死霊王
広場へたどり着くと、暴動が起きていた。
いつの間にかスワンソン先生が合図を上げたんだろう。
リリトとバスティアンの連合騎士団と信者たちが戦っている。
数は信者の方が圧倒的に多いが、武器は持っていない。
騎士団の人は、相手を斬り捨てるわけにいかないので、手間取っているようだ。
「あっ、あそこにスワンソン先生が!」
「トニ! そっちはどうだったのです?」
「施設はもぬけのカラだ。ソウルリーパーがいたが、燃やしてきた。どうなってんだ、こっちは」
「この者たちが邪魔で、あそこへ近づけないのです」
スワンソン先生が指さした先には、高いやぐらのような舞台があって、その上に聖女様たちと思われる人たちが円形に並んでいる。
舞台が光を放っているので、足元にはおそらく魔法陣があるんだろう。
すでに儀式は始まっていたのか、皆祈りをささげている。
「お前ら! 攻撃を許可する。殺さない程度に倒せ!」
そう言われても、訓練された騎士団ですら手こずっているのに、どうしろと。
信者たちは皆、目つきがおかしい。
まるでゾンビのように無表情で向かってくる。
「ニードルショット!」
ニコラくんが、単発のニードルショットで足を狙っている。
上半身に当たると、死ぬかもしれないもんね。
レアナも同じようにニードルショットで周囲の人を転ばせている。
マルクは信者たちの輪の中心で、次から次へと人を殴り飛ばしている。
私は指先からなるべく小さいエアスラッシュを放って、足を狙う。
悲鳴をあげて人が倒れると、心臓がズキンといたんで気分が悪くなる。
うっかり殺してしまったらどうしようと思うと、思い切って攻撃できない。
「ジル! ここは俺たちに任せて、プルマンとクレール神官を連れていけ!」
「しかし、生徒たちは撤退させた方が……」
「いいから行けっ! 何のために戦ってんだ!」
少しずつ信者たちの壁が崩れて、スワンソン先生とオーグストが舞台の方へ向かおうとした時。
突然、低く大きな声が響き渡った。
「ゾルディアクの信者よ。静まれ。我にひざまずけ」
「ゾルゲ様……」
「ゾルゲ様……」
信者たちは次々とひざまずいていく。
突然空中からひらりと降りてきた、黒装束の男。
いや、人間ではない。
大鎌を持った死霊だ。
「聖結界!」
オーグストが結界を張って、私たちはひとかたまりになる。
「我に服従せよ。地にひれふすのだ!」
低い唸るような声が響きわたると、騎士団の人たちがバタバタと倒れた。
死んではいないようだけど、立ち上がれずに地面にふせっている。
「ほう。まだ立っている者がいるか」
立っているのは私たちだけだ。
状態異常耐性の腕輪が効いているのかもしれない。
大鎌の死霊はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「我は聖騎士クリストフなり! 貴様は何者だ!」
あちゃー。
クリス先輩、名乗っちゃったよ……
やつらは聖剣狙ってるのに。
まずい。
「お前が勇者か。我は死霊王ゾルゲ。クックック……わざわざ聖剣を運んできてくれるとはな。その剣をこちらに寄越すのだ」
「断る! 正々堂々と戦え!」
「ク、クリス先輩っ! 結界から出ちゃダメっ」
レアナがクリス先輩の鎧を後ろから引っ張って、止めている。
「そうか。寄越さぬというなら、そこいらに転がっている人間に死んでもらおう」
死霊が鎌を一振りすると、目の前の数人の人たちが悲鳴を上げてひっくり返った。
白目をむいて死んでいる……
背筋がゾクリとして、足が震える。
「剣を渡すまで、端から順番に殺していくぞ。ククク……いいのか?」
死霊は鎌を振り上げて、笑っている。
クリス先輩は今にも死霊に斬りかかりそうだけど、物理攻撃では絶望的だ。
「ヘルフレア! トニ! 撤退です! 逃げなさい!」
スワンソン先生が、死霊と私たちの間に燃えさかる炎の壁をつくる。
しかし、死霊はそれを手で払っただけでかき消してしまった。
「我に火は効かぬぞ。さあ、どうする」
「アイスブレイク!」
「いかづち!」
「ほほう。雷を放つ人間もいるのか。少し手が痺れたぞ」
まずい。まずい。まずい。
死霊で物理攻撃が効かなくて、火も氷も雷もダメなら絶体絶命だ。
でも、何か、何かあるはず。
こんなところでゲームは終わらないはず。
「我は気が短いぞ。剣を渡せ」
死霊が鎌を振り上げると、また数人が死んだ。
レアナが声をあげずに泣いてる。
私は、小声でステータスをオープンした。
剣に手をかけ、魔力をためる。
何のために、瑠璃の宝珠を取りに行った?
勇者しか使えない剣を作ったのは、何のため?
勇者にしか引き出せない力があるはず。
魔力を溜めて、溜めて……出てこい! 勇者スキル!
ふっと、ステイタス画面に、『メテオ』というスキルが追加された。
何のスキルだろう。
でも、考えている時間はない。
クリス先輩の影から、剣先を死霊に向けて思い切り魔力を放つ!
「メテオ‼」
青い光の玉が閃光になって、死霊の体を突き抜けた。
魔力がごっそりと持っていかれた。
グラリ、とめまいがする。
「ん? なんだ今の光は。クハハハ、そんなもの痛くもかゆくもないぞ」
外れたか?……と思ったけど、よく見ると死霊の脇腹に穴が開いて、向こう側の景色が見えている。
死霊だから痛覚がないのか、気付いていないようだ。
穴が開くぐらいなら効いてるはず。
当たりどころが悪かっただけだ、きっと。
「エヴァ先輩、ステータスを開いて、剣に魔力を。スキル名はメテオです」
小声で伝えると、エヴァ先輩はハッと気付いたような顔をして、ステータスを開いた。
『同じ剣だから。先輩もできるはず』
エヴァ先輩が剣を抜き、私を見てうなづいた。
「ククク……そこに隠れている小さいの。我の配下に下るがいい。取り立ててやるぞ」
どこを狙ったらいい?
死霊だから心臓はないかも。
アンデッドは頭をつぶせば攻撃してこないんだよね?
一撃で殺らないと。
次をはずしたらもう魔力が持たないかもしれない。
「先輩、私は頭を。先輩はあの大鎌を!」
「了解。いくぞっ」
「メテオ!」
「メテオ!」
ふたつの閃光が死霊に命中して、さっきより大きな光の玉が突き抜けていった。
「ルイっ!」
「デイモントさんっ!」
死霊の頭と、鎌を持った右半身がかき消えたのを見て、私は意識を失った。