オクラマ島へ
お昼前、私たちはリリト本部の会議室に集まった。
全員、もう戦闘服に着替えていて、空気がぴんと張り詰めている。
「では、装備品を配ります」
スワンソン先生が指示を出して、いくつかの箱が運ばれてきた。
箱をあけると、銀色の美しい布地が目に入る。
「これは銀糸のベストだ。セルディアの王女が元クラスメイトへと、送ってきてくれたものだ」
手に取ってみると、軽いけれどかなりしっかりと編まれた生地だ。
セルディアは服飾産業が盛んだから、きっと高価なものなんだろうな。
「え、これ……もしかして魔導具なの?」
「状態異常を防ぐ効果がある。干渉系の呪い、気絶、幻覚魔法なんかにも強いはずだ」
「おお~! すげえ!」
マルクが嬉しそうにベストを手に取った。
レアナもさっそく羽織って、満足そうにニコニコしている。
着心地がよさそうだ。
「……そういえば、バスティアン国王が、ベルジュ騎士を王女様の婚約者にと張り切っておられましたよ」
「えっ?」
荷物を運んできた騎士の人の言葉に、一瞬エヴァ先輩の手が止まった。
けれど、すぐにいつもの笑みを浮かべて、肩をすくめる。
「まさか。僕なんて、ただの侯爵家の跡継ぎというだけじゃないですか。不釣り合いですよ」
「……エヴァ先輩、もしかして照れてます?」
先輩は苦笑いをしているけど、あまりうれしそうじゃない感じ。
セルディアの王女さまって、美人だし優しそうだから、案外お似合いな気もするけど……
「あと、こっちは……例のやつですね」
ニコラくんが箱の中から、腕輪を取り出した。
小さな石がはめ込まれたシンプルな銀の腕輪で、以前セルディアの王女が身につけていたものと、同じデザインだ。
「金剛石の腕輪です。あらゆる魔力攻撃を一度だけ跳ね返す効果があります。ただし、一回使うと石が砕けて壊れます」
「一回限りか……まさに切り札ってやつだな」
以前私たちがセルディアへ行ったときにもらってきた、金剛石のクズ石を、ニコラくんが腕輪に錬金したんだよね。
マルクが感心したようにしげしげと眺めている。
「全員に3本ずつ渡します。できれば魔王戦まで温存しておいてください」
「うわ、これすごいレアアイテムだよね……」
レアナが腕輪を大事そうにマジックバッグへしまう。
他にも、食糧や回復ポーション、応急処置用の魔道具も全員分そろえられた。
ニコラくんは、異空間収納にさらに物資を詰め込んでいる。
古竜さまのところでもらってきた武器やアイテムも、全部その中に入っているんだって。
「じゃあ、出発しましょう」
スワンソン先生とワルデック先生を先頭に、皆で古竜さまの背中に乗り込む。
目指すのはオクラマ島。
あの、死霊王との戦いがあった島だ。
あの場所で、今もなお、次元の裂け目は口をあけて待っている。
クリス先輩が竜笛を高らかに吹くと、すぐに古竜さまが飛んできた。
いったいどこから飛んできたのかな。
最近よく呼び出しているから、どこか近くで待機してくれているのかもしれない。
「さて……全員、準備はいいか」
ワルデック先生は全員が背中に乗ったのを確認して、最後に乗り込んだ。
これだけの人数が乗っても、古竜さまはびくともしない。
いっそ、魔王城まで一緒に行ってくれたら心強いんだけど……
次元の裂け目は、残念ながら古竜さまが通れるほど、大きな裂け目ではないんだよね。
オクラマ島──
そこには、私たちがかつて死霊王と戦った戦場がある。
あのときは、生きて帰れるかどうかもわからなくて、仲間も何人か失った。
できれば、二度と足を踏み入れたくない場所だった。
「……怖いな」
レアナがぽつりとつぶやく。
それに答えるように、マルクが小さくうなずいた。
「でも、あの時の俺たちとは違う。あれからずいぶん訓練しただろ?」
「うん……そうだけど……」
誰もが、口には出さないけれど、緊張している。
魔界、という未知の世界。
そこがどんな場所か、なんとなくゲームで知っている私でも、怖いものは怖い。
でも、しっかりしなくちゃ。
あっという間に、次元の裂け目があるオクラマ島へ到着した。
古竜さまのあまりのスピードに、飛んでいる間はつかまっているのが精一杯。
マルクやニコラくんなんかは、もう慣れてしまったのか、空の上でも雑談をしていたけど。
よくあんな状態で冗談とか言えるなあと思うよ……
オーグストたちが張ってくれた大結界に囲まれた、オクラマ島。
そばまで近寄ると、嫌でも死霊王との戦いを思い出してしまう。
多くの仲間が命を落とした戦場。
あの時の私は無力で、助けてあげることができなかった
でも、今度は負けない。
絶対にみんなで帰ってくるんだ。
荒れ果てた大地に、真っ黒な次元の裂け目が見えてきた。
裂け目の向こう側は暗く、何も見えない。
その先に何が待っているのかも、全くわからない。
「本当に、あそこへ入っていくの……?」
レアナの声が震えている。
「大丈夫。みんな一緒だから」
レアナの手をぎゅっと握って、一歩一歩踏みしめるように歩く。
「よし、みんな。いくぞ!」
ワルデック先生が先頭に立って、裂け目の向こう側へ消えた。
私たちも後を追うように、思い切って裂け目へ飛び込んだ。