瑠璃の宝珠
「あれっ、私は勇者の加護をいただいたようです」
突然クロード団長が素っ頓狂な声をあげた。
「あっ。俺もだ!」
オーグストがうれしそうな顔になった。
あの時、オーグストだけいなかったもんね。
雷耐性と氷結耐性、結構役にたつと思うからよかった。
スワンソン先生も我にかえったように、ステータスを確認して、笑顔になった。
「本当ですね。雷耐性と氷結耐性とは、ありがたいです。すみません、ちょっと頭に血がのぼっていました。マリアナ正教会のことは、今すぐどうこうできることではないので、先にこっちのことを解決しましょう」
取り乱しているスワンソン先生って初めて見たかも。
私たちの代わりに怒ってくれて、なんだか申し訳ない気持ち。
私とエヴァ先輩は最初っから逃げる気マンマンだったもんなあ。
そんなこと言えないけど。
「ええと、どこまで説明しましたっけ。そうそう、勇者の魔力の質という話でしたね」
スワンソン先生の仮説は、ゾルディアク教団の目的は、転移魔法陣と聖剣の力で、魔界とこの世界をつなげることではないかという話だ。
たぶん大聖堂にあったニセモノの聖剣を本物だと信じていたんだろう。
そして、魔力不足で聖結界に負けて暴発したのではないか。
「仮説にしか過ぎませんが……しかし、聖剣が手に入らないとわかったら、やつらは瑠璃の宝珠を探すでしょう」
瑠璃の宝珠って、古竜様が2度も人間に与えたけど、まだあるのかな。
そういえば、聞いたことなかった。
バルディア山付近って鉱山地帯らしいし、あのあたりで採れるのかなあ。
「もう一度古竜様のところに行ってみたらいいかも……」
「そんなことができるのですか?」
「はい。いつでも遊びに来ていいって言ってましたよ。バルディア山っていうところなんですけど」
「遠いのですか?」
「いえ、多分ここからだと2、3日あれば行けると思います」
「それなら行きましょう。私も一緒に行きます。敵に先を越されると困りますし、早い方がいいでしょう」
スワンソン先生は、ゾルディアク教よりも先に瑠璃の宝珠を手に入れて、転移魔法陣で魔界とつながるのを阻止したいと言う。
よくわからないけど、宝珠の力で古代魔法陣を起動できるなら、逆に宝珠の力で防ぐこともできるという理論のようだ。
もしかしたら、私やエヴァ先輩の力で阻止できるのかもしれないけど、先生は私たちを絶対に犠牲にはしない。
だから、宝珠を探しに行ってみよう。
なかったらなかったで、その時また考えるとして。
早急に支度をして、再びバルディア山を目指すことになった。
途中野営の必要があるから、ちょっと準備が必要だ。
メンバーはエヴァ先輩含めた私たち6人と、スワンソン先生。
今回はお忍びなので、マリアナ正教国には連絡せずに行く。
まあ、あのユルユルの国境なら問題なさそう。
「そうそう。あなたたちのお陰で、私は大魔道士になれたようです」
部屋に戻るときにスワンソン先生が、小声でコソっと教えてくれた。
さっきの実験、成功してたみたい。
さすがスワンソン先生! 元S級だもんね。
ニコラくんが天才だって言うぐらいだもん。当然かも。
『勇者の仲間認定されたら、みんな上級職になれるんですよ』と教えてあげたら、『光栄ですね』と言って笑ってた。
翌日、再びバルディア山へと出発する。
次の満月が14日後なので、万が一の事態を考えて早く戻ってきたい。
騎士団の馬車では目立つので、荷馬車と足の速い馬を調達して行くことになった。
危ない場所へ行くので、御者は第一騎士団の人がふたり。
乗り心地は良くないけど、幌馬車の中にクッションや布団をたくさん持ち込んだので、それなりに快適だ。
今日は騎士服ではなく、全員普段着装備。
スワンソン先生の普段着姿がなんだか新鮮だ。
元冒険者だけあって、剣を腰にさげたスタイルも似合っている。
美しい銀髪をひとつにまとめて縛っていて、さすがに平民には見えないけど。
ベルフォリ村を通過したときに、大きな籠いっぱいの果物を買った。
古竜様への手土産だ。
竜って何を食べているのかよく知らないけど、まあ気持ちだしね。
クリストフ様も助けてもらったお礼を何度も届けていたって聞いたし。
国境は特に問題なく越えることができた。
私達がマリアナで冒険者証を作っておいたのが役に立った。
そこから王都へは向かわず、直接バルディアのふもとの森を目指す。
王都へ続く主街道をはずれたら、もう人に出会うこともなかった。
夕方には森の入り口に到着して、森には入らずに野営することに。
私たちが前回野営していた場所までは結構距離があるので、夜間に移動するのはさすがに大変だしね。
いつものようにニコラくんが土壁で簡単な防壁をつくって、オーグストに結界をはってもらう。
私とレアナは薪を集めて焚き火をおこしと、食事の用意だ。
エヴァ先輩は騎士団の人と一緒に、テントを張っている。
今回は見張りの人数が多いので、前回よりは楽かも。
スワンソン先生はニコニコしながら、私たちの働く様子を見ている。
「あなたたちは、この森の中で野営をしていたのですか?」
「そうです。ドラゴンリザード倒しまくったので、だいぶ減ってると思いますよ!」
「あ、そうだ。解毒の腕輪、また作ってきました」
オーグストがなくしてしまったので、ニコラくんはまた作ってくれたようだ。
オーグストやスワンソン先生、騎士団の人にも渡している。
「ずいぶんと冒険者らしくなりましたね。卒業前にAランクパーティーになったのは、あなたたちが初めてですよ」
「そうなんですか?」
「私でも学生時代はBランクでしたからね。魔獣討伐の機会があまりなかったので」
スワンソン先生は、最初から冒険者を目指していたわけではなく、古代魔法の研究のために世界を回っていたんだそうだ。
その時に、護衛についていたAランクパーティーに、ワルデック先生がいたらしい。
古代の遺跡を探索中に巨大ゴーレムの討伐をして、国からS級認定されたんだって。
それからしばらくは、パーティーに入って色々なところへ行ったそうだ。
「どうして冒険者をやめちゃったんですか?」
「私は元々研究者ですからね。トニのように体力はありませんでしたし。それと……仲間を亡くしたのです。本当に、ささいなことが原因で。それでパーティーは解散したんですよ」
スワンソン先生は、遠い目をして、少し悲しそうな表情になった。
メンバーのひとりが、仲間をかばおうとして、崖から落ちたんだそうだ。
敵が強くなくても、ちょっとした気の緩みで、そういうことが起きる。
だから、冒険者は用心に用心を重ねることが大事だと、先生は言った。
ワルデック先生みたいに戦いが好きそうな人が、なんで学校の先生をやってるんだろうと思ったことがあるけど、そんな事情だったのか。
メンバーがもしひとりでも死んだら。
もし、レアナやニコラくんが死んだりしたら、やっぱりもうパーティーは解散するだろうな。
辛すぎるよね。
考えたら今まで無謀に行動してきたけど、危ない場面は何度もあった。
これからは気を引き締めよう。
スワンソン先生の話を聞きながら、みんなそんな気持ちになったと思う。