ゾルディアク教
「しっかし、心配したぜ? ま、無事でよかったけどよう」
「みんな、ありがとう!」
「だけど、なんでお前だけ捕まったんだ? 騎士団がいたっていうのに」
「私だけだったら、スキをついて逃げようと思ってたんだよ! だけど、あの子たちがいたから」
レアナはシルバーウルフを深追いして、ちょっと騎士団から離れたときに、あの牛人間に捕まったらしい。
転移魔法であの牢屋があった部屋まで連れていかれたんだそうだ。
火魔法を使ってみたけど効かなかったので、大人しく捕まってスキを狙っていたようだ。
デーモンタウロス。
Aランクレベルの魔獣だけど、知能があるのが面倒な敵だ。
スワンソン先生の話だと、自然界によくいる魔獣ではないらしい。
国内で発見されたのは初めてだということだ。
となると、元は魔界から召喚された魔物だろうか。
「思ったより弱かったけど、転移魔法使えるんだね、やつらは」
「うん、それと奥にあった魔法陣で、連絡係みたいな魔物が出たり入ったりしてたよ」
「連絡係? どんな魔物だった?」
「同じような牛の顔のやつだったよ。貢物とか、生贄が、とか言ってた」
エヴァ先輩の話では、確実な情報ではないが、聖女をさらっているのはゾルディアク教という邪教集団だと王国は推測していると言う。
邪教の中では一番大きな集団で、各国に支部があるが、バスティアン王国内の邪教は表向きには壊滅したことになっている。
恐らくは隣国あたりから勢力を伸ばしてきているのではないか、と。
「ゾルディアク教って、結構歴史が古いんだぜ? クリストフが存在していた100年ぐらい前にはすでにあったし」
100年前に魔界から魔神を転移させて世界を滅亡させようとした邪教集団、それこそがゾルディアク教だという。もっとも、教団は否定しているらしいけど。
魔神が封印されてから近年まで、ゾルディアク教団は目立った動きをしていなかった。
今では形だけの新興宗教のように思われているみたい。
オーグストは純粋に正教会の教徒なので、はっきりと敵視しているようだ。
「魔神の召喚って、今でもできるのかな?」
「さあ……でも、相当な人数の生贄が犠牲になったって話だぜ? そんな大掛かりな召喚をするには、魔導士や神官がとんでもない数必要だろうし」
もしかしたら敵が狙ってたのは、今回は聖騎士ではなく、魔導士や聖女様だったのか。
だったら、レアナが連れ去られたのも納得がいく。
昨日の討伐では、攻撃魔法を使えるの、クロード団長とレアナだけだったもんね。
「なあ、俺、思ったんだけどよう」
マルクがめずらしく真面目な顔で話し始める。
「俺、お前らが騎士団や魔導士団に参加して、それで保護してもらえるならいいか、って思ってたんだけどよ。やっぱり違うような気がするぜ。人数が多けりゃいいってもんじゃねえのは、昨日でわかったろ? 俺ら、誰もパーティーから離れたらダメなんじゃねえの?」
「うん……そうだね」
レアナは少し浮かれていたのを反省しているようだ。
昨日は、魔獣の祠周辺の敵ぐらいなら大丈夫だろうと、私も油断してた。
「俺らがパーティーで強くなるのが先決じゃねえの?って話だ」
「僕らは、上級職目指すのが目標ですしね」
「特Aクラスなんだし、今はもっと勉強と訓練に力を入れるべきかもな」
私は、もうこのメンバーが勇者パーティーになる、と思い始めている。
私が勇者になるかどうかは別として。
昨日のことで、避けようと思っても、イベントは避けられないのを痛感した。
メンバーはすでに巻き込まれている。
昨日のも、最初からレアナがさらわれるというイベントだったんだ。
「私は、今のままではまだ、大きな敵と戦えるほどの力はないと思う。あの、黒マントと戦ったら多分負ける。みんなが上級職になれるかどうかにかかってるような気がするんだ」
私自身は聖騎士のままでいい。
だって、クリストフだって生きてたときは聖騎士だったって話だし。
だけど、みんなはどうやったら転職できるんだろう。
「ねえ、オーグスト。マリアナ正教会の神殿で、転職できるっていう話、聞いたことない?」
「転職? 何それ」
「上級職になるっていうこと。だって誰でも最初から上級職なわけじゃないでしょう? オーグストが大神官になるとしたら、どうやってなるの?」
「ああ、それね。大神官になる儀式っていうのはあるよ。教会の中でも極秘だから、どうやってるのかは知らないけど」
「だったら、たとえばレアが魔導戦士になるのも、儀式でなるのかな?」
「それはわからないなあ。だって、めずらしいことはめずらしいけど、聖騎士と同じで最初から魔導戦士って人もいるにはいるだろ? 転職でなるものとは限らない気がするけど」
うーん。
最初の頃私は、私が勇者になったら、それに伴ってメンバーも上級職が開放されるのかと考えていた。
だけど、クリストフが死後に勇者と呼ばれるようになったという話を聞いてから、考えが変わった。
この世界には、ごく稀だけれど、勇者に関係なく上級職の人が存在する。
大神官は少なくとも8人いると聞いている。
だったら、私が勇者にならなくても、みんなは上級職になる手段がどこかにあるはずなんだ。
「大神官の儀式のことは、ちょっと俺が調べておくよ」
「うん、いずれ機会があったら、私はマリアナ正教会の神殿、行ってみたいと思ってるんだ。今じゃないけどね」
「まあ、なかなか行けないだろうなあ。俺たちぐらいの身分だと」
多分、今じゃないと思う。
上級職に転職するには、私たちはまだまだ経験値が足りなさ過ぎる。
時が来たら、自然と行くチャンスがやってくるような気がする。
「俺らは、とりあえずAランクパーティー目指そうぜ。学園にいる間に」
「そうですね、ワルデック先生たちは元はSランクだったといいますし」
「Aランクぐらいだったら、頑張ればなれるんじゃない? 骸骨騎士がAランクだったじゃん」
「やっぱ、経験値だよなあ」
「戦う機会が少ないですもんね、学園にいたら」
「やっぱり、モンスター闘技場しかないかもよ?」
あ、闘技場のこと、忘れてた。
レアナは見に行きたいって言ってたんだっけ。
「あれは、女子学生が見物しにくるような場所じゃねえぞ?」
「見物じゃなくて下見!」
マルクはちょっと渋い顔をしていたけど、それでも全員で行くならと、OKしてくれた。
次の開催日にでも行ってみようということになった。