お茶目なクリス先輩
今日はニコラくん以外は、リリト騎士団の訓練場を借りて、全員自主練に励むことになった。
ニコラくんはスワンソン先生と一緒に、装備の方の準備をするらしい。
オーグストはクレール神官に結界のやり方を教えている。
私とエヴァ先輩は、クリストフ様と一緒だ。
「では、クリストフ様、炎のブレスの練習をしてみましょうか」
「その……クリストフ様という呼び方はどうにかならないものだろうか。私たちは同等の立場であると思うのだが」
「では、どのように呼んだらいいでしょう?」
「単にクリストフ、と呼んだらいいのではないか」
それはあまりにも恐れ多いような気がするけど。
聞けば、クリストフ様の時代は、平民は皆ファーストネームで呼び合うのが普通だったらしい。
家名で呼ばれる習慣はないと言う。
「僕らは同じ年なので、それなら僕のことはエヴァでいいよ。僕もクリストフと呼ばせてもらう。それでいい?」
「もちろんだ。私のことも、クリスでいい。クリストフという名前は長いであろう?」
いえいえ、クリストフ様。
2文字しか変わりませんよ!
「じゃあ、クリス。僕たちはこれから友人ということで」
エヴァ先輩が握手の手を差し出すと、クリストフ様は少し照れたような顔になった。
エヴァ先輩って、ほんっとに人たらしだよなあ。
こんな風に誰とでもすぐに友達になってしまえるところ、すごいなあと思う。
でも、きっとクリストフ様も友達欲しいよね。
「じゃあ、私はクリス先輩って呼びます!」
「その先輩、というのはなんであろうか?」
「自分より年上で、経験豊富な人をそう呼ぶんです。みんなエヴァ先輩のこともそう呼んでます」
「なるほど、そうであったか。新鮮な響きだ」
「私のことは、ルイかルイーズでいいですよ!」
「そ、それは……妙齢の女性をそのように呼ぶことはできぬ」
クリストフ様改め、クリス先輩はぼそぼそと口ごもって、真っ赤になってしまった。
もしかして、100年前は女性を名前で呼んではいけなかったとか?
「……せめて親しみをこめてデイモント嬢と呼ばせていただくのは、いかがだろうか」
「それはあんまり親しみこもってない感じなんですけど」
「クリス、僕もルイちゃんて呼んでるから、大丈夫だよ」
「そ、そうであるか。で、では、ルルルルイ殿、と……」
クリス先輩、盛大にうろたえています。
なんか、可愛い。
まずは古竜様からいただいた加護の、『炎のブレス』を練習してみたんだけど、これは剣に魔力を流している間は炎が出る、というスキルだ。
剣自体に加護があるせいか、それほど魔力を消費しない。
剣に魔力を流す感じを教えたら、意外にクリス先輩が一番強力な炎を出した。
もともと手のひらに火を出せたぐらいだから、火属性に向いてるのかも。
私とエヴァ先輩は、あんまり火魔法が得意ではないので、炎の大きさがイマイチ。
それでも、これまで火魔法を使えなかったことを思えば、役に立つときはありそう。
ブリザード系の魔獣のときとか。
「なるほど。攻撃魔法というのは面白いものであるな。剣からこのように激しい炎が出せるとは」
クリストフ様は、初めての攻撃魔法にご満悦だ。
古竜様も、もっと早く加護をかけてあげたらよかったのに。
それから氷紋剣や雷撃も一応説明してみたけど、そっちの方はうまくいかなかった。
時間もないことだし、火魔法に集中した方がよさそうだ。
「竜王剣というのはどういう攻撃なんだろう?」
「私がすでに習得したので、見せてしんぜよう。竜王剣っ!」
クリス先輩が的に向かって斬りつけると、ズバっと3本の深い傷が入った。
竜の爪で引き裂くようなスキルらしい。
これはすごい! 3倍のダメージを与えることができる。
私は剣スキルが貧弱だから、強力な物理攻撃のスキルはうれしい。
攻撃範囲が普通の剣の攻撃よりも広いので、ちょっとコツが必要だ。
私も剣を借りて少し練習してみたけど、自分の剣でならうまくできそうな気がする。
「そう言えば、そなたたちは前世の記憶があると言っていたが……武士という職業を知っているだろうか」
「知ってますよ! 刀で戦うんですよね。もっとこう、細身で長い剣」
「やはりそうであったか! 私もかすかに記憶にある程度なのだが、あれはよく斬れる剣であった」
「クリス先輩は、何かその頃の記憶が他にもありますか?」
「アイヅという国にいて、戦で戦っていた。家族がいたのかどうかもわからない。恐らくは負け戦だったと思うが、引くこともできず皆死んだ。今でもたまに夢に見る」
休憩しているときに初めて聞いた、クリス先輩の前世。
武士なんてかっこいいと思っていたけど、辛い過去だったようだ。
アイヅってどこだっけ。東北の方?
私は歴史とか地理とかさっぱりだから、エヴァ先輩ヘルプ!
「会津はずっと戦争してただろうから、どの時代の人かわからないけど……でも明治維新より前だとしたら、僕らより150年とか200年ぐらい前だね」
「そうか。エヴァ殿は前世でも私よりずっと後に生まれたのだな」
「そうだよ。僕らの時代にはもう戦争はなかった」
「なんと! 戦乱のない時代になったのか。それは夢のような話であるな」
「おかげで前世では武器なんて見たこともなかったけどね」
クリス先輩は、武士ではあったものの、人と戦うのが好きではなかったようだ。
だけど、この世界で魔物と戦うのは苦ではないと言う。
人類の敵と戦うのだから、心が傷まないだけマシなんだそうだ。
私は正直、今でも戦いは好きじゃない。
だけど、人類の敵と戦うのはマシだというクリス先輩の言葉には同感だ。
相手が魔物なら、遠慮は要らないもんね。
「前世の僕は、戦争はなかったけど、お金に苦労していた。だから、生まれ変わるなら裕福な家に生まれたかったんだ。だから、貴族になったのかなあ」
「なるほど。それを言うなら、私は国を守れる男になりたかった。それで、勇者と呼ばれるようになったのだな」
そう言われてみれば、私は魔法が使える世界に憧れがあったっけ。
確か、前世で夢中になった魔法使いの小説や映画があった。
この世界で回復魔法を使えるとわかったときも、夢中で練習した。
そうか。
理不尽な世界に転生してしまったと思ったけど、みんなひとつは願いが叶ったんだ。
私もグダグダいってないで、魔法攻撃の訓練しないとね。