やられた……
やっと曲が終わって、パートナーチェンジだ。
でも、私を誘う人なんていないけど。
こんなに目立っちゃうと、さすがに誰も寄ってこない。
「ルイちゃん、もう一曲僕と踊る?」
えっと。どうしようかな。
特に断る理由もないんだけど……
迷っているとニコラくんが突進するように戻ってきた。
「ダメですよ! ルイーズさんは僕のパートナーじゃないですか!」
「あはは。そういえば、先に僕が踊っちゃったね。ごめんごめん。じゃあ、僕はレアナちゃんを誘ってくるよ」
ひらひらと手を振りながら、エヴァ先輩はレアナを誘いに行った。
「まったく、ちょっと目を離した隙に……」
「ニコラくん、王女様はもういいの?」
「何言ってるんですか! 助けてくれてもいいでしょう!」
……そうでした。
私、全然虫除けの役割果たしてなかった。ごめん。
不機嫌全開なニコラくんの手をとって、踊り始める。
意外なことにニコラくんは、ダンスが上手だった。
さっきのエヴァ先輩より踊りやすいかも。
ニコラくんの父上がダンス好きで、子どもの頃から叩き込まれたんだって。
私たちって、毎日一緒にいる割には、知らないこといっぱいあるんだなあ。
ようやく1曲踊り終わって、慣れない私はすでにヘトヘトだ。
めずらしくヒールを履いているので、足が少し痛い。
「ダメですよ。ルイーズさんは、僕ともう1曲踊ってください」
「え、ああ、うん。いいけど。ちょっと足が痛くて」
「スローな曲なので、踊ってるふりだけで大丈夫です」
王女様とは1曲しか踊らなかったから、私とは2曲踊る、ということかな。
パートナーだからって、そんな気を使わなくてもいいんだけど。
「近くで見ると、ルイーズさんってまつげが長いですね」
「うーん、そうかな? ニコラくんの方が長いように思うけど」
「そうですか? よく見せてください」
ニコラくんがのぞきこむように私の目を見てる。
パチパチ、とまばたきをしてみる。
ほら、私のまつげなんてたいしたことないよ。
「僕の目、実は左右で色が違うんです。片方が少しグリーンなんですよ。母方の遺伝で」
「へえ、オッドアイっていうやつだよね」
「そうです。魔導士の家系に多いんですけど。どっちがグリーンかわかります?」
「うーん、どっちだろ……」
じっと見比べてみるけど、暗いせいか、あんまりよくわかんない。
でも、いいな。青とかグリーンの目って。
よく見ると宝石みたいだ。
「いたたた……ニコラくん、足が痛いよう」
「もう少しなので、僕に体重預けてください」
ニコラくんが、ぎゅっと抱きしめるように支えてくれて。
私の耳元でコソっとささやいた。
「ちょっとこの状況、利用しますよ」
あれ、今なんか唇かすめた……ような。
ギリギリセーフだけど。
かすめただけで、触れてないけど。
「ニ、ニコラくん……何……」
「足、大丈夫ですか? 少し休みましょう」
ふと気付くと、私たちふたりの周囲には、誰もいなくて。
みんな、遠巻きにこっちを見てた。
なんだろう。
好奇心いっぱいの視線が刺さる。
「ル、ル、ル、ルイ先輩っ!」
「あ、アリスちゃん。ドレス可愛いね! どうしたの?」
「あの、あの、あの……み、みんなが聞いてこいと言うので」
アリスちゃんが指さした方向には、いつもの聖女様たちが固まってこっちを見ている。
「うん、何?」
「ルイ先輩とニコラ先輩、こ、こ、婚約したんですかあっ?」
何を大声で宣伝してくれてるのっ!
ていうか、なんでそうなる?
「何でそういう話になってるの?」
「だって、2曲続けて踊るのって、婚約者とかだけですよね?」
何そのルール。
だって、エヴァ先輩だって、『もう1曲踊る?』って聞いたよ?
ニコラくんが戻ってこなかったら、あのままエヴァ先輩と踊ってたかも。
「それに、踊ってる間ずっと見つめ合ってたし、キ、キスとかも……」
ニコラくんが口元を手でおさえて、笑いをこらえている。
やられた……
なんでまつげと目の色の話ばっかりするのかと思ったら。
まつげの長さ比べしてる間、見つめ合ってると思われてたじゃん!
しかも、このままだと私のファーストキスの相手は、ニコラくんてことになってしまう。
してないけど!
「もう婚約はしたんですかあ?」
「してませんよ、まだね」
黒ニコラくんが、また紛らわしい発言を!
「まだってことは……」
「ちゃんと彼女たちに伝えてきてくださいね。『まだ、してないらしい』って」
「わ、わかりましたっ! 伝えてきます! すみませんっお邪魔して」
パタパタとアリスちゃんが戻っていって、聖女様たちが『キャーッ』と黄色い歓声をあげた。
もう、好きに噂してください。
私、虫除けなんで。
王女様にニコラくんを連れていかれなかったら、それでいいよ。
「ニーコーラーくーん」
「な、なんでしょう」
「そんなに笑わなくてもいいじゃない!」
「いや、あまりにルイーズさんが素直にのってくれたので」
「酷い……」
ぷんぷんと怒っているふりをして、テラスに向かう。
別にそんなに怒ってないけど、なんか人に見られているのが恥ずかしくなってきて。
これじゃあ、痴話喧嘩しているようにしか見えないよね。
「ルイーズさん、ごめんなさい。ふざけすぎました」
「いいよ……私、今日はニコラくんの虫除けになるって決めてたし」
「またそんなこと言ってるけど、何ですか? 虫除けって」
「だって、ニコラくんが王女様に連れていかれちゃったら困るじゃない。セルディアに婿養子とか……」
「そんなこと考えていたんですか?」
ニコラくんは一瞬呆れたような顔をして、苦笑した。
「僕は連れていかれたりしませんよ。ルイーズさんの方が、よっぽど危なかったのに」
「私が?」
「エヴァ先輩と2曲目踊ろうとしてたじゃないですか! 僕が止めなかったら、今頃エヴァ先輩の婚約者ですよ!」
あ。
突進して戻ってきたときの、ニコラくんを思い出した。
なんか、必死な感じだったっけ。
「エヴァ先輩、そんなこと考えてないと思うけど」
「甘いです。エヴァ先輩をなめたらダメですよ」
まあ確かにエヴァ先輩、時々何企んでるのかわからないことあるもんなあ。
次期侯爵様と噂なんてたっちゃったら、危ないところだった。
ニコラくん、グッジョブ。
「学園祭、終わっちゃったね……」
「そうですね。僕は、いい思い出になりました」
空にはまんまるな月が出ていて。
私を見て笑うニコラくんは、もう黒ニコラくんじゃなくて、いつもの笑顔だった。