足りないもの
「先生! 私たちもクリストフ様と一緒に行きます!」
「ダメです」
「どうしてですか!」
「これは国を守るための戦争なのです。あなたたちはまだ、そんなものに参加しなくてもいいんですよ」
でも……
今回の作戦に必須なのは、オーグストだ。
転移魔法陣があった場合、防げるのは聖結界を使えるオーグストしかいない。
スワンソン先生はクレール神官を連れていくと言うけど、クレール神官はついこの間まで聖騎士だった人だ。
大神官としての能力は、現時点で圧倒的にオーグストの方が上だと思う。
それに、オーグストはある程度戦える。
煉獄浄化という、『この世にあらざるもの』に有効な炎攻撃も持ってる。
これって、人を避けて魔神と戦うのにかなり有効なスキルだ。
戦った経験のないクレール神官では危ないと思ってしまう。
スワンソン先生は、エヴァ先輩にだけは同行を許可した。
それは、エヴァ先輩が騎士団の正式な騎士だからだ。
モルガン騎士団長とクロード魔導士団長は、今回は騎士団を統率しなければいけないので、ゲリラ戦の方には参加しない。
となると、メンバーは、クリストフ様とスワンソン先生、エヴァ先輩、クレール神官だ。
このメンバーだと、エヴァ先輩とクリストフ様が前衛で戦わないといけないことになる。
「私は、ひとりであなたたち全員を守る自信がないのです。確かにあなたたちは強くなりました。今回の作戦でも、戦うことはできるでしょう。ただ、あなたたちにはまだ決定的に足りないものがあるのです」
「足りないものってなんですか?」
「いざという時の判断力です。これまでのあなたたちを見ていると、どうしても危なかっしいんですよ」
そう言われると、面目ない。
いつも自分たちから余計なことに首をつっこんで、面倒事に巻き込まれている自覚はある。
「もし……仮に、私が敵につかまったとしましょう。私を見捨てて逃げろ、と言われた場合、あなたたちはどうしますか?」
「そんな……先生を見捨てて逃げるなんて、できません!」
「しかし、ベルジュ騎士は、それができますね? 騎士は団長命令には逆らえないはずです」
「……はい。それはそうです」
「わかりますか? それができなければ、戦争はできないのです。同胞を見捨ててでも生き延びて、最終的に敵を倒すことの方が、より大事な目的だからです。そういう覚悟が、あなたたちにありますか?」
みんな、しゅんとして考え込んでいる。
私たちは、絶対に仲間を見捨てない。
でも、時にはそれで共倒れになってしまう危険性がある。
スワンソン先生の言いたいことは、たぶんそういうことだ。
「でも、先生。今回の目的のひとつは魔法陣の起動を止めることなんでしょう? だったら、やっぱりオーグストの力が必要だと思うんですけど」
「それはそうなんですけどね……でも、聖女様たちを魔法陣から引き離すことができれば、阻止することはできるでしょう」
「先生! 俺だけでも行きますよ」
「ダメだよ、オーグスト! 私たちは一緒じゃなきゃ!」
スワンソン先生は、ため息をついて考え込んでいる。
オーグストを連れていきたい気持ちはあるのかも。
「……トニを呼びましょう」
「ワルデック先生ですか?」
「ゲリラ戦には、どうしても物理攻撃に長けている人間が必要なのです。それに、あなたたちの能力を把握できているのは、私以外にワルデック先生ぐらいしかいないでしょう」
「それじゃあ、先生……」
「命令指揮系統を決めます。あなたたちは必ず、私かワルデック先生の指示に従うこと。約束できますか?」
「約束します!」
「私とワルデック先生にもしもの事態があったときは、ベルジュ騎士、あなたに指揮の全権を預けます。この子たちをお願いできますか?」
「……わかりました。引き受けます」
エヴァ先輩は少し青ざめた顔でうなずいた。
責任重大だよね。
人の命を預かるんだもの。
「先生、僕が持っている状態異常耐性の腕輪なんですけど、魅了に耐性があります。たぶん、洗脳にも耐性があると思うんですけど、材料が足りなくて複製できていないんです」
ニコラくんが身に付けている腕輪をはずして、スワンソン先生に差し出した。
「黒曜石ですね……なんとかできるかもしれません。これは私が預かりましょう。複製できるようならなんとかします。それと、ベルジュ騎士とデイモントさんの剣を急がせなければいけませんね。時間がありません。あなたたちは、今自分にできることを考えて、準備をしてください」
スワンソン先生は腕輪を持って、慌ただしく騎士団の方へ行ってしまった。
私たちの作戦会議は、ワルデック先生が到着してから、ということになった。
今、私たちにできることってなんだろう。
レアナとオーグストは、古竜様にもらった新しいスキルを練習するという。
ニコラくんは装備の強化を考えるようだ。
マルクは人を殺さずに戦うための、体術を練習するらしい。
私とエヴァ先輩は、新しい剣が出来上がるまで訓練ができない。
それで、クリストフ様の魔法の練習に付き合おうということになった。
クリストフ様もルディアの剣の加護をもらっていたから、「炎のブレス」と「竜王剣」が使えるようになるかもしれない。
新しい剣が出来るまでは、クリストフ様の剣を貸してもらって、3人で新しいスキルを練習してみることになった。
満月まであと7日。