勇者になります
自室に戻って死ぬほど寝てやるーと思っていたら、ニコラくんに会った。
これからスワンソン先生の報告書の手伝いをするらしい。
ニコラくんもげっそり疲れている様子だったので、回復魔法をかけてあげた。
「何かあったんですか? 顔色がよくないみたいだけど」
「私……ちょっと疲れたっていうか……」
心配そうにのぞきこんでくるニコラくんの顔を見たら、なぜだか涙がぽろぽろこぼれてしまった。
「ど、どうしたんですか? ルイーズさん。どっか痛いとか?」
「違う、私……勇者になんかなりたくないのー! うわーん!」
「ちょ、ちょっと、ルイーズさん。僕の部屋に行きましょう。話、聞きますから」
「わーん、ニコラくーん」
なんだか、ストレスが爆発してしまって、止まらなくなってしまった。
だって、今日、ほんとに死にかけたんだよ?
目の前で人が死んだんだよ?
もう休ませてほしいのに。
これから国民の希望の光になんて、そんな覚悟、私にはない!
そんなことを泣きわめきながら、引きずられるように部屋へ連れていかれた。
「ルイーズさん、ちょっと落ち着きましょう。スワンソン先生の話は何だったんですか?」
「国が私を勇者として国民に公表するって……ぐすん」
「そうですか。それはルイーズさんにとって、一番嫌なことですもんね」
「そうなの。それに、今後魔神が出たら、国王から討伐依頼がくるって」
「それは、多分僕たちみんなですよ……少なくとも、僕やオーグストはもう逃げ道はないし。ずっと僕たちは一緒ですよ」
「でも、でも、今度こそ私、本当にお嫁に行けなくなっちゃう! 卒業までに婚約者探したかったのに!」
「ああ……そうでした。ルイーズさんは、それが引っかかってるんでしたね。でも、大丈夫ですよ。ルイーズさんは結婚できます」
「無理だよー! こんな戦いしか能のない女、誰がもらってくれるの! おまけに勇者だよ?」
「僕、それ、関係ないと思うんですけど……」
ニコラくんは困った顔をして、考え込んでしまった。
ごめん、困らせて。
支離滅裂なのはわかってる。
わがままだって思う。
自分でも、なんで勇者が嫌なのか、よくわからない。
でも、勇者なんていつ死ぬかわかんないのに、誰が結婚したいなんて思うの。
「じゃあ、こうしましょう。ルイーズさん」
突然ニコラくんが、私の手をとってひざまずいた。
な、何っ?
「僕と婚約してください」
「えっ? えっ? ニ、ニコラくん、今なんて?」
「返事は今じゃなくていいです。卒業までに婚約者が見つからなかったら、僕と結婚したらいいですよ。それならどうですか?」
「どうですかって言われても。私とニコラくんが? 結婚? なんで?」
「だって、婚約者がいたら安心でしょう? 僕で不満なら、オーグストやエヴァ先輩だっていいと思いますよ」
「いいわけないじゃん!」
「そうですか? だったら試しに『誰か婚約してくれないと勇者やめてパーティー抜ける!』って叫んでみたらどうですか? 全員僕と同じことすると思いますけど。まあ、マルクはダメかもしれないけど」
冷静に想像してみると、エヴァ先輩は確かにやりそうな気がする。
でも、私が婚約者が欲しいというのは、友達にそういう無理難題を押し付けたいわけじゃないの。
「これで、勇者になっても結婚できますよ。僕は約束は絶対に守りますから」
ニコラくんが私の手の甲にちゅっとキスをして、立ち上がった。
あれ、私、今、ほんとに婚約申し込まれた?
冗談じゃなくて?
ニコラくんて、冗談言う人じゃないよね?
あまりにびっくりして、勇者のことが頭から飛んでいってしまった。
いやいや、違うの。
違うのよ、ニコラくん。
私、そんなことニコラくんにさせたかったわけじゃない。
本当は自分でも気付いてた。
私は今すぐ嫁に行きたいなんて、思ってない。
ただ、勇者っていう責任が重くて、言い訳にしてただけ。
だけど、本当に婚約者ができたら言い訳できなくなっちゃう。
強い女になんかなりたくなかった。
男より目立つなんてとんでもないって思ってた。
傷つくのが怖かった。
誰かに守られていたかった。
それはなぜなんだろう?
そうか。私って本当にバカだ。
あの顔も覚えてないような、前世のクソ彼氏のトラウマだ。
『女が強くなるとロクなことがない』とか言われて、守ってもらえずに死んだから。
今の今まで忘れてた。
私、本気で彼氏なんて探してなかったよね?
最近では、結婚したいなんて、1ミリも考えてなかった。
なのに、お嫁に行けないだの、婚約者がいないだの騒いで、恥ずかしい。
もう……認めるしかないか。
世の中の人が勇者だって言うのは仕方ない。
私が決めたわけじゃないんだから、人が言うのは止められない。
クリス先輩だって、今でも頑なに自分のこと聖騎士だって言ってるもんね。
魔神を放っておいて、世界が滅亡したりしたら、そもそも結婚なんて意味がない。
平和じゃないと、婚約者がいたって意味がないんだ。
「ごめん、ニコラくん。私が間違ってた。もう結婚したいなんて言わない。戦うことにする!」
「いやいや、結婚したくてもいいじゃないですか。そこまで全力で否定しなくても」
「いや! もう諦めた! 私、勇者だし!」
「何でそういう話になるんですか。たった今僕が婚約申し込んだの、もう忘れたんですか」
ニコラくんは、呆れたようにがっくりと肩を落とした。
でも、いいの。
ニコラくんは私なんかより、賢くて強いご令嬢が好みのはずだもん。
妥協させてしまったら申し訳ないよ。
「ね、率直に聞くけど、勇者と結婚って嫌じゃない?」
「そんなの関係ないでしょ。僕なんて、世界にひとりしかいない大賢者ですよ? 勇者よりよっぽど絶滅危惧種です」
「そっか。そうだった」
「勇者って3人いるじゃないですか。僕やオーグストと違って、魔神でも出ない限り仕事もないですし。それに、世界が平和になったら、きっと世の中の人は勇者のことなんて忘れます。近い将来、自由になれる日が来ますよ」
「うん……そうかな。そうだといいな」
なんだか、少し気持ちが落ち着いたら、急激に睡魔が襲ってきた。
疲れた……もう、考えるのはやめて寝たい……
「あっ、ルイーズさん! そんなところで寝ちゃダメです! そこ、僕のベッド……」
「うん、ごめん、ありがとう、ニコラくん……」
「大事なことだからもう1回言いますけどね! 卒業までに婚約者が見つからなかったら、僕と結婚するんですよ! 約束しましたからね!」
「うん……わかった……おやすみ……」
ニコラくんがまだ耳元で何か言ってたような気がするけど、続きは明日聞こう。
とりあえず、寝る。