学園へ
実家で数日をのんびり過ごして、私は久しぶりに学園の門をくぐった。
学園に入学した頃は、寮でレアナと隣同士の部屋だったっけ。
そんなことも、今はもう懐かしい思い出だ。
校舎も教室も、何も変わっていなかった。
けど、私の中では、いろんなことが変わっていた。
もう『勇者』って言われても、平気。
ニコラくんがいつか言ってた。
平和になったら、きっとみんなそんなことすぐに忘れるって。
きっと、そうだと思える。今は。
『3年Sクラス』と書かれた教室のドアを開けると、もうマルクとレアナが座っていた。
なつかしい制服姿。
なんだか、ヘンな感じ。
実は私たちはほとんど学園にいなかったので、いつの間にか制服が小さくなってしまって。
新しく支給されたのです。
なので、みんな、新品の制服がちょっとぎこちない。
学園に出てきたものの、スワンソン先生もワルデック先生も不在。
私たちは自習だ。
だいたい、あと卒業まで1週間しかない。
なんだか、同窓会に集まってるような気分だよ……
登校してきたみんなと雑談をしていたら、ガラっと教室のドアが開いた。
「あれっ、クリス先輩! エヴァ先輩! どうしたんですか?」
「クリスがさあ、卒業式に出たいというから、送ってきた」
クリス先輩も、真新しい制服を着て、ちょっと照れた顔をしている。
そういえば、クリス先輩、留学生だったもんね!
学園側が、卒業生として認めてくれたのかな。
「せっかくだから、クリス先輩、クランハウスへ帰りましょうよ! 私たちと」
「いいのか……?」
「もちろんです! エヴァ先輩の部屋もクリス先輩の部屋もありますから!」
「では、せっかくなので、そうさせてもらおうか」
そうなのです。
私たちには、国王様がくれたクランハウスがあるのです!
私たちがいない間も、ちゃんとお掃除していてくれたらしく。
今日からは、そこで暮らすのです。
レアナもマルクも、ニコラくんも一緒。
オーグストだけは、バスティアン教会住みになるらしいけど。
でも、オーグストの部屋もちゃんとあるからね!
私たちは、卒業できるかどうかも決まっていなかったので、進路が決まっていない。
マルクは実家が肉屋だし、レアナは実家が商店だ。
家の手伝いっていう進路もあるだろうけど。
私は何も考えていない。
ニコラくんはどうするんだろう?
ただ、もう少し、みんなと一緒にいたいなーって思う。
だって、これまでずっとずっと、毎日一緒だった。
魔王がいなくなったから、みんなバラバラになっちゃうのは寂しいよね。
学園が終わったら、みんなで久しぶりのクランハウスに戻った。
お料理上手のアンナさんは、仕事を辞めずに待っていてくれたらしい。
今日はごちそうを作ってくれるというので、とってもうれしい!
久しぶりの美味しい家庭料理だ~!
なんだか謁見があったり、実家でもお客さんが多かったりで、いつも周囲に人がいて。
正直、ちょっと疲れてたんだよね。
今日はやっと、自分の部屋でゆっくりできる。
夕食の時間までのんびりしようと、みんなそれぞれ自室に戻っていた時。
コンコン、とノックの音がした。
誰だろ?
「あ、エヴァ先輩……どうしたんですか?」
「うん……ちょっといいかな? 扉あけといていいから。話したいことがあって」
「いいですよ? どうぞ。何にもない部屋だけど」
「ありがとう」
どうしたんだろ。
なんか少し沈んでいるような雰囲気だけど……
椅子をすすめて、アンナさんにお茶を持ってきてもらうように頼んだ。
「何かあったんですか?」
「うん……まあ……」
「……話しにくいことですか?」
アンナさんがすぐにお茶を持ってきてくれた。
それから、やっとエヴァ先輩は話し始めた。
「実はさ。セルディアのお姫様、いただろ?」
「ああ……アナスタシア王女ですよね。あの、銀糸のベスト贈ってくれた……」
「国王が……僕との婚約を進めたがっていて」
「え? あの話、本当だったんですか?」
「うん、まあ……僕はまだ、返事はしてないんだけど」
そんなに暗い顔するってことは、嫌なんだろうか?
アナ王女って私は同じクラスで一緒に過ごしたけど、結構いい人だったけどな。
王女っていう割には、フレンドリーだったし。
「……で? エヴァ先輩的にはどうなんですか?」
「それなんだけど……」
エヴァ先輩は、言葉を句切って、それから私の目を見た。
「ルイちゃん、僕と一緒に生きていく気はない?」
──えっ……
僕と一緒にって……
「先輩……それ、どういう意味ですか……?」
「そのままの意味。ルイちゃんとだったら、一生うまくやっていけるんじゃないかって……」
「え、え、えーーーー! ちょっと待ってください。エヴァ先輩、私のこと、別に好きじゃないですよね? だって、そんなそぶり全然……」
「あはは……ルイちゃん、にぶいもんね。気がついてなかったか」
エヴァ先輩が情けない顔をして、紅茶を飲んだ。
いや、先輩のそんな情けない顔……初めてみたんですけど。
どうしよう。
私は、先輩のこと好きだけど、そんな風に思ったことなかった。
日本のこと話せる、優しいお兄ちゃんみたいな存在。
頼れるとは思っていたけど、多分……恋心はない。
ごめんなさい。
そりゃあ、先輩とだったら、一生楽しく暮らせるかもしれないけど。
それは違うような気がする。