もうひとりの聖騎士
王宮は、学園から馬車で30分ほどの距離だ。
今日のスワンソン先生は、白に金の模様が入った、魔導士の正装。
かっこいい。惚れ惚れする。
馬車の中で少し話してくれたけど、スワンソン先生は王宮の研究室にいたこともあるようだ。
でも、自由な研究ができないのが嫌で、学園の教師になったんだって。
古代魔法を研究していたスワンソン先生は、王宮の中では異端児だったようだ。
それが今更呼び出されているのは、古代魔法に詳しい研究者が少ないからみたい。
ニコラくんがスワンソン先生は天才だと言っていたけど、国から呼び出されるぐらいだから本当なんだろうな。
王宮に到着すると、宮殿ではなく王国騎士団の宿舎がある建物へ案内された。
そこで、騎士団長と話があるという。
偉い人に会うのが面倒なので、騎士団長経由で報告してもらう、とスワンソン先生は言った。
宮殿はさすがに立派だ。
だけど、外見は想像していたようなきらびやかさはなく、砦のように頑丈で高い建物だった。
大きな正門の前には、数名の騎士たちがびしっと背筋を伸ばして立っている。
「足を運んでくれてご苦労だったな。座ってくれ。ああ、私は王国第一騎士団、団長のモルガンだ」
ワルデック先生よりも筋肉ムキムキのおじさん、という感じの人がやってきた。
この人が王国の騎士団長か。
ということは、貴族様だよね? たぶん。
スワンソン先生が頭を下げたので、あわてて私もおじぎをする。
隣には、若そうなブロンドヘアーの騎士がひとり。
イケメンだ。顔だけ見たら王子様みたい。
私と目が合うと、にっこりして小さく手を降った。
私のこと、子どもだと思っているんだろうか。
騎士にしては華奢な感じの人だけど、腰には団長さんと同じような剣をさげている。
「今日来てもらったのは、先日のダンジョンでの話をもう一度詳しく聞きたいということもあるんだが、その前に。こいつが第一騎士団所属の聖騎士、ベルジェだ」
「エヴァリスト・ディ・ベルジェです。エヴァって呼んでくれていいよ。キミに早く会いたかった。やっと会えたね」
ブロンドヘアーで巻き毛の王子様が、私にバチっとウィンクをした。
なんてことだ。
想像と全然違う。
初めて会った自分以外の聖騎士様は、なんだかチャラい。
もっとこう、なんていうか、クリストフみたいなギリシャ神話の像みたいなムキムキマンを想像してた。
でも、そんなものかもしれないね。
聖騎士に全然向いてなさそうな人でも、聖騎士ですと言われたらその道を歩むしかない。
私がいい例だよね。
この人が勇者になってくれるといいなあ、と密かに考えたが、「嫌だよ」とか言いそうな人だ。
先輩だし、話はしてみたいな。
「先日のリリトの大神殿のことは聞いていると思うが、あれは、聖剣を狙った事件だと言われている。それでなんだが、実はリリト王国と中央正教会のあるマリアナ正教国には、聖騎士がいない。いるにはいるんだが、年寄りなんだ」
「若手で聖騎士が2人もいるのは、大国の中では我が国だけ、ということなんですね」
スワンソン先生は、エヴァ先輩にも会ったことがあるし、ある程度の事情は理解している様子だ。
「そういうことだ。やつらの狙いが何かはわからないけれど、スワンソンの話では、怪しいやつとダンジョンで出会ったんだろう? ということは、すでにこの国にも手先が紛れ込んでいる可能性が高い。そこでだ」
騎士団長が急に私の方を向く。
「念のため、聖騎士のお嬢ちゃんを、うちで預かろうという話だ」
「そういうことですか」
スワンソン先生がため息をついた。
「しかし、この子はまだ学生です。国が囲い込むようなことにならないでしょうね」
「そんなこたあ、まだ考えてないが、いずれうちの騎士団に来るだろう?」
まるで当たり前のように、騎士団長は私に同意を求める。
いやいや、私、まだそんなことまったく考えていませんでした。
とは言えないので、無言で考えているふりをしていたら、スワンソン先生が、助け舟を出してくれた。
「デイモントさん、学園の警備は万全です。学園を出なければ、私やワルデック先生も守ってあげられるでしょう。ただ、ここにはあなたの先輩になる聖騎士がいるので、勉強になることもあると思います。あなたの好きにしていいんですよ」
「好きにしていいんですか?」
「もちろんです。これはあくまでもあなたを保護するための提案ですからね」
スワンソン先生は、モルガン騎士団長に、断る権利はあるというように念を押す。
好きにしていいなら、私は学園にいたいな。友達もいるし。
「だけどなあ。ダンジョンに現れた不審なやつらは、瞬間移動で転移できるんだろう? 神出鬼没っていうじゃねえか」
「それを心配するなら、学園にいても騎士団にいても同じことでしょう。学園と王宮の結界の強度は変わりませんよ」
スワンソン先生は、少しむっとした様子で言い返す。
「誰もこの子のことを知っている人がいない場所に置いておくより、学園の方が常に誰かが見ていて安全なように思えるのです」
「僕がずっと側にいてあげてもいいよ?」
「お前は、そもそも自分も狙われてるかもしれねぇだろ!」
エヴァ王子様は騎士団長に怒鳴られて、首をすくめる。
「あの……私は、できれば学園にいたいです。まだ1年生だし、授業も受けたいです」
「まあ、そこんところは、急いで決めなくてもいい。気が向けば騎士団に来てくれてもいいし、何もいきなり騎士団の訓練に参加させようっていうんじゃないのはわかってほしい。国王も心配しているんだよ」
国王様まで私のことを知っているのか。
私の就職先は、王宮一択なんだろうか。