セルディアの王女様
「クリス先輩、学生寮に入るんですか?」
「その予定だが、そなたたちは違うのか?」
「私たちは、王都にあるクランハウスに住んでるんです」
「そうなのか……それは残念であるな」
ちょっとしょんぼりしたクリス先輩。
ここにはエヴァ先輩もいないしね。
いきなり学生寮だと、何かとわからないことが多いかも。
「もしよかったら、先輩も私たちのクランハウスに来ませんかあ? エヴァ先輩の部屋が空いているし」
「エヴァ殿もそこに住んでおられるのか?」
「エヴァ先輩は騎士団の宿舎にいるんですけど、すぐ近くですよ!」
「そうであるか! では、私もそこに世話になってもいいだろうか」
レアナがクリス先輩の面倒をみようとしているようだ。
ワルデック先生は、別に好きにしていいという。
正直、学園でも扱いかねるよね。
竜の巣に住んでた人だもん。
「えっと……アナ王女様は、学生寮に入るんですかあ?」
「私は国の者が同行しておりますので、王宮の近くに住まいを借りています」
ちょっと、ほっとした。
内心、王女様までクランハウスに来たらどうしようかと思った。
家に帰ってまで緊張したくない。
午前中は一般教養の授業だったんだけど、急遽メルギス聖女先生のマナー講座になった。
先生たちも、私たちが危なっかしいと思ったんだろうな。
Sクラスは今後貴族との付き合いも多くなるので、最低限のマナーを覚えておくようにと言われて、マルクは嫌な顔してたけど。
この授業、王女様には全然必要ないよね。
クリス先輩は何もかもが新鮮らしく、楽しそうに授業を聞いていた。
お昼休憩になって、私たちは揃って食堂に行くんだけど、一応王女様も誘ってみた。
食堂のご飯なんて食べるんだろうかと心配したけど、一緒に行くと言う。
7人でぞろぞろ食堂へ行くと、それはそれは目立った。
周囲に座っていた生徒が、バタバタと立ち上がってよけたぐらいだ。
「それで、わざわざそんな遠い国からバスティアンへ留学してきたのは、何か訳でもあるんですかあ?」
レアナがストレートに質問した。
よくぞ聞いてくれました。みんなそれが知りたい。
多分、ここにはいないエヴァ先輩も知りたいと思う。
「我がセルディア王国は、今問題を抱えているのです……」
王女様の話では、セルディアの国王が病に伏せり、第一王子が次の国王になろうとしていたときに、行方不明になったらしい。
今は第二王子が執務を代行しているのだと。
そんな大事な時期に、なぜ王女が留学?と思ったんだけど、それには理由があった。
「セルディアの王家には、代々伝わる風習があります。国王になるには、王の証である王家の秘宝を探してくる必要があるのです。そして、兄のファウロスはそれを探しに行ったまま、帰ってこなかったのです」
「その王家の秘宝というのを探すのは、難しいことなんですか?」
「いえ、場所はわかっています。北のホラス山脈に、王家の者だけが入れるダンジョンがあり、そのどこかで見つけて取ってくるだけなのです」
王家の者だけが入れるダンジョンというのは、魔獣も出るが、それほど難易度が高いわけでもないらしい。
まあ、王になるためのちょっとした試練のようなものなんだって。
実際、第一王子様はそのダンジョンに何度も行ったことがあって、慣れていた。
歴代の国王が皆その試練を乗り越えていることからも、危険は少ないはずだったと言う。
「第一王子である兄を探しに行くには、王家の者が行く必要があるのです。しかし、第二王子まで失うわけにはいきません。それで、私が探しに行きたいと思ったのですが……私は兄たちのように火魔法が使えないのです。生まれつき水魔法しか使えません。それでは、ダンジョンの敵と戦えないのです」
「つまり、火魔法を覚えるために留学してきた、ということですか?」
「バスティアン王国に勇者パーティーが誕生したという噂は、セルディアまで届いていました。私と変わらない年の人が、魔神を討伐したと。セルディアでは、王家の血筋以外で魔法を使える者は多くありません。教えてくれる人がいないのです」
「それではるばる来たんですね……」
「我らがそこへ出向いて、姫をお助け申せばよいのではないか?」
「クリス先輩、私たちはそう簡単にセルディアには行けないよ……」
「お心遣いありがとうございます。誰かに助けてもらったとしても、最終的にダンジョンの敵は私が倒さなければなりません。しかし、見ての通り私は剣を握ったこともないのです。こんな私でも、火魔法を使えるようになる方法はあるのでしょうか」
王女様の悩みはなかなか切実なようだ。
剣を握ったこともないというのは、私やレアナも最初はそうだったけど、少なくとも騎士の適性はあったしね。
私も火魔法は練習してみたけど、それほど上達しなかった。
向き、不向きってあるよね。
「方法はなくはないと思いますよ……僕だって火魔法は得意ではないですけど、それでも使えないことはないです」
「本当ですか?」
「少しでも火を出すことはできるんですか?」
「ええ、昔兄に教えてもらって、ほんの小さな火ぐらいは」
「それなら、こうやって魔法陣を使うことで、魔法は強化できるんですよ」
ニコラくんが突然大魔法陣を空中に出したので、食堂にいる生徒たちがびっくりして総立ちになった。
私たちは見慣れてるけど、ニコラくんの魔法陣って驚異的だからなあ。
「ちょっ、ニコラくん! ダメだよ! こんなところで」
「そうでした……すみません。後でお見せしますね」
「はい、ぜひお願いします。やはりこの国に来て正解でした。素晴らしい魔導士の方がいらっしゃって」
王女様は少しでも可能性があるとわかって、うれしそうだ。
だけど、簡単なことじゃないと思うなあ。
あんな魔法陣、私にはとても真似できない。