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帰還

 足元に広がった光がゆっくりと消えていく。

 私たちが再び地面に着地したその瞬間——


「おおおっ、戻ってきたぞ! あいつらが……!!」


 遠くで誰かが叫ぶ声がした。

 焚き火のまわりにいた人たちが、一斉に立ち上がって駆け寄ってくる。


「先生!」

「スワンソン先生! ただいまー!」

 レアナが涙声で叫んだその時、我慢していた何かが、音を立てて崩れ落ちた。

 堰を切るように、みんな泣いた。

 あのマルクも。オーグストも。みんな。

 終わったっていう実感がやっとわいてきて。

 

 ──もう誰も死なない。

 ──戦わなくていいんだ。

 

 スワンソン先生が目を見開いたまま、ゆっくりとうなずく。

「……お帰りなさい。みんな。よく頑張りましたね」

 先生の声は震えていた。

 でも、笑っていた。


「やったな……本当に、やったんだな……!」

「これで、世界は……!」


 騎士団の人たちも、焚き火を囲んで歓声をあげながら拍手してくれている。

 魔王討伐の任務は、成功したんだ。


 その晩、私たちは古竜さまに送ってもらって、リリト本部へ帰還した。

 城内はお祭り騒ぎになった。

 王立魔術師団の人たちや、諸国の使者たちも集まって、大広間も中庭も祝宴が始まった。


「こんなにうまいパン、初めて食べた!」

「マルク、それ焼いただけのやつ……」

「いや、今はもうなんでもうまいんだよ!」

 笑い声や歌声とグラスの音が夜更けまで響く。

 なんの憂いもない、夢のような一夜が過ぎていった。



 翌朝、リリト王宮の謁見の間。


「そなたたちの勇気と偉業に、リリト王国は心より感謝する」


 リリト国王は、玉座の上から私たちに頭を下げた。

 そして勲章が、一人一人の手に渡された。

 優しいリリト国王様。

 今では私たちの、第二の祖国のように感じる。


「この国は、そしてこの世界は、そなたたちによって救われた。報償はのちほど届けさせる。今は離宮でゆっくり休むといい。帰国しても、いつでも遊びにきてよいのじゃぞ? 離宮はそなたたちのために空けておくのでな」

「ありがとうございます!!」


 謁見が終わると、報告会。

 各国の騎士団や代表者が集まった大会議室で、ワルデック先生とエヴァ先輩が、代表として魔王城の出来事を報告してくれた。

 前日中庭で飲み明かしていた人たちは、半分ぐらい寝てたけど。

 平和っていいよね。

 とにかく、魔王はいなくなったんだし。

 もう、この世に勇者は必要ない。

 

 リリト国王のはからいで、私たちは離宮でゆっくりと疲れを癒やした。

 おいしいものを食べて、寝たいだけ寝て。

 大浴場でレアナと何時間も遊んだり、ドレスをいっぱいもらって着替えたり。

 

 そして数日後。

 私たちはついに、ヴァスティアン王国へと帰還した。

 王都の門をくぐった瞬間、ファンファーレが鳴り響く。

 街道の両脇にならんだ人たちが歓声をあげ、大きな拍手に包まれた。


「勇者様たちだ!」

「帰ってきた……!」

「勇者さまー! 大賢者さまー!」


 街の人たちが次々と手を振り、私たちに笑顔を向けてくれる。

 子どもたちが握手をしようと、小さな手を伸ばしてくる。

 お年寄りたちは、泣いていた。

 花束や果物の籠を渡そうとしてくれる人もいる。


 少し気恥ずかしいけど、胸をはって歩く。

 勇者になって良かったかもって、初めて思えた。

 みんながこんなに喜んでくれるんだもん。


 本来であれば、王宮を訪れて国王に謁見をしなければいけないのだけれど。

 まだ騎士団がリリトで後始末をしていて戻っていないため、報告会と祝賀会は後日ということに。

 私たちはそれぞれ、いったん実家に帰らせてもらえることになった。

 親が心配してるよね……さすがに。

 バスティアンに帰ってきて、見慣れた景色を見たら、急に実家が恋しくなってきた。


 お父さん、ちゃんと子爵の仕事、してるかな……

 そうだ。私、子爵令嬢になったんだっけ。

 そんなこと、すっかり忘れてた。

 騎士服じゃなくて、可愛いドレス着て帰ろうかな……

 だって、本当なら私たち、青春まっただ中の年齢なのに!

 おしゃれのひとつもできなかったから。

 そんなことを、馬車の中でレアナと話した。


 

 久しぶりに戻った実家は、ずいぶん立派になっていて、知らない家のように見えた。

 だって……昔のせまくてオンボロな家の記憶しかない。

 いつの間にか建て替えたんだね。


 門をくぐった途端、執事が走って出てきて、すぐさま奥へ報告に行った。

 執事……がいるということが、信じられない。

 玄関の扉が勢いよく開いて、お父さんとお母さんが飛び出してくる。


「ルイーズ……! 無事だったか!」

「うん。ただいま、お父さん、お母さん」

 そのまま、ぎゅっとふたりに抱きしめられて、なんだか気恥ずかしい。

 もう、大人だよ……私。

 魔王を倒せるぐらい、強くなったんだよ?

 

 いつも厳格で無口な父が、涙ぐんでいる。

 小さい頃に高熱を出して以来、あんな顔、見たことない。


「おまえが無事でよかった……それだけで、もう……」

「ルイちゃん……少しやせたんじゃないの? ちゃんと食べてたの?」

「ごめんね、心配かけたよね。……でも、世界はもう大丈夫だよ」


 あっという間に、近所の人たちが集まってきた。

 お祝いの花や手作りのクッキーとかを、いっぱい持ってきてくれて。

 私のことを子どもの頃から知っている人たちばかりだ。

 

 近所の子どもたちが、私を見て「本物だー!」って騒ぐ。

 ちょっとだけ、照れくさい。


 執事さんが、さりげなく用意してくれていた私のお気に入りの紅茶。

 いつの間にか大きくなった妹が、私のために作ってくれた焼き菓子。

 ああ、帰れる場所があるっていいな。

 真新しい部屋の窓から、小さな青空がのぞいていた。


 

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