管理者の継承
私たちは、見覚えのある魔晶石の部屋へ足を踏み入れる。
中心部には、ガラスのような結界に覆われた、巨大な魔晶石がまばゆい光を放っている。
これが、アイギス島を今までずっと動かしていた動力源。
「ここが……魔晶石のある中心部ですか」
スワンソン先生が壁にきらめく魔晶石に感嘆の声を漏らす。
あの時、私たちがかなり採掘したはずなのに、壁一面がきらめいている。
「この部屋の奥の壁に……違和感があったんです」
ニコラくんは記憶を辿るように、壁の一角へと近づき、手のひらで探っている。
「やっぱり。このあたりです。魔力が吸い込まれるような感覚で」
「この向こうに、非公開エリアがあるはず。そこに知的生命体が……」
エヴァ先輩が手のひらでそのあたりの壁面をなぞった瞬間に……
突然部屋の照明が赤く点滅し始めた。
まるで危険信号を発しているみたいに。
「これは……」
ピーピーと、電子音のような無機質な音して、壁面にパソコンの画面のような映像が浮かび上がった。
私やエヴァ先輩は、よく知っているテレビのような画面。
『管理ログ出力中……』
「きたぞ……」
エヴァ先輩が、小さく声を漏らす。
『確認中──
管理者:不在
仮管理者:クロエ(同義体:Clare.VA-002)存在が確認できません
継承:未確定
新規アクセスユーザー:Eva.BJ-147
管理者候補……認証……
失敗』
「えっ、失敗……?」
思わず声を上げると、画面の文字がそれに答えるように続いた。
『新規ユーザーには管理コアへのアクセス権限がありません』
エヴァ先輩が、一歩、前に出る。
「じゃあ……新規管理者登録したい」
数秒の沈黙のあと、応答が返ってきた。
『申請確認中──
候補ユーザー:Eva.BJ-147
登録意志確認プロトコルを開始します。
あなたは、アイギス島の管理を引き受けますか? Yes / No』
「Yes」
エヴァ先輩が答えると、画面がピーピーと音をたてて反応する。
『確認終了──仮認証プロセスへ移行します。管理者コードをどうぞ』
「Eva.BJ-147」
『確認中──一致。 管理者コード:Eva.BJ-147 登録申請中……』
『最終認証──赤の部屋のコードネームをどうぞ』
その言葉に、エヴァ先輩は少しだけ笑った。
そして、自信たっぷりに答えた。
「通称赤の部屋。コードネームは、RedZoneだ」
『一致。正式登録開始──』
中央の魔晶石が強く光った。
部屋中に光りが走る。
『管理者 Eva.BJ-147を正式に登録。権限レベル:マスタークラス。継承処理:完了』
パソコンのような画面が消えて、ピカピカ点滅していた照明がふっと元に戻った。
「やった……」
エヴァ先輩が脱力したように、その場に座り込んだ。
緊張したよね……
「先輩、赤の部屋のコードネームというのは……」
「ああ、あれだよ。例のバグの非公開ルーム。これで赤の部屋が存在することは確認できた」
「ということは?」
「魔王城に行けば、この世界の管理者権限にアクセスできる可能性ができた」
「……まだ可能性なんですね?」
「ああ、その前にやることがある。まずは知的生命体に接触しないと……」
エヴァ先輩は立ち上がると、もう一度壁に触れた。
すると触れた場所に扉が現れ、音もなく開いた。
「いくよ?」
「はい、先輩」
扉の向こう側へと足を踏み入れる。
スワンソン先生が、ごくりと喉を鳴らしたのが聞こえた。
その空間は、今までにこの世界で見たどんな部屋とも違っていた。
壁一面にガラス張りの棚があって、筒状の物体がぎっしりと並んでいる。
中には文字が刻まれているものもあれば、点滅しているものもある。
「これって……記憶装置……かな?」
「そうだろうな、前世でいうとハードディスクみたいなもんだろ」
部屋の中央には、巨大な長方形の機械が置かれている。
無数のケーブルが床や天井につながっていて、機械の内部からは、低いうなるような音が聞こえる。
空中に浮かぶ巨大な画面。
そこに、緑色の文字が次々と現れては消えていく。
『アクセス確認中……』
『管理者Eva.BJ-147、認証完了』
文字だけではなく、今度は声がした。
合成されたような、人工的で無機質な声が、文字を読み上げる。
『管理者登録を確認。コマンド入力を許可します。必要な情報を選択してください』
全員があっけに取られてその画面を眺めている。
でも、私は、なぜかそれが、とても懐かしいもののように感じた。
ロボット。前世には、そうものが開発され始めていたっけ。
『ようこそ、継承者Eva.BJ-147。あなたの問いに、応えましょう』
「僕は管理者Eva.BJ-147。お前は誰だ」
『私は、記録保持型演算管理ユニット、アギス・メイン・コア。アイギス文明の持続的維持、および知的資産の継承を目的とする…………質問をどうぞ』
「知的生命体というのは、お前のことか?」
「そのような呼ばれ方をすることもあります……私は、演算管理ユニット、アギス・メイン・コア』
「では、アギス。なぜ文明を維持せず、人間を排除したのか、答えろ」
「アイギス島を守るため……人間を排除するように命令されました」
「命令? 誰がそんな命令を? 管理者クレアはそんな命令をしていないはずだ」
『確認中……』
画面に、緑色のテキストが走る。
一瞬の間を置いて、冷たい声が静かに告げた。
『最終命令ログを参照……文明維持プロトコル【リスク制御優先命令】により、カテゴリ:ヒューマンを危険因子として認定』
『この判断は、臨時管理者アクセス権を用いた外部命令により実行されました』
『命令発信者:認証コードTemporary_Admin_XG-Ω7-KL-R 指令内容:島の維持に人類は不要。これより、人類排除プロトコルを実行せよ』
「……なぜ管理者以外の命令をきいた? 誰だ、その命令をしたのは?」
エヴァ先輩の声が低くなる。
画面の文字が、一瞬の間をおいて回答を表示した。
『命令者の正式IDは、既存記録には存在しません。但し、該当アクセスは管理階層外の領域から実行された痕跡があります……
該当領域:魔王城 第七管理レイヤー コードネーム:RedZone』
レッドゾーン──魔王城だ。
つながった……