していなさい」
「まあ、お前らは観戦に来ていて巻き込まれただけだ。心配しなくていい。ただ、出歩くときは前もって知らせてほしいがな」
「この子たちも、王都の中なら大丈夫だと判断していたのでしょう。しかも騎士団の目と鼻の先ですからね。もはや王都内も安全ではありません。ワルデック先生は、学園に戻ったらメルギス先生にお願いして、警備を再確認してください。おかしな魔力反応がないかどうか」
それからスワンソン先生は騎士団と一緒に王宮へ。
私たちは学園に戻った。
捕まった回復士は、尋問のために王宮の牢に入れられたようだ。
犯人は、邪教集団のメンバーなんだろうか。