崖を目指す
私たちは古竜様の背中に、クリストフ様は古竜様の頭の上に座っている。
命綱もなしに飛んでいる竜の頭の上に座っていられるなんて、どんなバランス感覚なんだろう。
でも、そんなクリストフ様を見ていると、ちょっと大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
封印の祠が近づいたところで、古竜様は崖に沿ってゆっくりと飛ぶ。
周囲をぐるりと一周したあたりで、クリストフ様が何かを見つけたようだ。
「古竜殿、あのあたりではありませんか?」
「む、もう少し近づいてみるとするか」
クリストフ様の指さしたあたりに近づいていくと、確かに岩肌がぼんやりと青く光っている箇所がある。
クリストフ様、めちゃくちゃ視力いいのね。
近づくほど、青い光は強くなっていく。
「この奥にありそうじゃの」
「でも、どうやって採るんですか?」
「少し削ってみましょう。アースクラッシュ!」
スワンソン先生が、光っているあたりの崖を少し砕いてみる。
遺跡探索をしていただけあって、慣れているみたい。
まだ宝珠は見えないので、少しずつ横穴を掘っていく。
時々落石したりして、祠の下の地盤が心配だ。
堀りすぎたところは、ニコラくんがアースウォールで埋めていく。
ナイス師弟コンビ!
「見えてきたような気がしますが……」
青い光が一段と濃くなったところで、スワンソン先生は手を止めた。
後は手作業で掘るしかないらしいけど、竜の背中から誰があそこへ飛び移れるのか。
高度数千メートルですよ!
私は下見ただけで気絶します。
「私が行ってきましょう!」
さすがクリストフ様!
古竜様が横穴に頭を近づけると、ひらりと飛び移った!
正真正銘の勇者様です。尊敬します。
クリストフ様は奥へ進むと、小刀で壁を削っている。
「採れましたよー! ふたつあります!」
クリストフ様が、宝珠を片手に持って、手を振っている。
「なんと、ふたつ育ったか。そんなこともあるんじゃのう」
「それはめずらしいことなのですか?」
「今まではひとつしか見たことがないの。ワシも長く生きておるが」
「では、これを持って帰れば、当分次の宝珠は出てこないのでしょうか?」
「おそらくまた数十年はかかるじゃろうな」
スワンソン先生は、ホッとしたような顔になった。
急いで採りにきてよかった。
これでもう敵に宝珠が渡ることはなさそう。
クリストフ様は、またひらりと古竜様の頭に飛び移って戻ってきた。
何度見ても心臓に悪い。
スワンソン先生とニコラくんが、堀った場所を元通りに埋めて、私たちは竜の巣に戻った。
「これが瑠璃の宝珠ですか。初めて見ました。美しいものですね」
「その宝珠はお前たちのものだから、持って帰るがよい。ただし、普通の人間が使おうと思うでないぞ」
「私が触れてはいけないのでしょうか」
「まあ別に触れるぐらいはいいじゃろうが、それを使って魔法を使おうとすると、人間では制御しきれまい」
「なるほど。それではやはり、このふたりに持っていてもらうのがいいでしょうね」
私とエヴァ先輩は、ひとつずつ宝珠をもらった。
手のひらにのせた宝珠は、まだぼんやりと青く光っている。
温かくて、力が満ちてくるような光だ。
でも、もらったところで何に使えばいいんだろう。
「剣にするのがよかろう。クリストフのようにな」
「しかし聖剣がどのようなものなのかは、マリアナ正教会しか……」
「聖剣の見本ならここにありますよ」
クリストフ様が、散らかった生活用品の中に、無造作に聖剣を立てかけていた!
スワンソン先生が、興味深そうに手にとって見ている。
「必要ならお貸ししましょう。用が済んだらまた返してくれればいいですから」
「しかし、それはマリアナ正教国のもの。勝手にお借りするわけにはいきません」
「なにも聖剣を作る必要はなかろう。使い慣れている剣に、その宝珠をはめ込むだけでよいのではないか?」
「……そういうものなのでしょうか」
「聖剣だなんだと、人間が勝手に名付けておるだけじゃ。宝珠の力は剣を選ばぬぞ」
「それなら、私は今使っているミスリルの剣が気に入っています!」
ニコラくんが見つけてくれたミスリルの剣は、魔力を流しやすくて気に入っている。
ここにつけてもらえたらいいんだけどな。
ここに宝珠をつけたらキレイだろうなと、持ち手のところに宝珠を合わせてみる。
剣がぼうっと青く光った。
エヴァ先輩は騎士団の鋼鉄剣に宝珠を合わせてみたけど、ミスリルの方がやっぱり光り方が強い。
「先輩、俺のミスリル剣譲りますよ! 俺が持っててもあんまり意味ないし」
「いいのかい?」
オーグストが自分の剣を抜いて、エヴァ先輩に差し出した。
これも元はといえば、古竜様の宝の山の中にあったものだ。
オーグストは、ニコラくんが何本か見つけた杖の中の1本を譲ってもらうと言う。
あれほど騎士になりたがっていたオーグストだけど、大神官になるなら杖の方が似合うよね。
「バスティアン王国が聖剣を作ったとなると、またマリアナ正教国がうるさいでしょうから、何か別の剣の名前をつけるといいかもしれませんね」
スワンソン先生がちょっと考え込んでいる。
勝手に聖剣を作ると、政治的に何か問題でもあるんだろうか。
「じゃあ、古竜様にちなんで、竜剣とか竜王剣とかにしたらいいんじゃないですかあ?」
「それはいいですね。古竜様に授かった剣ということであれば、誰も文句は言わないでしょう」
「何? ワシの名前をつけるとな?」
古竜様は、ちょっと照れているようだ。
「オホン、ワシは誰にも名を明かしたことがないのじゃが、そういうことなら、お前たちだけに名を教えてやることにしよう。ワシの名は竜王ルディアじゃ! その2本の剣には、ルディアの剣という名前をやる!」
古竜様、名前あったんだ。
バルディアの『バ』をとっただけね。
なぜ名前があるのに名乗らないのかと聞いたら、もう仲間の竜が絶滅寸前で、名乗る相手がいなかったという理由だそうだ。
竜はプライドが高いから、対等の相手じゃないと名乗らないんだって。
「ルディアの剣……」
そうつぶやいてミスリルの剣を握っていると、剣が輝きを増したような気がした。
あれ、なんか加護がついたような。
ステータスを見てみると、「炎のブレス」と「竜王剣」というスキルが増えていた。
あくまでも剣にかかっている加護のようで、剣を手から離すとスキルは消えてしまうようだ。
名前をつけるだけで加護がつくなんて、古竜様はすごい。
「そ、その……古竜殿。私はそのルディアの剣がうらやましいですぞ」
「おお、そうじゃったな。お前の剣もルディアの剣と名付けるがよい!」
クリストフ様はちょっとしょんぼりした様子から、ぱあっと満面笑顔になった。
古竜様の加護を受けるのに一番ふさわしいのは、クリストフ様だよね。
聖剣よりこっちの方がだんぜんいい!
「では、王都に戻ったら早急に、持ち手の部分を改造してもらうことにしましょう」
剣の持ち手に宝珠をはめ込むのは、それほど難しいことではないらしい。
マルクの大剣にも碧玉がはめてあるもんね。