地下から脱出
兄魔神の霧がすっかり消えたあと、しばらく呆然としていた。
今日は朝から、初めての敵と戦い続けているから、いくら回復をかけてもメンタルが削られてる感じ。
シン、とした地下神殿で、みんな座り込んでしまった。
「ふぅ……で、ここからどうやって出るの?」
レアナがため息まじりに言う。
「落ちてきた天上の穴も塞がってるし……」
「まあ、本当に出られなければ、僕が帰還用の転移魔方陣を発動しますけど。そうすると、スワンソン先生のいるあそこからやり直しですよ……」
なんかもう、疲れたし、いっそ一回帰って出直したい気もするけど。
でも、そんなことしてたら、魔神二体が倒されたことに魔王が気付く。
次は対策されてて、簡単には忍び込ませてくれないかもしれない。
というか、城から出て追いかけてきたりするかも?
「おーい、こっちに宝箱があるぜ!」
マルクの声が、部屋の隅の方から聞こえた。
全員で駆け寄っていくと、そこには古びた大きな宝箱がふたつ、並んで置いてあった。
うん。そうこなくちゃね。
二体も中ボス倒したんだし。
「罠とかじゃないですよね?」
ニコラくんが警戒しながら、索敵で危なくないかどうかを調べてくれる。
「反応なし、たぶん大丈夫です」
カチッと留め金をはずして、マルクがひとつ目の宝箱を開けた。
中から出てきたのは……
「うわ……なにこれ、かわいい!」
レアナが目を輝かせて取り出したのは、ふわっとした白いエプロン。
メイドさんがつけてるようなフリルつき!
ふちどりの刺繍が七色の光を帯びてる。
「魔法防御が高そうな刺繍ですね……あなどれません」
ニコラくんが目をぱちぱちさせながら解説してくれた。
「光のエプロン、だよ……多分」
エヴァ先輩が思い出したように補足する。
そんなアイテムあったかなあ。私は覚えてないけど。
「……えへへ、もらっていい?」
「そんなの、レアナしか似合わんだろ」
全員がうなずく中、レアナがすっかりご機嫌になっていた。
ふたつ目の宝箱も開けてみると、今度は小さなリボンが入っていた。
淡い緑のきれいなリボンで、髪の装飾品。
「これも魔力あるな……多分エルフのリボンじゃないでしょうか」
ニコラくんがそう言って、私の方を見た。
「レアアイテム?」
「そうですね。これつけると、魔力量がちょっと増えますよ」
「へぇ……じゃあ、これもらっとこうかな」
「俺たちは要らないから、ルイーズもらっとけよ。さっき魔力吸われたんだろ?」
「あ、そうだった。じゃあ、遠慮なく」
みんなもうなずいているので、もらっておくことにする。
髪の結び目にちょっと巻いてみたら、たしかにふっと魔力が戻った気がした。
そのとき、奥の壁のあたりで、クリス先輩が何かに気づいた。
「おい……この壁、なんか変な感じだ。魔力を帯びてるような」
「え? またなにか仕掛けが?」
近づいてみると、たしかに壁にうっすらと魔方陣の刻印がある。
「あ、ボタン発見!」
レアナがまた、壁にボタンを見つけた。
さっき上の階で見たやつと似ている。
「押してみる? 他に出口ないんだし……」
ニコラくんが魔方陣を丁寧に調べたあとで、OKサインを出した。
「転移魔方陣です。どこへ転移するかはわかりませんが……」
「魔王部屋じゃねえことを祈るしかねえな」
皆が賛同したので、ニコラくんがボタンを押した。
次の瞬間、足元の魔法陣が光り始めて、一瞬で1階に戻れた。
さっきレアナが落ちた罠のある廊下。
「つまり、これ……ワープボタンだったってこと?」
レアナが小首をかしげて言うと、マルクが「もう押すなよ」と苦笑いする。
さて、振り出しに戻った。
四大魔神は倒したし、アイテムもゲットしたし、今のところ順調だ。
「ここから先は、僕とクリストフで赤の部屋に向かう。……作戦どおりだ」
強敵を倒せたので、ほっとしたのも束の間。
いきなりの宣言に、みんなが一瞬不安そうな顔になる。
いつも頼りにしていた兄貴分ふたりの離脱。
ここから先、本当に私たちだけで大丈夫なんだろうか……
「エヴァ、お前……本当にひとりで行くのか? 全員で行ってもいいんじゃないか?」
ワルデック先生が、じっとエヴァ先輩を見て言う。
「ひとりじゃない。クリスがいる。……それに、僕しか入れないんだ。管理者コードが必要だから」
赤の部屋……魔王城の最奥近く、封印された区画ってエヴァ先輩が言ってた。
私は裏技を知らなかったので、場所はわからない。
「本当は全員で行けたら心強いけど……そこに足を踏み入れられるのは、僕だけなんだ。それに、みんなには他に頼みたいことがある」
「頼みたいこと……?」
なんだろう。昨日はそんなこと言ってなかったけど。
「魔王城の宝物庫が、2階の隠し通路の裏にあるのを思い出した。そこに、命環の宝珠っていう宝があるんだ」
「あっ……それ……」
「ルイちゃん、思い出した?」
「はい、私もそれだけは魔王戦の前に取りに行った覚えがあります」
「命環の……? 幻の蘇生石のことかな?」
ニコラくんが聞き返す。
「そう。一度だけ、死を回避できる蘇生アイテムだよ」
「そんなレアアイテム、まだあったのか……」
ワルデック先生がぼそっとつぶやく。知ってるみたいだ。
元冒険者だから、いろんなレアアイテムに詳しいのかな。
「魔王戦に備えて、どうしても手に入れておきたい。……お願いできるかな?」
「当然です! そんなすごい力があるなら、絶対持ってたほうがいいと思う!」
レアナが、元気よく答える。
「じゃあ、先輩。私がみんなと行ってきます」
「うん、頼んだよ、ルイちゃん……じゃあ、みんな、魔王の間の付近で合流しよう」
エヴァ先輩はそう言うと、クリス先輩とふたりで立ち去った。
きっと先輩だって不安だよね。
任せてください、エヴァ先輩。
絶対に命環の宝珠、ゲットしてきます。