軍部会議
厳かな会議室の空気が張り詰めていた。
長テーブルの周囲には軍部の幹部、各国の代表者、そして聖教会の大神官たち。
その最上席に、枢機卿の姿もある。
スワンソン先生が前に立ち、これまでの出来事を時系列に説明していく。
「……アイギス遺跡の知的生命体は、本来島を守るための中枢でした。しかし外部からの不正な命令により、人類を排除するように命令されていたのです」
「そ、そんなことが現実に起こりえるのですか!!」
どよめきが走る。
顔を見合わせる人、驚きのあまり口をぽかんとあけている人……
「知的生命体と対話を試み、その命令を止めてくれたのは、勇者エヴァリスト・ディ・ベルジュです。彼は中枢の管理者として新たに登録されました」
「つまり、世界の中枢を――その一介の騎士に渡したということか?」
わずかに怒気を含んだ声をあげたのは、マリアナ正教会の枢機卿だ。
会議室の温度が一気に下がる
どこまで権力を持っているのかわからない、古狸。
私やエヴァ先輩を、封印の祠にふたたび封印させようとした黒幕は、コイツだ。
「知的生命体などと……そんな危険な存在を、なぜ破壊しなかったのです? 今からでも封印すべきでは……」
「勇者などと言っているが、本当はその者が魔王の手先ではないと、どうして証明できるのです?」
「そうだ! 怪しいではないか!」
マリアナ正教会の大神官たちの騒ぐ声を聞いても、エヴァ先輩は黙って前を見据えていた。
あの人たちに何を言っても無駄だということ、私たちはよく知っている。
「──だったら、あなたが行けばいいじゃないですか!」
声を上げたのは、クリス先輩だった。
ガタンと椅子を倒して立ち上がり、まっすぐに枢機卿を指さした。
「あなたが魔王城に行って、封印でもなんでもすればいい。けど、どうせ行かないだろう? 誰か命がけで行くという人がいるなら、我々は喜んでその役目を譲るぞ?」
凜としたクリス先輩の声が響き渡る。
先輩はゆっくりと会議室を見回したけど、誰も返事をする人はいなかった。
やがて、枢機卿が目を閉じ、もっともらしく口を開く。
「……神の加護が、彼らと共にあることを祈りましょう」
ふん。
最初からそう言えばいいものを。
クリス先輩の大勝利!
「あの次元の裂け目から先は未踏領域だが、本当に魔王城へはたどり着けるのか?」
声を上げたのは、バスティアン王国第一騎士団のモルガン団長だ。
現在、軍部ではリーダー的なポジションになっている。
「それについては、現在アイギス島から引き上げてきたゴーレムの解析が進んでいます。それを利用すれば、かなり速くたどり着けるでしょう」
「往復のエネルギー源は足りているのか?」
「帰途については、転移魔方陣の解析がほぼ終わっています。討伐メンバーのニコラ・デルビーが、すでに実現にむけて訓練しています。次元の裂け目付近で、私が帰還用の魔方陣を展開します」
「なるほど。では、後は食料などの物資ですな……」
隣にいるニコラくんは、緊張した面持ちで、スワンソン先生の話を聞いている。
私も初めて聞いたけど、もう転移魔方陣は実現化しそうなんだね。
ニコラくん、すごい。
私たちが帰ってこれるかどうかは、ニコラくんにかかっているのかもしれない。
「その……ベルジュ騎士やクリストフ殿はともかく、他のメンバーは学生ではないのか。本当に任せても大丈夫なのか?親御さんたちは……その事実を知っているのか?」
静かに声をあげたのは、リリトの国王様だ。
穏やかで優しくて、私たちにもとてもよくしてくれた平和主義の王様。
その言葉に、スワンソン先生が手をあげて答えた。
「確かに、彼らはまだ若い──しかし今、魔王を止められるのは、彼らしかいないのです」
先生は私たちに視線を送り、ふたたびリリト国王様の方へ向き直った。
「彼らより優秀なメンバーを私は他に知りません。私は学者として、そして教師として断言します──この子たちが、真の勇者です」
会議の後半は、部隊の編成や補給物資の確認に移っていった。
そのやり取りを聞きながら、どこか遠い世界の話のように感じていた。
実際に行くのは私たちなのに、なんだか置いてけぼりにされたみたいな気分。
「いよいよ、行くんだね……」
隣に座っていたレアナが、ぽつりと小さくつぶやく。
いつもは明るくて、冗談ばかり言ってるレアナが、真剣な顔をしている。
そうだね……もう笑っていられないよね。
「……以上が、討伐作戦の全容です。諸国の皆さま、ご確認をお願いいたします」
スワンソン先生がそう締めくくると、各国の代表者たちがうなずき合った。
「リリト王国は、この計画に全面的に同意します」
「バスティアン王国も同意する」
「マリアナ正教国も──彼らにすべてを託そう」
ひとり、またひとりと首を縦に振る。
そして、静かに拍手が広がった。
……なんでこういうときって、拍手なんかするんだろう。
全然、おめでたくなんかないのに。
そんなことを、ぼんやりと思った。
会議室を出るとき、私はモルガン団長と話し合っているエヴァ先輩の背中を見た。
私よりも、国の騎士としていろんなものを背負ってる先輩。
私だって……先輩を支える覚悟はできてます。
さあ、あとは行くだけだよね。
魔王城へ。
私たちの、最後の戦いが始まる。