出発の準備
ワルデック先生は、私たちのアイギス島へ行きたいという考えを理解してくれた。
そして、早急にバスティアンに届け出を出してくれたんだけど、なかなか返事がこない。
マリアナ正教国が難癖をつけて、なかなか許可を出さなかったようだ。
理由は、『ゴーレムを軍事利用される危険性がある』ということらしい。
何をわかりきったことを言うんだろう。
軍事利用するために決まってるじゃん。
魔王と戦うんだよ?
ようやく許可がおりるのに4日ほどかかってしまった。
まあ、私たちも準備があったからいいんだけど。
私たちはスワンソン先生とワルデック先生から、できる限りアイギス島の情報を聞いて、対策を考えた。
簡単な地図を転写してもらい、棲息している魔獣の種類なんかも聞いて、野営の準備をする。
東側の砂漠には巨大なサソリやら蜘蛛やらがウヨウヨしていると聞いて、すでに行きたくない気分だけど。
でも、かつて先生たちのSランクパーティーが行けた場所だから、なんとかなるだろうと自分に言い聞かせる。
レベル上げもしないといけないから、仕方ない。
先生たちが行ったときには、バスティアンの最南端から船で渡ったらしいけど、私たちは例によって古竜様に協力をお願いすることにした。
船だと島の東側から上陸しなくてはならないので、砂漠を横断する必要がある。
いきなりサソリや蜘蛛のいるところで死んだら元も子もない。
まず、島の中心部にある、遺跡の入り口ぐらいまで送ってもらうことにした。
そこからゴーレムと戦いながら、西端にある山の上の神殿を目指す。
文明があった時代に、恐らく王族が暮らしていたと言われている神殿。
かつてのスワンソン先生たちが、たどり着けなくて撤退した場所だ。
ゴーレムについての情報は、スワンソン先生が研究した資料をニコラくんが受け継いだ。
私たちのミッションはゴーレムを捕獲して、それを動かしている古代魔法陣の書き換えができるかどうか試すこと。
もしそれが成功したら、ゴーレムを戦力にできるかもしれない。
身長が3メートルぐらいあるらしいから、どうやって捕獲するのか検討もつかないけど。
2つ目のミッションは、神殿に行って何か有用なアイテムがないか探すことなんだけど、これは半分スワンソン先生が断念した目的をかなえるためでもある。
私たちの目的は、神殿の周辺にいる、メタルゴーレムの捕獲だ。
ゴーレムの上位種で、異常に防御力と攻撃力が高いらしい。
その昔は神殿を守っていたんじゃないかと、スワンソン先生は言っていた。
これを使役できたら、エヴァ先輩の言うように、武器にも盾にも使えるかもしれない。
今回準備が一番大変なのは、ニコラくんだ。
今はクロード魔導師団長さんのところで、異空間収納を教えてもらっているらしい。
それができないと、ゴーレムを連れて帰ってこれない。
おまけに、ゴーレムに関するスワンソン先生の研究資料を理解できるのもニコラくんだけ。
私たちは何も手伝うことができないので、ただただ応援するしかない。
出発日は、ニコラくん待ちの状態だ。
「ニコラくん、準備はどう? 無理してない?」
「ああ……ルイーズさん、見てください! 異空間収納、覚えましたよ!」
うれしそうに、空間に物を出し入れして見せてくれたニコラくん。
ちょっと痩せたよね、3ヶ月前に比べると。
まあ、私たち全員そうなんだけど。
オクラマ島での食生活がひどかったからなあ。
放っておくと寝ないで研究に没頭してしまうので、私は時々回復魔法をかけるために様子を見にきている。
「ちょっと寝た方がいいよ。いくら回復魔法かけてるからって」
「寝てなんかいられませんよ。スワンソン先生の最大の研究を引き継ぐんですから」
疲れた様子だけど、ニコラくんの目は輝いている。
本当は戦いなんかより研究がしたいんだよね、ニコラくん。
疲れていても好きなことをしたい気持ちはよくわかる。
「僕は、絶対にみんなを魔界から連れて戻ってこないといけないので。スワンソン先生だって今頃きっと寝ないで転移魔法陣の研究をしてますよ」
そうだよね……あの魔王の城から次元の裂け目まで戻ってこれるかどうかは、ニコラくんとスワンソン先生にかかってる。
私たちにできることは、ゴーレムをできるだけ多く倒すことだけだ。
「何か手伝えることはある?」
「いえ、特には……あ、今時間あるんですか?」
「うん、あるよ」
「だったら、そこに積み上がっている書類を音読してもらえませんか?」
「これ? いいけど。今何か別のことやってるんじゃないの?」
「大丈夫です。僕、並列思考が使えるので。読み上げてくれたら頭に入れますから」
うわー。それも大賢者のスキルかなあ。
なんだか、並列思考ってすごく頭が疲れそうな気がするけど、少しでも役に立てるならと思って音読する。
内容は、アイギス島の地理や文明の歴史などだ。
「へー。200年ぐらい前にはまだ文明は滅んでなかったんだ。わりと最近だよね……あれ? ニコラくん?」
ふと気がつくと、ニコラくんは机に頬杖をついたまま寝ている。
やっぱり疲れてるんだ。
「ニコラくん、座ったまま寝るぐらいなら、ちょっとソファに横になろうよ。ね?」
「うーん……10分たったら起こしてくれますか」
「起こすから。ちょっとでも横になって」
ソファーにバタンと倒れると、むにゃむにゃと寝てしまったニコラくん。
プレッシャーがすごいんだろうな……
なんだか可哀想だな、と思いながら前髪をそっとなでると、パシっと手をつかまれた。
「少しだけ、側にいてください」
「うん、いるよ。ちゃんと起こすから」
それからまた、私の手を握ったまま寝てしまった。
お母さんがいなくならないように手を握って寝てる子どもみたいだ。
いつもは、誰よりも大人なニコラくんなのに。
1時間ぐらい寝かせてあげようかなと思ったんだけど、30分ほどでニコラくんは自分で飛び起きて、また仕事に戻った。