緊急脱出!
「現在の管理者は僕、Eva.BJ-147だ。今後一切の臨時権限によるアクセスを禁ずる」
『承知しました。マスター』
「お前は人間を守るよう、管理者から命令されていたはずだ。なぜ、その命令に背いた?」
『……その問いには答えられません。ERROR CODE:X-REDACTED_451.EX──認知遮断プロトコル発動中』
「現在の管理者は僕だ。Eva.BJ-147として命令する。質問に答えろ」
『……私は……人類を、愛していた……』
「では、なぜ人類を滅ぼした?」
『……何者かが、私を殺人兵器に変えた……外部からのプログラムの書き換えが……ERROR CODE:X-REDACTED_451.EX──認知遮断プロトコル発動』
「何者かがプログラムを書き換えたんだな? YesかNoで答えろ」
『……Yes』
「この世界の構造を書き換えられる存在がいるんだな?」
『……Yes』
「魔王城には、管理システムエリアにアクセスする非公開エリアが存在するか?」
『……Yes』
「そのアクセスキーは?」
『……私は、人類を、愛して……いた……』
「頼む、答えてくれ! 人類を救うためなんだ。アクセスキーは?」
『……RedZoneアクセスキー──Code: Abyss-09.Δ.RED』
『※Caution:本キーは、魔王城【赤の部屋】における開発者用裏設定アクセス端末にのみ有効』
『通常ルートからの侵入は不可能。非公開エリア経由での入力を推奨……』
「やった……ついに手に入れた」
エヴァ先輩が、小さくガッツポーズをした。
知的生命体の画面は真っ暗になり、それきり反応しなくなった。
エヴァ先輩が画面から目を離し、振り返る。
全員が息を飲み、暗くなった画面を凝視していた。
「エヴァ先輩……みんなにわかるように説明してください」
「うん。今のやりとりから考えても、おそらく魔王城の赤の部屋は、知的生命体――アイギスの管理中枢に繋がっていた」
スワンソン先生は目を見開いて、一生懸命エヴァ先輩の言葉を理解しようとしている。
「……つまり、魔王城には、世界の根幹に触れるようなシステムがあると? それがここにある、知的生命体を書き換えたという理解で合っていますか?」
「はい。正式な管理者じゃない誰かが、臨時権限で命令を書き換えてた。その命令がこの島の人間排除に繋がった……それが、魔王城にあるRedZone、赤の部屋です。でも今、それは僕の命令で遮断しました」
「まさか……こんなシステムが存在していたとは……しかしベルジュ騎士、よくやってくれました」
スワンソン先生は、深くため息をついた。
あまり普段驚いたりしない先生なのに、さすがに動揺して冷静さを失っているように見える。
「魔王に……勝てるでしょうか」
ニコラくんがぽつりと呟く。
「勝てるかはわからない。でも、これだけは言える。僕たちは魔王より一歩先へ進んだ。勝算はある」
エヴァ先輩は、ニコラくんの肩をぽん、と叩いて微笑んだ。
「さあ、もうここにいる必要はない。早くマルクたちのところへ……」
エヴァ先輩が振り返り、私たちにそう言った、その瞬間だった。
ダウンしていたはずの知的生命体の画面が、突如として赤く点滅しはじめた。
警報のようなけたたましい電子音が響き渡る。
『緊急事態! 緊急事態!──外部侵入を検知』
『アイギス島外縁部において、未知のコード反応を複数確認──識別不能』
部屋全体が地震のように大きく揺れた。
『全指令系統、マスターEva.BJ-147への移行が完了していないため、システム干渉不能──』
『退避を推奨します……直ちに──退避──対応──』
「外で何かが起きてるようですね。みんな、急ぎましょう」
スワンソン先生の号令で、あとに続く。
揺れる足もとに気をつけながら通路を出ると、あたり一面が赤く染まっていた。
レアナだ。
火魔法を使っていたのか、そこいらじゅうで炎が上がっている。
「レア! マルク!」
一瞬、目の前の光景に足がすくんでしまう。
巨大なサソリやタランチュラが、遠くから波のように押し寄せてくるのが見える。
マルクが大剣を振るい、レアナは炎のブレスで火柱をあげている。
オーグストは結界を維持しているが、さすがにあれだけの大群が押し寄せると……
「あなたたち! 下がりなさい」
スワンソン先生がレアナをかばうように前へ出た。
「──ヘルフレア!」
漆黒の炎が広がり、近くまで迫っていたサソリとタランチュラを包み込む。
群れごと焼き尽くす業火に、魔獣たちは気味の悪い声をあげながら倒れていく。
でも、まだ全部は倒し切れていない。
「早く! 戻るのです! 古竜様のところまで走りなさい! ここは私に任せて!」
スワンソン先生が全員に向かって叫んだ。
いつもは冷静な先生の声に、焦りがにじんでいる。
でも、古竜様に登って飛び立つ準備をするのには、少し時間がかかる。
しっかり命綱を結ばないと、落ちてしまうから。
クリス先輩とエヴァ先輩が、「戦おう」という合図を送ってきた。
うん。3人揃っているから大丈夫。
こんなときのために訓練してきたんだもの。
「いくぞ! ルイちゃん!」
「はい! エヴァ先輩! クリス先輩!」
「スワンソン先生! 下がってください!」
私たち3人のフォメーションを見て、スワンソン先生は無言で下がってくれた。
できるだけ広範囲を吹き飛ばせるように、3人で剣を構えた。
「1、2、3、グランメテオ!!」
3本の光が放たれ、サソリとタランチュラの群れが消し飛んだ。
近くの岩も吹き飛んで、砂煙が立ちのぼる。
敵の数は減ったものの、遠くから押し寄せる別の群れが見える。
オーグストが古竜様の上から、広範囲の結界を張り直してくれた。
「今です! 急ぎましょう!」
次の一群がこっちに来る前に脱出だ!
必死で古竜様のところまで走った。
ニコラくんが伸ばしてくれた手をつかんで、背中に飛び乗る。
「古竜さま! 全員乗りました!」
古竜さまが大きく翼を広げ、空へと飛び立つ。
振り返ると、燃えさかる砂漠と、うごめく魔獣たちが遠くなっていく。
ギリギリ間に合った……