【第六章 魔王城編】 結婚式
リリト本部の中庭に、簡易テントが立てられた。
今日は戦いのためではなく、お祝いのために。
花とリボンで飾られたその下に、料理の並ぶ長テーブルがいくつも並べられる。
普段は険しい顔をしている軍部の人たちも、今日は笑顔を浮かべている。
「まったく、こんなタイミングで結婚式などと……」
スワンソン先生はぶつぶつ文句を言ってはいるが、ばっちりと正装していてかっこいい。
シルバーの長髪を後ろにひとつでまとめて、グレイブルーのスーツの胸には、家紋のようなブローチ。
さすが国一番の学者、っていう貫禄がある。
式の進行を務めるのは、もちろん大神官オーグストだ。
リリトの教会はまだ復旧工事が終わっていないので、リリト国王が離宮の中庭を貸してくれた。
お天気が良くて本当によかったな。
私やレアナには、リリト国王がドレスを贈ってくれた。
気が利くよね~あの国王さま!
「では……神の名のもとに、ふたりの結婚式を始めます」
オーグストが祝福の言葉を伝えると、クロエさんはワルデック先生の隣で、ほんの少し顔を赤らめてうなずいた。
可愛らしい白のワンピースに、短めのレースのブーケ。
ワルデック先生はいつになく緊張しているようで、カチンコチンに固まっている。
「クロエ・リンドバーグ。あなたは、トニオ・ワルデックを、夫として迎えますか?」
「はい」
「トニオ・ワルデック。あなたは、クロエ・リンドバーグを、妻として迎えますか?」
「……はい。もちろん!」
その瞬間、会場から拍手と歓声が湧き上がった。
「クロエさーん! ワルデック先生大食いですけど、いっぱいご飯食べさせてあげてくださいねー!」
レアナの声に、笑いがどっと起こる。
ワルデック先生は照れ隠しなのか怒った顔をして、レアナに向かってげんこつを振り上げた。
「こら! 余計なことを言うな」
「だって本当のことじゃないですかあ!」
レアナはぺろっと舌を出している。
皆から祝福の言葉をかけられて、クロエさんは、本当に幸せそうだ……
よかったね、ワルデック先生。
テーブルにはケーキやサンドイッチや、焼き立てのパイ。
豪華ではないけれど、手作り感のあるお料理がたくさんあって。
マルクはさっそく炭火焼きのステーキにかじりついている。
「これはもう、壮行会を兼ねた祝宴ですな」
リリト国王がにこやかにワイングラスを掲げた。
「新たな人生を迎えるふたりにも、祝福を!──そして明日には旅立つ勇者たちにも、幸運の乾杯を!」
ほんのひとときだけど……
戦いを忘れて笑い合える、この時間が、何よりも大切なんだと思う。
出発前に、どうしても結婚式をすると言って譲らなかった、ワルデック先生の気持ちもよくわかる。
「トニ……私、幸せだわ……」
「そうか……よかった」
短く答えたワルデック先生の瞳が、少し潤んでいるような気がした。
お料理も食べ終わって、お腹がいっぱいになって。
ひとりまたひとりと、挨拶をして帰っていく頃。
レアナがまた何か思いついたように、立ち上がって大きな声をあげた。
「ねえねえ、今夜はさ! 全員で大広間にお布団敷いて、パジャマパーティーしようよ!」
「え、何それ?」
ニコラくんがぽかんとして聞き返すと、レアナはドヤ顔で胸を張った。
「パジャマパーティー! 知らないの? 寝る前にみんなでおやつ食べて、恋バナして、わいわい騒ぐやつ!」
「まだ食べるつもりですか……」
ニコラくんは呆れた顔をして、つぶやいた。
「なるほど。それは集団で雑魚寝をする儀式か何かな?」
クリス先輩が真顔で質問すると、隣でエヴァ先輩が吹き出す。
「まあ、クリスにとっては、こういうのもいい経験かもね。いいよ、僕らも参加する」
「やったあ! さすがエヴァ先輩、話がわかりますね!」
レアナがご機嫌で、結婚式の残り物のスイーツを集め始めたので、手伝う。
わざわざパジャマパーティーなんてしなくても、私たちってもう長い間ずっと一緒にいるよね。
でも……レアナはきっと、学園にいたときの気分を思い出したいんだろうな。
結婚式パーティーの楽しかった気分を、もう少しだけ続けていたいんだよね。
「じゃあ、みんな手伝って! 後で大広間に集合ね!」
私がそう言うと、みんなが「おーっ」と声をあげた。
誰かが台所から料理の残りを持ってきてくれて、マルクは宿泊所から布団を抱えて運んでくる。
スワンソン先生は「くれぐれも夜更かしは控えめに」と言いながらも、目元はちょっとだけ笑っていた。
たぶん私たちは、ほんの少し、不安な気持ちを隠している。
先生はそれをわかってくれていると思う。
やがて日が暮れて、空にはうっすらと星が見え始めた頃。
私たちはそれぞれ毛布を抱えて、大広間へと集まっていた。
真ん中に食べ物や飲み物を置いて、丸く輪になって座る。
夜眠るとき、私たちはいつでも戦闘できるような服装で、それぞれ剣や杖を持って寝ている。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
剣や杖を枕元に置くのが普通の生活みたいに感じてたなんて、ちょっとヘンだよね。
レアナがどこからか全員の分のパジャマを調達してきて、男子も問答無用で着替えさせられていた。
ちょっとサイズの小さいパジャマを、無理矢理着せられているクリス先輩がかわいい。
私とレアナはちゃんと自分のパジャマ持ってるんだよね。
忘れてただけで。