ごめんなさい
「エヴァ先輩……私、先輩のことそういう目で見たことなくて。でも、今一生懸命考えてみたんですけど……」
「ああ……うん。いいよ。もうわかっちゃった。無理なんだね……」
「ごめんなさい……先輩と生きていくって、侯爵家の奥様になるっていうことですよね? 私には無理です。先輩は大事な跡取りだもの」
「そうだな……そんなところにルイちゃんを閉じ込めるのは、酷だよね……」
「でも……気持ちはうれしかったです。それに、先輩に出会えてよかった。先輩が一緒にいてくれたから、私は勇者としてやってこれた。そのことは一生忘れないです」
「そうだね。僕も、きみと日本の思い出話ができたのは、楽しかったよ。それに、ちょっと妹ができたような気もしてた」
「先輩! そんな寂しいこと言わないで、また日本の話しましょうよ! 騎士団に戻るんでしょう? いつでも会えるじゃないですか!」
「いや……僕はもう騎士団を辞めて、領地へ帰るんだ。魔王を倒したし、そろそろ真剣に侯爵家を継がないとね」
「……そうなんですか。でも、またメールしましょう! 日本のこと、話したくなったら、いつでも通信メモで送ってください!」
「そうだな。通信メモ、送るよ。もうあまり王都には出てこられないかもしれないけど」
「先輩……」
そっか……先輩、領地に帰ってしまうんだ。
突然のことで、ちょっとショックだけど。
仲間だと思っていても、みんなそれぞれの立場があって、ずっと一緒にはいられない。
そんなことはわかっていたけれど……
「ありがとう、ルイちゃん。すっきりしたよ」
先輩がちょっとサバサバした顔になって、立ち上がった。
これで良かったのかな……良かったんだよね。
「先輩、今日は一緒にご飯食べますよね?」
「ああ、ちょっとクリスと話してくるよ」
パタン、と扉が閉まって、深いため息をついた。
寂しいよ。もう会えないなんて。
だけど、どうすることもできない。
先輩の人生だもの。
ぼんやりと、先輩と出会ってからのことを思い出していた。
一緒に勇者になった。
あのときの、枢機卿の顔、おかしかったな……
楽しいこともいっぱいあった。
そんなことを思い出していたら。
また、コンコンとノックの音。
今度は誰?
……と思ったら、ニコラくんが立っていた。
「どうしたの? なんかあった?」
「ちょっと……いいですか?」
「うん、いいけど……どうぞ」
今日はみんな、なんか暗い?
なんかあったの?
悩みなら聞くけど。
「あの……廊下にいたら、話が聞こえてしまって」
「ああ、エヴァ先輩の?」
「そうです。その……良かったんですか?」
「何が?」
「だって……言ってたじゃないですか。ルイーズさん、卒業までに結婚相手が欲しいって」
「ああ、言ってたね、そんなこと」
なんだか、笑えてしまう。
一年ぐらい前の私って、本当に子どもだったな。
「エヴァ先輩だったら、玉の輿じゃないですか。気心もしれてるし、仲も良かったし……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってニコラくん。もしかして、私にエヴァ先輩をおすすめにきたの?」
「……違いますよ。そんなわけないじゃないですか」
ニコラくんがぷいっと顔をそむけて、子どもみたいにふくれっ面になる。
久しぶりに見る、その表情。
大賢者の肩書きが、なんだか笑っちゃうくらい似合わない。
「お茶、いれるね……」
「ルイーズさん!」
立ち上がってお茶をいれようとしたら、ニコラくんに手首をつかまれた。
——その手が、ちょっと震えてる。
「僕との約束……覚えてますか?」
「え、ああ……うん。卒業までに相手が見つからなかったら、ってやつだよね? それだったら別に──」
「あと5日です。見つからなかったら、僕と結婚してくださいって、言いましたよね?」
「……言った……かな?」
「言いました。ちゃんと覚えてます。だから——」
ニコラくんが、私の目を真っ直ぐにのぞきこむ。
その視線に、胸がちくりと痛んだ。
「いいんですか? 本当にもう……誰か他の人、探さないんですか?」
「うん……」
「エヴァ先輩、今なら追いかけたら間に合うんじゃないですか?」
「もういいの。エヴァ先輩のことは、終わったから」
「本当に……?」
その目が、あんまりにも真剣だから。
もう、逃げるのはやめよう。
「ニコラくんの……意地悪。そんなこと言ってると、本当にエヴァ先輩、追っかけちゃうよ?」
「えっ、いや、えっ? そ、それは……」
「ニコラくんが責任とってくれないなら、エヴァ先輩追っかけちゃうからね!」
「……ダメです!! 僕が責任とって結婚します!! ルイーズさん!! お願いします!!」
あまりに真剣なニコラくんの顔を見ていたら、ふっと笑ってしまった。
私、ずっと一緒にいたい人、見つけた。
そっと抱きしめてくれる、温かい腕。
ほんの少し、触れそうになった唇。
もうニコラくん、友達じゃなくなっちゃった……