それぞれの事情
「ニコラくーん! ここにいたの!」
今気付いたようなふりをして駆け寄ってみる。
モメていたふたりは、何事もなかったようにすました顔になった。
「ルイーズさん。ご両親は見つかりましたか?」
「うん、マルクとレアの両親と一緒にあそこのテーブルに。ニコラくんも紹介しようと思って」
「オホン……ニコラ、こちらのお嬢さんは?」
「デイモント子爵令嬢です」
「ルイーズ・ディ・デイモントです。初めまして」
えっと。領地持ちの貴族は、苗字に『ディ』ってつけるんだよね。
騎士服でカーテシーっていうのも、なんだかマヌケな感じだけど、仕方がない。
それにしても、この膝を折るような挨拶、慣れないなあ。
練習しとかないと。
「ほう、お前にも学園に一応女友達がいるのか」
「パーティーメンバーですよ! 父上、国王陛下の話聞いてなかったんですか!」
「ん? ああ、さっきの。そういえば女騎士もいたな。勇者の方か? もうひとりの方か?」
「勇者の方です! 父上、失礼ですよ! すみません、ルイーズさん」
ニコラくんは怒ってるけど、なんか憎めない父上だ。
以前にニコラくんが、『勇者のことなんてそのうちみんな忘れます』って言ってたけど、すでに覚えていない人がここにいた。
結構恰幅のいい人で、ニコラくんとはあんまり似てない。
「ふむ、子爵令嬢か……して、デイモント家にご子息はいらっしゃるのかな?」
「父上、いい加減にしてください! 僕は結婚相手ぐらい自分で見つけます」
「何を言ってるんだ、お前になんか任せておいたら何十年かかるかわからん」
「あ、あの、私は姉と妹がいて、三人姉妹です」
「ニコラ! ちょうどいいじゃないか! 家督を継ぐ気がないんだったら、子爵家以上の家に婿養子に行け! それが嫌なら、カルディア伯爵家に行かせるぞ!」
「嫌ですよ! あの人、もう50歳近いじゃないですか!」
聞いていると、まるでコントだ。
50歳近い人って、未亡人か何かだろうか。
伯爵家で婿養子を望んでいる家なんて、そうそうないよね。
そうか……
ニコラくんが私に婚約申し込んだのって、こういうのから逃れる言い訳だったのかも。
それなら、何となく気持ちはわかる。
「あの、ニコラくん、お話中申し訳ないんだけど。私の両親にも紹介したいから、ちょっといいかな?」
「おお、行ってこい、ニコラ! こういう場所で相手を見つけるんだぞ」
「とにかく、僕はお見合いはしませんからね! 行きましょう、ルイーズさん」
ぷんぷん怒っているニコラくんを見るのはめずらしい。
いつも冷静なのに、家ではああいう感じなんだ。
ところで、オーグストはどこへ行ったんだろうと見回していると、少し離れたところでご令嬢たちに囲まれている。
「なんだろ? あれ」
「聖女様たちですよ。オーグストのところには、これから国中の聖女様から見合いがきますよ」
「ああ……大神官だもんね。当然か」
ちょっと前までは、学園で見向きもされなかったのになあ。私たち。
なんなら、追い出されたぐらいなんだけど。
オーグストはいずれ聖女様と結婚するのか。
「てことは、ニコラくんのところにも、やっぱりお見合い来るんじゃない? 大賢者だもん」
「僕は家督を継がなければただの騎士爵です。来ませんよ、お見合いなんて。来ても断ります。ルイーズさんとの約束もありますし」
「私との約束は、ニコラくんが気に入ったご令嬢がいたら、気にしなくていいよ」
「僕は、絶対に約束を守ります。卒業までは誰とも婚約しませんよ」
「うん、まあ、ニコラくんがそれでいいなら」
私も卒業までに婚約者見つける気なんて、もうないしなあ。
貴族社会って面倒そうだし。
なんだかあっちでもこっちでも婚活が繰り広げられていて、見ているだけでげんなり。
私は将来アデル村に帰ってから考えてもいいかな。
両親たちにニコラくんを紹介していると、突然知らない男の人が近寄ってきた。
服装からすると、騎士団の人だ。
「デイモント子爵令嬢、お初にお目にかかります。私は第2騎士団所属、マティアス・ディ・グラネと申します。階級は子爵位です。よろしかったら、ダンスのお相手を」
「あ、あの……私はこんな格好なので、ダンスはちょっと……」
「あっ、お前、抜け駆けすんな! デイモント子爵令嬢! 私は第2騎士団所属、ナゼール・ダミアンです!」
わらわらと数人の騎士が寄ってきて、囲まれてしまった。
なんだ、この状況。
子爵令嬢っていっても、未開拓の荒れ地をあてがわれた辺境子爵だよ、ウチは!
しかも、婿養子希望だからね!
「ルイちゃん! こんなところにいたんだ。僕にもご両親を紹介してもらえる?」
「あっ、エヴァ先輩!」
助かった。
群がっていた第2騎士団の人たちは、先輩の顔を見ると、サーッと蜘蛛の子を散らすように去っていった。
さすが次期侯爵様。
身分の下の者から声をかけてはいけない風習のせいか、エヴァ先輩に寄ってくる女性はいないみたいだ。
遠くから恨めしそうに見ているご令嬢方はいるけど、なんか目が怖い。
と思ったら、久々のサンドラお嬢様がいた。
侯爵家だから当然招待されてたのね。
ヴェルニエ侯爵、国王陛下から例の件で怒られたかなあ。
「ああいうのは蹴散らしていいんだよ。勇者の権限でさ」
エヴァ先輩が笑いながらコソっとそう言った。
第2騎士団の人は、昇進して第1騎士団に入りたいらしい。
それで、勇者とお近づきになりたいということか。
そういうのはごめんだなあ。
両親にエヴァ先輩を紹介すると、ふたりともそれはそれは緊張していた。
貴族の言葉遣いなんてできないし、侯爵様と話すのも生まれて初めてだよね、お父さん。
私にとっては、前世がサラリーマンのお兄さんなんだけどなあ。
パーティーが終わって、その晩、私とレアナの両親はクランハウスに泊まってもらった。
部屋、いっぱい余ってるしね。
マルクやオーグストは久しぶりに実家に帰ったみたい。
ニコラくんもあの強烈な父上に連れ去られてしまった。
アンナさんが腕をふるってくれて、2家族でゆっくり晩ごはんを食べた。
王宮のパーティー料理より、アンナさんの素朴なご飯の方がよっぽど美味しい!