魔王部屋
高い天井、真紅の絨毯、黒い石壁。
ゲームで何度も見た魔王部屋そのままだ。
中央の一段高くなった玉座に、悪魔のようなヤツが座っていた。
真紅と漆黒のマントにはギラギラと派手な金の装飾。
顔は仮面のようなものに覆われていて、目が死霊や魔神と同じく、赤く光っている。
「ようこそ……人間どもよ」
その声に、背筋がゾッとした。
直接頭に響くような、圧力のある声。
「ガモー=デビオン……」
「ほう、我の名を知っているか……貴様が勇者か」
覚えてる……この雰囲気、この演出……
間違いなくラスボス、魔王だ。
「ゼルゼア……まああの無能が倒されたのは想定内だ。それはまあいい……」
魔王はゆっくりと立ち上がる。
マルクが一歩前に出て、大剣を構えた。
ワルデック先生も、私たちをかばうように、前へ出る。
「みんな、気を抜くなよ」
「はい!」
「来い、人間ども。我が手で終わらせてやろう」
魔王が、ゆっくりと両腕を広げた。
手のひらから、黒と赤の魔法陣が重なり合うように浮かび上がる。
「来るよっ!」
私たちは素早くフォメーションを組んだ。
マルクと先生は前へ、ニコラくんとレアナが左右、私とオーグストが中衛。
打ち合わせ通りの配置だ。
『ダーク・ジャッジメント──』
魔王が腕を振り上げると、天井から、黒い魔力の塊がいくつも降ってくる。
当たるとヤバそうだ……
「聖結界!」
オーグストが頭上に結界を築いて、防いでくれた。
ニコラくんがなぜか、異空間収納を開いている。
「ニコラくん!」
「ルイーズさん、少し時間を稼いでください!」
「わかった……いかづちっ!」
レアナとふたりで、魔法攻撃を連射する。
時間稼ぐだけなら、なんでもいい。
ニコラくんは異空間収納からメタルゴーレムを出して、魔方陣を起動した。
コントロールパネルだ。
メタルゴーレムは他のゴーレムたちに、命令を出して制御できるようになっている。
異空間収納から、次々とゴーレムたちがでてきて、私たちはその陰に隠れた。
「ゴーレムにはそれぞれ物理結界がありますから!」
盾ができたので、これで少し戦いやすくなる。
魔王から直接攻撃受けたくないもんね。
マルクが先陣を切って、剣を構えて突進した。
「斬撃剣っ!」
大剣が魔王の胸元を斬り裂く――が、手ごたえが薄い。
「はっはっは……浅いな」
魔王の身体の傷は、すぐに再生した。
「なっ……!?」
マルクが横飛びで避けると、先生が横から斬りかかる。
「斬鬼滅殺!」
先生の一撃が、魔王の肩に深くめり込む。
黒い血のようなものが飛び散った。
効果あり……?
「なるほど、今のはなかなかだな。だが――遅い」
魔王はまったく痛覚がないんだろうか?
傷など気にする様子もなく、反撃の魔法を詠唱し始めた。
「全員っ、身体強化! オーグスト、強化頼む!」
「おうよっ! 炎耐性強化っ! 魔法防御強化っ!」
オーグストのバフが全員にかかると同時に、魔王の手から巨大な火球が放たれる。
『フレイム・アナイアレーション』
灼熱の弾丸が無数にふりそそぐ。
エヴァ先輩がいたら氷魔法で……
いや、今は私がやるしかないっ!
「エアスラッシュ!」
空気の斬撃を火球にぶつけて、なんとか直撃を防いだ。
ちょっとコントロールがずれてたら危なかった。
背中に嫌な汗が流れる……
まだ第一形態でも、これだけ強いなんて。
「回復っ、誰かっ!」
「ヒーリング!」
オーグストの回復が飛んでくる。
「ニコラくん、そろそろお願いっ!」
「高速連射陣、アイスランスっ!」
メタルゴーレムの上にいるニコラくんの魔方陣から、氷の槍が何十本も飛び出す。
その中の数本が、魔王のマントを引き裂いた。
「ぬ……この程度では、我を傷つけることはできぬ……」
魔王の仮面の奥が、じわっと赤黒く光った。
全然本気出してないんだ……
「レアっ! ファイアーストームで炎の壁を!」
「了解! ファイアーストーム!」
火の竜巻が、魔王の視界を遮る。
「マルク! 今よっ!」
「行くぞっ!」
マルクと先生が二人がかりで斬りかかるが、魔王は仮面の奥で嘲笑する。
「ふむ……その程度か。つまらん」
第一形態なのに、まったくノーダメージ……
こんなに強かった……?
なんで攻撃が通らないんだろう。
エヴァ先輩……クリス先輩……
早く来て……!
マルクの兜割りが魔王の肩をかすめ、ワルデック先生の突きが脇腹を貫く。
黒い血が派手に飛び散った。
でも……魔王はまったく動じている様子はない。
「ふむ……」
魔王は無表情なまま、脇腹を指でなぞった。
「今のはダメージがあったのか……」
そうつぶやいた時、仮面の奥の瞳が赤く点滅し始めた。
何かが変わった……?
魔王は動きを止めている。
「もしかして……変身する?」
のそり、と再び動き出した魔王の身体から、赤黒い光が溢れる。
第二形態だ……
身体がメリメリと巨大化し、外見が変質していく。
マントが裂けて、筋肉質な腕と異様に長い手足が現れた。
仮面も砕けて、顔が剥き出しになる。
白い無表情な顔に、機械的な赤い目……
なんだか、ゲームの中のアバターっぽい顔だ。