卒業
学園の門をくぐった瞬間に。
私とニコラくんの姿を見つけた生徒たちが、ざわざわと集まってきた。
なんなの、この騒ぎ。
馬車から降りただけで、一斉に注目されて、まるで動物園のパンダ状態だ。
「ニコラ先輩だ!」
「ルイーズ先輩と一緒に来たよ!?」
「やっぱりふたりって……え? え?」
私たちのまわりをぐるっと囲んでくるのは、見慣れた顔の後輩たち。
その中に、見覚えのある女の子がいた。
アリスちゃんだ。聖女科でひとつ下の学年の。
ひさしぶりだけど、元気そうで良かった。
なぜだか、みんなに背中を押されるようにして、こっちに歩いてくる。
「あ、アリスちゃん。おはよう」
「し、失礼します! ルイーズ先輩、あの、その……」
「どうしたの?」
「みんなが、聞いてこいって言うから……もしかして、ニコラ先輩とご婚約……っ!?」
みんながシーンと静まり返る。
注目の視線が一気に集まる中、ニコラくんの顔をちらりと見る。
「はい。ルイーズさんは、僕の大切な彼女ですよ」
「きゃーーー!! ついに! ついに! では、みんなが待ってるので、失礼します!」
ニコラくんはすました顔をして、ぎゅっと手をつないでくれている。
周囲の女の子が、みんなニコラくんを見て、ぱあっと顔を輝かせている。
「きゃ~~~!! 聞きましたかみなさんっ!! 今のっ!!」
「尊いっ……!」
「ついに彼氏宣言きたあああ!!」
人が多すぎてなかなか校舎にたどりつけない。
なぜか黄色い声が飛び交い、拍手まで起きる始末。
なんで私たち、登校しただけでこんなことに……
「ニコラくん、あんなふうに……」
「言わないと、また毎日聞かれますから。最初が肝心です」
ちょっとだけ得意げなニコラくん。
どうしよう……めちゃくちゃ顔が熱い。
お昼休み。
中庭のガゼボで、お弁当を広げて、ふたりだけのピクニック。
アンナさんが作ってくれたサンドイッチと、リンゴのパイ。
冷たく冷やした、レモンティーも持ってきた。
ニコラくんに頼んだら、いつでも氷を入れてもらえるから便利。
「やっぱり、恋人がいるっていいなあ……」
「ですね……ずっとこうしていたい……」
そんなことを言いながら、にこにこお弁当を食べていたら。
めずらしくニコラくんが大あくびをした。
ずっと忙しかったから、疲れがたまってるのかな?
「……ルイーズさん。ちょっといいですか?」
「なに?」
「お昼寝したくて……」
ニコラくんが突然私の膝に、ぽすっと頭を乗せてきた。
──えっ!?
「……な、なんで私の膝なの?」
「……彼女だから、ですよ」
「そんなっ……」
……断れない。
ニコラくんの顔が、穏やかすぎて。
なんか、いつもの倍くらいかわいいんですけど!
……反則だよ。そんなの。
「じゃあ、10分だけね」
「では、遠慮なく」
すぐに寝息を立て始めるニコラくん。
こんな穏やかな顔……見たことなかったかもなあ。
リリトにいるときは、ずっと険しい顔してた。
風が気持ちよく吹いて、時々鳥の鳴き声がして。
この時間が、永遠に続けばいいのに……と思っていたら。
──クスクス
──うふふふ
どこかから、かすかな笑い声が聞こえてきた。
えっ、どこから?
周囲に人なんか、いないんだけど。
ふと、何かの気配を感じて上を見上げると──
校舎の窓という窓、屋上、さらには木の陰まで……
全校生徒が、私たちを生温かく見守っていた!!
嘘っ! なんで!?
「ニコラくんっ! 起きてっ! 大変、見られてるっ!」
「知ってますよ」
「えっ?」
「見せたかったんです。これで全校生徒に周知できましたね?」
ああもう……久しぶりの黒ニコラくん。
でも。うれしい。
すごくうれしい!!
——ありがとう、ニコラくん。
あなたに出会えて、よかった。
◇
卒業式当日。
私たちはそろって、王立学園の制服に身を包み、広い講堂に並んでいた。
ずっと憧れていた日。
この日がこんなに名残惜しくなるなんて、思っていなかった。
「卒業証書を授与する。ルイーズ・ディ・デイモント子爵令嬢」
「はい!」
壇上に上がりながら、あの長い旅のことを、思い出す。
勇者に選ばれた日が、つい昨日のことみたい。
仲間たちとの出会い。
誰も死なせたくなくて、必死にがんばった毎日。
振り返れば、全部が宝物だった。
でも——もう振り向かない。
だってこれは、終わりじゃなくて。
新しい旅の、始まりだから。
【完】
長い間、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
この小説は私にとって本当に思い入れのある作品で、途中で終わらせるのか続けるのか悩みすぎて、書けなくなってしまったこともありました。
でも、こうしてやっと完結させることができて、ほっとしています。
またいつか、番外編などを書くことがあるかもしれませんが、そのときはまた応援してやってください。
ぽふぽふ