彼氏
「じゃあ、ニコラくん! 彼氏になって!!」
「彼氏……ですか? それは、婚約者とどう違うのですか?」
「全然違うの! 彼氏っていうのは、付き合って、婚約する前にデートしたり、一緒にご飯食べたり……」
「僕ら、毎日ずっと一緒にご飯食べてますけど……」
「違うの! そういうのじゃないの!!」
ぐい!とニコラくんの腕をつかんだら、ニコラくんがびっくりした顔で後ずさる……
なぜ?
たった今壁ドンしてた人が、なぜ後ずさる……
「私ねえ。婚約者が欲しかったんじゃないの。彼氏が欲しかっただけなの!!」
「……ルイーズさん。僕、なんでもしますから、その、彼氏ってやつを教えてください」
「だから。例えば、手をつないで一緒に登校するとか、手作りのお弁当を渡したり……学校の帰りにカフェに行ってスイーツ食べたり……」
そう言ってる自分が、ちょっと恥ずかしい。
でも、ニコラくんがふっと笑った。
「……ルイーズさん、そんなことしたかったんですね」
「そうなの。でも、あと5日しかない……」
「わかりました。頑張ります。その代わり、卒業式がきたら僕の婚約者です。いいですね?」
「……うん。……よろしく、お願いします……」
手をつないで見つめ合っていた、その瞬間——
「やっとくっついたああああああ!!」
バン!と扉が開いて、マルクとレアナがなだれ込んできた。
「ほんっと、にぶいからなあ、ルイーズはよう……」
「え? 私……そんなににぶい?」
「だってねえ……ルイ、覚えてないかもしれないけど。リリトの離宮でお茶してたときのこと」
「ああ、4人でお茶したよね? それが?」
「あの時、ニコちゃん、言ってたよ? 僕より強くて賢い女性が好きって」
「だから、そういう人がきっと見つかるよって……あっ」
「ほら、ね? やっぱり全然気付いてなかったよね」
「俺らはすぐピンときたけどなあ」
「ニコちゃんより強くて賢い女子なんて、私以外だと……勇者ぐらいしかいないじゃん」
うう……私ってそんなににぶい女だったの?
ニコラくんの顔を見ると、苦笑いしている。
「だいたい、ニコちゃんてさあ。ルイ以外の女の子には見向きもしないし? なんなら口もきかないよね?」
「いえ、そんなことは……ハイ、そうですね。ルイーズさんだけです」
「うわー開き直った!」
「まあ、なんにせよ、よかったよかった。ニコラの初恋が実ってよう」
マルクが、バンバンとニコラくんの背中を叩いた。
……それ、絶対痛いやつ。
でも、ニコラくんは今まで見たことないくらい、うれしそうに笑ってた。
◇
翌朝。
窓から差し込む光で目を覚ました。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
温かい普通のベッドで目覚める幸せをかみしめる。
……魔王のいない世界で迎える朝。
着替えて鏡を見ながら、ふと、昨日のニコラくんの顔を思い出してしまう。
なんか……夢でも見たのかなって感じ。
私、彼氏ができたんだよね!
階下に降りると、食卓には温かいパンと紅茶やジュースがいろいろ並べてある。
サラダとスープとパンを好きなだけお皿にのせる。
なんでもない朝が、こんなに幸せだなんて。
「おはよう」
「おはようございます……ルイーズさん」
ニコラくんが、すっと隣の席に座った。
そういえば、ニコラくんていつも私の隣に座ってたっけ。
そんなことも気にならないぐらい、ずっと一緒にいたもんね。
「ねえ、ニコラくん。ルイーズって呼んでもいいんだよ?」
「えっ、そ、それは、僕には、無理です……」
「彼氏なのに?」
「……努力、します。その、時間、ください」
なんか赤くなって、うつむいてしまったニコラくん。
私がいじめてるみたいじゃない!
「今日のオムレツ、ちょっと味が違うね」
ふわふわのオムレツを口に運んでいると、ニコラくんが少し得意げな顔をした。
「……実は、昨夜アンナさんに頼んでおいたんです。ルイーズさんの好きな味にしてほしいって」
「えっ……うそ。そんなことまで……」
「当然です。彼氏ですから」
うわ、今、彼氏って言った!
照れるな……やっぱり。
でも、もっと言ってほしいかも。
「じゃあ……明日は、ニコラくんの好きな味、教えてね」
「はい。僕は……ルイーズさんが作った朝ご飯が……」
もう、そういうことサラッと言うの、ずるいよ……!
でもなんか、すごく幸せ。
これ、神様からのご褒美かな……魔王倒したから?
こんな朝が、これからも続いていくといいな。
朝ご飯を食べたら、一緒に学園に行くのです。
貴重な1日だからね。
マルクたちは先に出かけてしまったのか、もういなかった。
たぶん、マルクのことだから、トレーニングで走って学園に行ったんだろうな。
レアナも一緒に走ってるんだろうか。
私とニコラくんは、馬車で学園へ。
「行きますよ?」
「うん。」
ニコラくんがエスコートの手を差し出してくれた。
やっぱり貴族だから、こういうこと、慣れてるのかな……
なんか、かっこいい。