作戦会議
リリト王国西にあるゾルディアク教本部へ偵察に行っていた、リリト騎士団が戻ってきた。
現在、教団本部にはもうほとんど人が残っておらず、ほぼ全員がオクラマ島へ渡ったという。
以前から教団の監視はしていたが、こんなことは初めてだそうだ。
ただ単に本部をオクラマ島に移した、というだけの可能性もあるが、なんとなくこのままでは終わらないと思う。
さらった聖女様たちも連れて大移動したとあれば、満月に集会が開かれる可能性がある。
いつの満月かはわからないが、一番近いのは1週間後だ。
騎士団が潜入捜査に行くという案も出たが、下手すると戻ってこれない可能性がある。
せめて何が起きているのかだけでも知りたいと思っていたら、クリストフ様が名乗り出た。
古竜様を呼んで、空から様子を見てきてくれると言う。
それは確かにいいアイデアだ。
クリストフ様はかなり視力がいいし、島の周囲を旋回するだけでも、何か状況がわかるかもしれない。
「しかし、クリストフ様ひとりに、そのような危険なことを任せるわけには……これはリリト王国とバスティアン王国の共同捜査なのです」
リリトの騎士団の人は、当初は反対した。
マリアナ正教国からの客人であるクリストフ様に万が一のことがあっては、国としての面目がたたないからだ。
「いいのです。古竜殿と空を飛ぶのは散歩のようなものですから。お役に立てるなら行ってまいりましょう」
古竜様はクリストフ様の竜笛で、すぐにバルディア山から飛んできてくれた。
なぜあんな遠いところまで聞こえるのか不思議。
本当に空から見てくるだけ、という約束で、クリストフ様はオクラマ島の偵察に飛び立った。
クリストフ様だけではわからないこともあるだろうと、スワンソン先生とリリトの地形に詳しい騎士団の人も同行している。
あの古竜様の背中から、下界を見下ろす勇気のある人なんて、相当のツワモノだろうな。
想像しただけで気絶しそうだ。
「やはり、あれは何らかの儀式の準備をしている様子でした」
戻ってきたクリストフ様たちの報告によると、オクラマ島に元々観光スポットだった大きな広場があるという。
そこに大きな円形の台座のようなものが作られて、そこに人が集まっている様子が見えたんだそうだ。
黒いマントを着た人が多く、明らかに信者の集まりのように見えたらしい。
あまり近づいて警戒されてもいけないので、上空を一度旋回して戻ってきたようだ。
円形広場の周囲には、今は使われていない古い観光用の宿泊施設があるので、そこを根城にしているのではないかと推測している。
バスティアンの代表と、リリトの騎士団で緊急会議が開かれた。
議題は、ゾルディアク教の集会の目的と、その対策をどうするかということについてだ。
この問題に一番危機感を持っているのは、当事者であるリリト王国なんだけど、隣国のバスティアン王国としても他人事ではない。
マリアナ正教国にも早馬で緊急会議の連絡がいったが、マリアナは傍観をきめこむようだ。
『たまたまそっちにいるクリストフ様に代表権を与える』という無責任な返事がかえってきたらしい。
クリストフ様が魔神は討伐したので、すでに責任は果たしたと思っているようだ。
リリト王国はクリストフ様に会議への出席を正式に要請し、クリストフ様はそれを快諾した。
私とエヴァ先輩は、スワンソン先生の判断で、この会議に出席している。
話を聞いていて、気付いたことがあれば後で教えてほしいと言われた。
私はともかく、エヴァ先輩は何か気付くことがあるかもしれないよね。
「……ゾルディアク教がなんらかの集会を行おうとしていることは、ほぼ間違いないでしょう。それは、魔神を召喚する儀式だと考えるのが一番妥当です。それを阻止するにはさらわれた聖女や魔導士を取り返す必要があります。教団に魔力を持つものが集められていると、何度でも同じことが起こるでしょう」
「しかし、信者たちは洗脳されているのでは? 先日、エテリ領で捕まった者たちも、こちらに襲いかかってきたと報告が上がっています。戦闘になるのは避けられないかと」
さらわれた聖女や魔導士の数は100人以上だ。
いちいち洗脳を解いていたら、キリがないだろう。
しかし、被害者なので、殺すわけにはいかない。
聖女はともかく、魔導士は攻撃魔法を持っているので、戦いになるとやっかいだ。
「そして、もうひとつの問題は、洗脳している幹部のものが魔人である可能性です。先日、人に化ける魔獣が捉えられましたが、その魔獣は魅了持ちでした。そのような者が紛れていたとしたら、見分けもつかず、こちらも洗脳されてしまうかもしれません」
「助けに行った者まで洗脳されるのは、避けなければなりませんな。下手すると仲間内で戦闘になってしまいますぞ」
騎士団で攻め込んで、教団を壊滅してしまえばいいという簡単な問題ではない。
会議は難航した。
「やはりゲリラ作戦の方が現実的ですね。誰かが忍び込んで敵幹部を倒せば、集会を阻止できるのでは?」
「しかしいったい誰が忍び込むと? 敵は魔人かもしれないのですぞ!」
「私が行きましょう」
「ク、クリストフ様!」
思わず私とエヴァ先輩は、同時に立ち上がってしまった。
正直なところ、今のクリストフ様が、単独で魔人と戦うのは無理があると思う。
封印の祠にいたグスタロフとかいう鬼豚魔神のように、物理攻撃で倒せるような敵とは限らない。
「私なら古竜殿に乗せていってもらえるので、手っ取り早いでしょう」
「それは目立ち過ぎるのでは?」
「しかし、船で行くとしても、港はひとつしかないのですから、見つかるのは同じことでしょう」
「スワンソン殿。古竜様に頼んで島へ降りることが可能だとして、何名ぐらい運べるのだろうか」
「10名ぐらいなら可能ではないかと思います」
会議は深夜まで続いた。
結局、島に忍び込むのは、クリストフ様を含めた数名。
後続の騎士団は船で海上に待機し、合図があったら上陸する、ということになった。
バスティアンからは、さらに第2騎士団が応援に来る。
船はリリト王国が出す。
リリトとバスティアン合同の、かなり大掛かりな作戦になりそうだ。