裏ミッション完了
「ふはははは……人間ども……我の真の姿を見せてやったぞ……喜ぶがいい」
自慢げな声とともに、魔王は両腕を広げた。
さっきまでとはまるで違う、声、威圧感。
「……っ、でかくなっただけじゃん!」
レアナがゴーレムの陰から、悪態をつく。
魔王がレアナに目を向けた一瞬の隙に、マルクが走り出した。
「斬撃剣!」
マルクの剣が、魔王の腕を浅く切り裂いた。
「……痛っ!」
魔王が、ばっちり聞こえる声で言った。
「えっ?」
「ん?」
「はっ?」
マルクとレアナと私、声が揃う。
「い、今の……なんだ? この感覚……」
魔王は切られた腕を見下ろし、口元をひきつらせた。
出てますよ、血が。
ちょっとですけどね。
「痛い……? なぜだ……?」
「獄炎の舞!」
レアナの黒い炎が魔王の脚元を包むと、思わずのけぞって足を引っ込めた。
「熱っ!? アチチっ! 熱いぞっ? 痛いぞっ!?」
「いや……てか、なんで今まで痛くなかったんだよ」
マルクがツッコミを入れた。
魔王は足下にまとわりつくレアナの炎で、踊りまくっている。
魔王の顔が、どんどん青ざめていく……気がする。
っていうか、表情はないのに、動揺してるのがめっちゃわかる。
これは……
エヴァ先輩たちだ!
赤の部屋の任務、成功したんだ!
「貴様ら……まさか何か細工を……」
「おや、気づいちゃいました?」
聞き慣れた、軽く茶化すような声が響いた。
——エヴァ先輩だ!!
お帰り!!!
その声に、ジタバタしていた魔王の肩がピクリと動いた。
振り返ると、扉の消えた入り口からエヴァ先輩がゆっくりと歩いてくる。
その後ろには、剣を構えたクリス先輩の姿も。
「貴様……誰だ! いつの間に……!? 部屋の結界は……!」
「うん、解除しときました。裏技で」
にっこり笑うエヴァ先輩。
最高。
「裏、技……?」
魔王の顔が明らかに強張る。
「お、お、お前まさか……! 管理者コードを——」
魔王の情けない叫びが響き渡る。
その瞬間、私は確信した
——この中の人、きっと前世でゲーム作ってたおっさんだ!
あのゲーム会社のディレクターとか社長とかに違いない!
魔王の赤い目が、ぐるりと私たちを見回す。
先ほどまでの余裕は、もうなさそう。
うろたえて、ぶつぶつ言ってるし。
「管理者コード……だと……!? 貴様、貴様……!」
魔王の声が震えている。怒り、恐怖……
いや、現実逃避か。
「この世界は我が創った……我が、神なのだ……!!」
「へえ。じゃあ神にしては……セキュリティ甘くない?」
エヴァ先輩が、にっこり笑った。
ポケットから、紙切れをひらひらと見せる。
「ログインIDもパスワードも、GAMO_DEV_001って……開発時代から変えてないよね?」
「ば、ば、ばかな……! お前がなぜそんなことを……!」
「僕? ただの下請けプログラマーだよ。……おたくのゲーム、何度バグ報告出したと思ってる?」
「な、なにィィィィィィッッッ!!?!?!?!?」
マルクもレアナも、ワルデック先生も。
右往左往する第二形態の魔王を、呆れた顔で見ている。
攻撃していいのかどうかも、迷うよね。こんなやつ。
「お前、やりすぎたよ。この世界の僕らは生きてるんだ。お前なんかの好きにさせるもんか」
「そうだ……我ら勇者三人は、決してお前を許さぬぞ!」
「そうよ! 許さないわ!」
「ゆ、ゆ、勇者が三人……そんなバグ……」
ねえ、エヴァ先輩、クリス先輩、もういいよね。
こんなやつ、消してしまえ!!
3人の勇者が、光をまとった剣を同時に構えた。
「じゃあな! ガモーのおっさん! いくよ?」
エヴァ先輩の合図で——
「グランメテオ!!」
魔王が後ろの壁ごと消えていなくなった。
城の外の風景が見えている。
丸くて赤っぽい月が、まだそこにあった。
みんな、その場に崩れ落ちそうになりながらも、まだ気を張っている。
「……終わった?」
レアナが、まだ信じられないというように小さくつぶやいた。
実感ないよね。
でも、終わったんだ。
本当に、魔王を倒したんだ。
「終わったよ。……でも、まだ帰ってない」
エヴァ先輩が、マジックバッグから大きなボタンのような装置を取り出した。
前世のクイズ番組で、出演者が早押し連打するようなやつ。
「これは……もしかして起爆スイッチ、ですか?」
ニコラくんが恐る恐るたずねる。
「うん。魔王城のレッドゾーンは、もう誰にも渡せない。10分後に城ごと爆破する」
エヴァ先輩は淡々と話しながらも、どこか遠くを見つめていた。
これが先輩の決めた結末なんだね。
「ただ、ひとつだけ残すよ。アイギス島の……知的生命体は、消さない」
そう言った先輩の目は、どこか優しかった。
ニコラくんが両手を広げて、転移魔方陣を展開する。
「みんな、転移準備できました! 出発点まで一気に戻ります!」
「スワンソン先生、待っててくれてるよね」
「レアナ、手ぇつないどけよ」
「うんっ!」
古代魔方陣の光が足元を包み込み、私たちは全員、魔王城の最深部から出発点へ。
帰還の転移を開始した。
起爆ボタンを押したエヴァ先輩が最後に駆け込んでくる。
ああ、帰るんだ……みんなで。
転移陣がまばゆい光を放ち、次の瞬間、魔王の部屋は視界から消えた。