ちょっと気になる
訓練が終わって、放課後は学園祭の準備だ。
クランハウスに帰ってからでもいいんだけど、王女様がいるので放課後にできることはやることにした。
私とレアナはせっせとブレスレットを編んで、ニコラくんに錬金してもらう。
王女様は錬金を見るのが初めてのようで、ニコラくんのところで熱心に見ている。
「素晴らしいです! さすがはニコラ様」
「いえいえ。これぐらいは誰でもできますよ。ルイーズさんやレアナさんも、ポーションぐらいは作れますから」
「私にでもできるでしょうか。教えていただけますか?」
「いいですよ。時間のあるときにやってみましょう」
ニコラ様……か。
王女様、私たちには『ルイーズさん』とか『マルクさん』とか呼ぶよね。
ニコラくんのことは尊敬してるんだろうなあ。
「うふふ。ルイ、気になるんでしょ?」
「へ? 何が?」
「ニコラくんを王女様に取られちゃたから」
「取られちゃったって……ニコラくんは誰にでも優しいから」
「そうかな? ニコラくんて誰にでも優しくないと思うけど。興味のない相手とは絶対話さないし」
そういえば、エヴァ先輩やクリス先輩と仲良くなった頃、ニコラくんだけは話そうとしなかったっけ。
今はだいぶ慣れたみたいだけど。
「ニコラくんて、今までルイにべったりだったもんね。寂しいんでしょ?」
ニコラくんて、私にべったりだったかな?
そう言われてみると、ニコラくんがレアナやオーグストとふたりでいるところをあまり見たことがない。
でもそれって、最初の頃にレアナとマルクがペアで角ラビ狩りを担当して、私とニコラくんがペアで錬金をしてたからだ。
「寂しくはないけど……ちょっと気になる、かな」
「でも、大丈夫だよ! ニコラくん、王女様と距離置いてるみたいだし」
「そうなの?」
「この間ね、訓練のときに王女様がニコラくんに『私のことはアナと呼んでくださいませんか』って言ってたんだよね。だけど、ニコラくんは『王女殿下は王女殿下ですから無理です』って言ってた」
なんだかニコラくんらしいなあ。
私たちはみんなアナ王女って呼んでるのに。
まあ、相手が王女様ともなると、親切にしないわけにはいかないよね。
私がちょっと気になってるのは、そこじゃないみたい。
どっちかというと、王女様の方が積極的に見えて、そっちがちょっと気になる。
年も同じだし、ニコラくんは大賢者だし、王女様に目をつけられてもおかしくないし。
あんなに美人で賢いからお似合いかもしれないけど、さすがにニコラくんをセルディアに連れていかれたら困るなあ。
「よう、肖像カードに使う紙、切り終わったぜ。ここに置いとくからな!」
「あ、じゃあ、王女殿下の肖像だけ、今取らせていただいていいですか?」
「ええ、構いませんよ。私はどうしたらよろしいのですか?」
「立っている姿と、上半身の2種類にしましょう。まずは、そこへ座っていただけますか」
アナ王女様は腰掛けると、すっと背筋を伸ばしてニコラくんをまっすぐに見つめる。
さすがは王女様だ。こういうことに慣れてるんだろうなあ。
ニコラくんはその姿を1枚の紙に転写する。
『アナ王女の微笑み』みたいな名前がつきそうだ。
「これを原版にして、カードに複写しますね。では、次は立ち絵をお願いします」
「でしたら私、中庭に素敵な花が咲いている木を見つけましたの。あの木の下でお願いしてもいいでしょうか」
「もちろん、いいですよ。では、そこへ行きましょう」
ニコラくんはアナ王女様に連れていかれてしまった。
しかし、背景に花を背負いたいなんて、私だったら絶対に思いつかないよ。
どうせ私のは戦ってる姿だし、なんなら泥だらけとか血だらけかも。
女としての敗北感。
ふと机の上を見ると、ニコラくんが置き忘れていったノートがある。
ちらっとページをめくってみると、そこにはメンバー全員の戦っている姿が、いくつも描かれていた。
ニコラくんの記憶の中には、こんな風に私たちの姿が写ってるんだね。
ひとつだけ、ニコラくんの絵もあった。
どうやって転写したんだろ? 鏡の前でやったのかな。
お気に入りの杖を持って、証明書写真のようにまっすぐに立っている姿だ。
ニコラくんだけ戦っている姿がないというのも残念だなあ。
なんかいい方法ないかな、と思ったときに。
ひらめいた!
記憶保護を持っている人がもうひとりいるじゃない!
スワンソン先生に頼んでみよう。
ニコラくんが置き忘れていったノートを勝手に借りて、急いでスワンソン先生の研究室に行く。
「ああ、デイモントさんですか。どうかしましたか?」
「先生! 私たち学園祭の準備をしてるんですけど、ちょっと先生にお願いしたいことがあって」
「私は今忙しいんですが、どんなことですか?」
私は、ノートを見せて、全員が戦っている姿をカードにしていることを説明した。
だけど、ニコラくんが転写しているので、ニコラくんの分だけ作れない、と言って。
「で、私はここにデルビーの姿を転写すればいいのですね?」
「そうです! できますか?」
「ノートを貸してください」
スワンソン先生は、ちょっと思い出すような顔をしながら、ぽんぽんとノートにニコラくんの姿をいくつか転写してくれた。
大魔法陣を展開している、かっこいいやつもあった!
研究室で難しい顔をして実験しているニコラくんも、個性が出ていていい感じ。
「これでいいですか?」
「十分です! ありがとうございます!」
教室に戻ると、ニコラくんはまだ中庭から帰ってきていなかったので、黙ってノートを机の上に置いておいた。
ニコラくん、これ見たら何て思うかな。
ちょっとサプライズな気分。