向こう側の世界
スワンソン先生は、即席でちょうど人間ぐらいの大きさのパペットを作成した。
トコトコとまっすぐ歩いて、10歩ぐらい歩いたらくるりと方向転換して戻ってくる。
ただそれだけの人形だ。
これを、次元の裂け目から歩かせて、戻ってくるかどうかの実験だ。
魔物が出てこなくなった大結界を解除して、裂け目の前に集まった。
ここから向こう側は真っ暗で何も見えない。
人形を裂け目のところに設置して、背中を押すと、トコトコと歩いて裂け目の向こうに消えた。
そして、数秒後、人形は戻ってきた。
全員がホッとため息をつく。
「ちょっと見に行ってみるか? いずれ行くにしても、どんなところが知っておきたいだろう?」
「しかし……人の身体にどんな影響があるかもわからないのですよ?」
「なあに、デーモンタウロスがウロウロできるなら、人間だってウロウロできるだろうよ」
ワルデック先生は楽観的だ。
わざと明るくそう言ってるんだろうけど。
多分、向こう側の世界は、人間が行けないような場所じゃない。
あんまり気分のいい場所ではないと思うけど、少なくとも、私たちは魔王の城まではたどり着けるはずだ。
ゲームのストーリー通りなら。
「俺が行ってみるか。代表して」
「トニ、あなたが行くなら私も……」
「いや、お前はここで待ってろよ。俺はどうせ、あの時死んでたはずの人間だ。今更怖いもんなんてないからな」
「待ってください」
スワンソン先生が、ワルデック先生の手をつかんで引き止めた。
そして、しっかりと手をつないだ。
「何かあったら私が引き戻しますから、一歩だけ踏み入れてみてください」
「おう、頼んだぞ」
スワンソン先生と手をつないだまま、ワルデック先生の姿が裂け目の向こう側に消えた。
そして、またひょい、と戻ってきた。
「一歩ぐらいじゃ、何にも見えねえぞ。真っ暗だ」
「そうですか……でも、戻ってはこれましたね」
「スワンソン先生、私が先生の手を握っているので、ワルデック先生ともう少し進んでみては?」
「わかりました、そうしましょう」
私がスワンソン先生の手を握ると、反対側の手をニコラくんが握ってくれた。
ニコラくんの手をレアナが、レアナの手をマルクが、マルクの手をオーグストが。
その後にはエヴァ先輩とクリス先輩もいる。
「よし、もう一度行くぞ」
ワルデック先生を先頭に、手をしっかりつないだままひとりずつ裂け目に入っていく。
スワンソン先生が、大丈夫、という感じで私の手を引っ張ったので、私も思い切って入ってみた。
たしかに暗闇なんだけど、ぼんやりと先の方は明るい。
「おい、見えたぞ!」
ワルデック先生の声で、後ろの人を引っ張って、少しずつ進んだ。
眼の前に広がる光景は、私の想像と少し違っていた。
果てしなく広がる荒れ地に魔物はまったくいなくて、シンと静まり返っている。
紫がかった太陽とも月とも違う丸い天体が空に浮かんでいて、満月の月夜ぐらいの明るさだ。
今が昼なのか夜なのかもわからないけど。
かなり遠くに、山が連なっていて、その上に明かりが見える。
多分、あれが魔王の城だ。
後から入ってきたメンバーも、呆然と眼の前に広がる光景を見ている。
最後に入ってきたクリス先輩の先も、騎士団の人たちが手をつないでくれているようだ。
「とにかく、戻りましょう。これ以上は準備しないと進めません」
スワンソン先生の声で、みんな裂け目へ戻った。
手をつないで入ってきたのは正解だ。
境目あたりが真っ暗なので、魔界側からはどこに裂け目があるのかわかりにくい。
こちら側に戻ってきたら、緊張が解けて、どっと疲れが襲ってきた。
とりあえず、大神官たちが大結界を張り直した。
裂け目に入ってみてわかったことは、魔王の城が思っていたより遠いということ。
歩いて行こうと思ったら何日もかかるかもしれない。
しかも、山を登らないといけない。
ということは、魔界で野営しないといけないということだ。
あの、何もないだだっ広い荒れ地で。
さすがに古竜様は裂け目に入れないしなあ。
「魔物、全然いなかったね」
「僕たちが全部倒しちゃったということでしょうか」
「静かだったよね」
「とにかく、あの山の上を目指すというなら、戻ってくる時のことを考えなければなりません」
スワンソン先生の言う通りだ。
あんな遠いところまで行ったら、戻ってきても裂け目を見つけるのは至難の業だと思う。
例えば、誰かが大きな篝火でも燃やし続けて待っていてくれたら、見つけられるかもしれないけど。
実際に魔界と魔王の城を見たのは、衝撃だった。
想像はしていたけど、想像と実際見るのは大違いだ。
あんなところを目指すのかと思うと、逃げ出したくなる。
「あと少し……3ヶ月もあれば、転移魔法陣を完成させられます。せめてその間、敵が動かなければいいのですが」
スワンソン先生は、あちこちで見つけた古代魔法の転移魔法陣を研究して、それを現代の魔法陣に転用する研究をしているんだそうだ。
古代魔法陣は、必要な魔力が多すぎて、ひとりでは起動できない。
それを効率化して、人間の魔力でも瞬間移動できる魔法陣が、あと少しで完成するという。
完成したら、ニコラくんがいれば、瞬間移動で戻ってこれるらしい。
3ヶ月か。
敵が出てこなくなった今、ここでこれ以上のレベル上げは難しい。
レベルをカンストしてるかというと、まだだと思う。
魔力や体力の上限値の伸びが頭打ちしている感じがない。
まだ伸びる気がする。
転移魔法陣が完成するまでに、装備の方もなんとかしたい。
レベル上げができて、装備品を探せるような場所がないか、情報収集をしてみることになった。
セルディアからここへ来て、3ヶ月以上休みなく戦ってきた。
今すぐ魔界へ行くわけじゃないなら、少しでいいからここを離れて休みたい。
私たちはスワンソン先生にお願いして、いったんリリトの王宮で休憩させてもらうことになった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
これでセルディア編は終わりです。(まだ物語は続きます)
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月末は本業の方が修羅場で、更新が滞ることがあるかもしれませんが、ごめんなさい。
必ず完結することを目標にしていますので、最後までよろしくお願いします!