ニコラくんの研究
学園に戻ると、みんなが話を聞きたがって待っていた。
あーやっぱりほっとする。
できれば騎士団で保護という話は断りたいなあ。
エヴァ先輩とは、定期的に手紙をやりとりすることになった。
さすがはお貴族様なので、従僕の人が届けてくれるらしい。
そのときに、何かあれば返事を預けてほしいということだった。
前世にあった、スマホとかいう連絡用の機械があればなあ。
食堂の片隅に集まった、マルク、レアナ、オーグスト。
ニコラくんは最近なんだか、スワンソン先生の研究室にこもっているらしい。
古代魔法の勉強をしているんだとか。
「それで、もうひとりの聖騎士ってどんな人だった?」
オーグが食いつくように聞いてきた。
勇者候補がどんな人なのか気になるんだろうな。
私とエヴァ先輩との間で決めたことは、密約だ。
私はレアナにも、前世のことは詳しくは話していない。
特に隠していたいわけじゃないんだけど、話しても理解してもらえるとは思えなかったからだ。
前世の記憶がある人がいるという話は聞いたことがあったので、そのこと自体はあまり気にしていなかったし。
なので、どこまで話そうか迷ったけれど。
今は聖騎士ふたりが狙われていること。
そして、それはいずれ勇者になる可能性があるというのが理由だということ。
だから、どちらが勇者なのかということは、できるだけ伏せておこうということになった、と伝えた。
もちろん、現時点でどっちが勇者なのかは決まってないしね。
エヴァ先輩が私を勇者だと思っていることや、その理由は伏せておいた。
「ルイーズ、お前、学園の中にいるときは、なるべく俺らと一緒にいろよ? まあ、俺はクラスが違うからアレだけど、レアナとかよ」
「そうだよ! ルイのことは私が守るよ! 万が一のときは一緒に戦うし」
マルクとレアナは私が狙われていることを心配してくれた。
気になるのは、あの黒マントが学園の結界の中にも転移してこれるのかどうかということだけど。
リリト王国の神殿にも結界はあっただろうから、それが破られたことを考えると不安だな。
「ありがとう。学園にいるときはワルデック先生とかスワンソン先生も守ってくれるって言ってた。ただ、やつらが学園の結界を破って瞬間移動してこれるのか、気になるんだよねえ」
「なんだか、ニコラもそのへんが気になってたみてえだぜ。たぶん、転移魔法の研究してるんじゃねえかな」
「私、ニコラくんのとこ、ちょっと行ってみようかな?」
「おう、俺らもいくぜ!」
皆でニコラくんを探しに、スワンソン先生の研究室を訪れる。
ニコラくんは助手なので、研究室の鍵を持っていて、最近は授業以外はずっとここにいるらしい。
「ニコラくん!」
「ああ、ルイーズさん。王宮はどうでした?」
ニコラくんは、手元から目を離さず、振り返りもせずに返事をする。
集中しているところ、邪魔しちゃったかな?
「うん、その話はまた、ゆっくり時間のあるときに。特に新しい情報はないし。それより、転移魔法のことで聞きたいことがあるんだけど」
「例の二人組のことですか?」
ニコラくん、今度は手を止めて振り返った。
「そうなの。私が狙われる可能性があるから、騎士団か学園かどちらかで保護するっていう話なんだけど、あいつら、学園の結界の中に転移してこれると思う?」
「……今の時点では無理だと思いますね」
「そうなの?」
「やつらは転移魔法陣を使っているので、少なくとも転移先に魔法陣が必要なんです。この学園の中に古代魔法陣のような異質な魔力を持つ魔法陣があれば、スワンソン先生が気付くでしょう」
「なるほど。じゃあ、今のところ学園内は安全だね」
「大丈夫だと思います。あ、ちょっと見ててくださいね」
ニコラくんはデスクの上に、ノートぐらいの大きさの魔法陣を2枚広げた。
ほとんど同じように見えるけど、どこか違うのかな。
「これはサンプルなんですけど。こっち側にこれを置きます」
ニコラくんは片方の魔法陣の中心に小石のようなものを置いた。
そして、その魔法陣に魔力を流すと、小石はすっと消えて、もう一方の魔法陣の上に現れた!
「こんな風に、転移先の魔法陣へ飛ぶんですよ」
「すげえっ! これはニコラの発明かっ?」
「いえ、このぐらいの転移魔法の研究はすでに進んでいるんです。軽いもので小さい物質ぐらいなら転移させられるんですよ」
「これって、古代魔法?」
「いえ、違います。古代魔法が元にはなっていますけど、それを少ない魔力量で起動できるように、効率化した現代の魔法です」
「すげえな。じゃあ、いずれは人間も転移できるようになるのか?」
「それなんですけどね……」
ニコラくんの説明では、小さい物質の移動に、それほど魔力は必要ない。
だけど、転移させるものが生命力や魔力を持っている場合、魔法陣がそれを吸い取ってしまうので危険なんだそうだ。
人間が生命力や魔力を維持したまま転移するのには、複雑な魔法陣と膨大な魔力が必要になる。
古代魔法陣のままだと、人間を移動させるのには、魔導士数人がかりでやっとできるかできないか、というところらしい。
だからニコラくんは、あの黒マントたちがそれをやってのけたのが、かなりショックだったそうだ。
もっと効率化して魔力量を節約する方法がないか研究していると、ニコラくんは言った。
「この研究は、スワンソン先生との共同研究です」
ニコラくんは少し誇らしげな顔で笑った。
「しばらくは研究に集中したいので、みなさんには迷惑かけるかもしれませんが」
「いいってことよ。そんな難しいことできるのはお前だけだからな!」
「僕は、走れないことでいずれ皆さんに迷惑をかけます。だから、何がなんでも瞬間転移を実現させたい。あいつらにできるなら、僕にもできるかもしれないと思って」
そんなこと気にしてたんだ。
それで、こんなに急いで研究してるんだね。
なんて健気なニコラくん!
「何言ってんだよう! 俺なんか、このパーティーでひとりだけ魔力使えねえんだぞ? ニコラよりよっぽどコンプレックスあるぞ」
「あれ、マルクもそんなこと気にしてたの?」
「あたりめえだろ! お前らばっかりどんどん強くなりやがってよう」
「そんなこと言ったら、私は攻撃魔法も弱いし、剣の腕もたいしたことないよ。オーグストの方がよっぽど聖騎士に向いてると、いつも思うもん」
「私は火魔法しか使えないから、いろいろ使えるニコラくんがうらやましい」
みんなのコンプレックス暴露大会みたいになった。
オーグストも聖騎士コンプレックスの塊だし。
でも、それってないものねだりだよね?
この世界では、決められた職業で精進するしかないんだもん。
「ね、ニコラくん。その2枚の魔法陣って複製できる? それとも極秘研究?」
「極秘ってわけじゃないですよ。これはすでに確立されている魔法陣ですから」
「それ、みんなにわけてくれないかなあ。ハンカチか何かに複写できる?」
「いいですけど、何するんですか? 大したものは転移させられませんよ?」
「これ、連絡用に使えないかと思って」
別々の場所にいても、小さなメモぐらいなら転移させられる。
それなら、いつでも連絡とれるよね?
「そういうことだと、送る側と受け取る側の魔法陣が、ワンセットで必要になりますね」
「じゃあさ。間違わないように、色分けするとか? レアのやつはピンク、みたいに!」
「いい考えですね。複写自体は簡単ですよ」
「わかった! 私とレアで素材はみんなの分用意するよ」
いつでもメンバーで連絡がとれるようになったら助かる。
女子寮と男子寮、離れてるし、夜中は連絡できないし。
第一、いつも用事のある相手を探し回るのが大変だと思っていた。
魔法陣は、送る宛先が5枚。これはマルクは使えないから4人分。
受け取る方はそれぞれ1枚でいいみたい。
カード型にして、メモ帳みたいに綴じておくのもいいかもしれない。
それと、私はもう1人分余分に欲しいとお願いした。
これをエヴァ先輩との連絡用に使いたい。
「僕は念のため、スワンソン先生への連絡用も作ることにします。うん、いいアイデアですね!」
ニコラくん。
心配しなくてもニコラくんはすごいよ!
みんな頼りにしてるからねっ!