帰還
足元に広がった光がゆっくりと消えていく。
私たちが再び地面に着地したその瞬間——
「おおおっ、戻ってきたぞ! あいつらが……!!」
遠くで誰かが叫ぶ声がした。
焚き火のまわりにいた人たちが、一斉に立ち上がって駆け寄ってくる。
「先生!」
「スワンソン先生! ただいまー!」
レアナが涙声で叫んだその時、我慢していた何かが、音を立てて崩れ落ちた。
堰を切るように、みんな泣いた。
あのマルクも。オーグストも。みんな。
終わったっていう実感がやっとわいてきて。
──もう誰も死なない。
──戦わなくていいんだ。
スワンソン先生が目を見開いたまま、ゆっくりとうなずく。
「……お帰りなさい。みんな。よく頑張りましたね」
先生の声は震えていた。
でも、笑っていた。
「やったな……本当に、やったんだな……!」
「これで、世界は……!」
騎士団の人たちも、焚き火を囲んで歓声をあげながら拍手してくれている。
魔王討伐の任務は、成功したんだ。
その晩、私たちは古竜さまに送ってもらって、リリト本部へ帰還した。
城内はお祭り騒ぎになった。
王立魔術師団の人たちや、諸国の使者たちも集まって、大広間も中庭も祝宴が始まった。
「こんなにうまいパン、初めて食べた!」
「マルク、それ焼いただけのやつ……」
「いや、今はもうなんでもうまいんだよ!」
笑い声や歌声とグラスの音が夜更けまで響く。
なんの憂いもない、夢のような一夜が過ぎていった。
◇
翌朝、リリト王宮の謁見の間。
「そなたたちの勇気と偉業に、リリト王国は心より感謝する」
リリト国王は、玉座の上から私たちに頭を下げた。
そして勲章が、一人一人の手に渡された。
優しいリリト国王様。
今では私たちの、第二の祖国のように感じる。
「この国は、そしてこの世界は、そなたたちによって救われた。報償はのちほど届けさせる。今は離宮でゆっくり休むといい。帰国しても、いつでも遊びにきてよいのじゃぞ? 離宮はそなたたちのために空けておくのでな」
「ありがとうございます!!」
謁見が終わると、報告会。
各国の騎士団や代表者が集まった大会議室で、ワルデック先生とエヴァ先輩が、代表として魔王城の出来事を報告してくれた。
前日中庭で飲み明かしていた人たちは、半分ぐらい寝てたけど。
平和っていいよね。
とにかく、魔王はいなくなったんだし。
もう、この世に勇者は必要ない。
リリト国王のはからいで、私たちは離宮でゆっくりと疲れを癒やした。
おいしいものを食べて、寝たいだけ寝て。
大浴場でレアナと何時間も遊んだり、ドレスをいっぱいもらって着替えたり。
そして数日後。
私たちはついに、ヴァスティアン王国へと帰還した。
王都の門をくぐった瞬間、ファンファーレが鳴り響く。
街道の両脇にならんだ人たちが歓声をあげ、大きな拍手に包まれた。
「勇者様たちだ!」
「帰ってきた……!」
「勇者さまー! 大賢者さまー!」
街の人たちが次々と手を振り、私たちに笑顔を向けてくれる。
子どもたちが握手をしようと、小さな手を伸ばしてくる。
お年寄りたちは、泣いていた。
花束や果物の籠を渡そうとしてくれる人もいる。
少し気恥ずかしいけど、胸をはって歩く。
勇者になって良かったかもって、初めて思えた。
みんながこんなに喜んでくれるんだもん。
本来であれば、王宮を訪れて国王に謁見をしなければいけないのだけれど。
まだ騎士団がリリトで後始末をしていて戻っていないため、報告会と祝賀会は後日ということに。
私たちはそれぞれ、いったん実家に帰らせてもらえることになった。
親が心配してるよね……さすがに。
バスティアンに帰ってきて、見慣れた景色を見たら、急に実家が恋しくなってきた。
お父さん、ちゃんと子爵の仕事、してるかな……
そうだ。私、子爵令嬢になったんだっけ。
そんなこと、すっかり忘れてた。
騎士服じゃなくて、可愛いドレス着て帰ろうかな……
だって、本当なら私たち、青春まっただ中の年齢なのに!
おしゃれのひとつもできなかったから。
そんなことを、馬車の中でレアナと話した。
久しぶりに戻った実家は、ずいぶん立派になっていて、知らない家のように見えた。
だって……昔のせまくてオンボロな家の記憶しかない。
いつの間にか建て替えたんだね。
門をくぐった途端、執事が走って出てきて、すぐさま奥へ報告に行った。
執事……がいるということが、信じられない。
玄関の扉が勢いよく開いて、お父さんとお母さんが飛び出してくる。
「ルイーズ……! 無事だったか!」
「うん。ただいま、お父さん、お母さん」
そのまま、ぎゅっとふたりに抱きしめられて、なんだか気恥ずかしい。
もう、大人だよ……私。
魔王を倒せるぐらい、強くなったんだよ?
いつも厳格で無口な父が、涙ぐんでいる。
小さい頃に高熱を出して以来、あんな顔、見たことない。
「おまえが無事でよかった……それだけで、もう……」
「ルイちゃん……少しやせたんじゃないの? ちゃんと食べてたの?」
「ごめんね、心配かけたよね。……でも、世界はもう大丈夫だよ」
あっという間に、近所の人たちが集まってきた。
お祝いの花や手作りのクッキーとかを、いっぱい持ってきてくれて。
私のことを子どもの頃から知っている人たちばかりだ。
近所の子どもたちが、私を見て「本物だー!」って騒ぐ。
ちょっとだけ、照れくさい。
執事さんが、さりげなく用意してくれていた私のお気に入りの紅茶。
いつの間にか大きくなった妹が、私のために作ってくれた焼き菓子。
ああ、帰れる場所があるっていいな。
真新しい部屋の窓から、小さな青空がのぞいていた。