実験
翌日、スワンソン先生は、実験をするためにリリト魔導士団の訓練場を借りた。
少々魔法が暴走しても大丈夫な場所で、秘密を保持できる場所がそこしかなかったからだ。
呼ばれたのは、私たちとエヴァ先輩、クレール神官、クロード魔導士団長。
「どんな実験をするんですか?」
「あなたたちがマリアナ正教会でやったことを再現してもらいます」
「大神官の儀式ですか?」
「そうです。ただし、魔法陣に魔力を流すメンバーは私とクロード団長、そしてデルビー、オルゴットさん、クレール神官の5人です。このメンバーの魔力量なら恐らくできるでしょう。それと、誰か中心に立ってもらった方がいいんですけど」
「じゃあ、俺が。一度経験してるし」
「そうですね。ではプルマンにお願いしましょう。危なくはないので、大丈夫ですよ」
スワンソン先生は、床に大きな魔法陣を展開させた。
いつ見ても鮮やかだ。どうやって覚えてるんだろう。
マリアナの大神官たちは、準備に丸一日かかってたけど、何を準備してたんだか。
「さて、では今言ったメンバーで魔法陣を囲んでください。クレール神官、やり方はこれで合ってますか?」
「ええ、同じです。マリアナでは8人の大神官が行っていますが、人数は別に決まっているわけではありません」
「では、始めましょう」
スワンソン先生の掛け声で、5人が魔法陣に魔力を流す。
魔法陣が浮き上がって、光がオーグストを包む。
光の色なども、あの時と同じだ。
「OKです。実験なのでもういいでしょう。この魔法陣は今後使えますね。まあ……マリアナ正教会がイチャモンをつけてくるかもしれませんが」
「あ、それなら僕、いいもの見つけたんです。忘れてました」
ニコラくんが思い出したように、バッグの中から本を取り出すと、ページを開いてスワンソン先生に渡した。
「このページにのってるんです、ほぼ同じ魔法陣が」
「……本当ですね。これはどこで?」
「マリアナの骨董品屋で見つけたんです。店主は価値をわかってなかったみたいで、安く買いました」
「デルビー、あなたはよく勉強していますね。お手柄です。これで堂々と使えるでしょう。これは借りても?」
「もちろんです。国の研究室に献上するつもりです」
「いいのですか?」
「僕はノートに全部複写しました。だから、先生に」
「ありがとう。後でゆっくり目を通しますね」
スワンソン先生はかなりうれしそうだ。
この2人、師弟だけあって似たもの同士だなあ。
「では、次の実験です。次はあなたたちがやったのを再現してもらいます。私とクロード団長は抜けて、デイモントさんとベルジュ騎士に加わってもらう、ということで合ってますか?」
「そうです。あの時はマルクが中心に立ってたんですけど」
「ローランですか……ちょっと危ないかもしれないので、私が立ちましょう」
「先生が?」
「暴発する可能性がありますからね。では、その時と同じようにやってみてください」
暴発するかも、と言われて、マルクはおとなしく見ていることにしたようだ。
スワンソン先生を囲んで、皆で魔力を流す。
あの時は加減がわからなかったんだけど、できるだけ少しずつ。
魔法陣は一瞬で浮かび上がり、さっきとは違って、青い光を放つ。
そして、あっという間に膨れ上がってパシーンと弾けた。
みんな身構えていたようで、今回は誰も尻もちはつかなかったけど。
あの時のように、青いキラキラした光が降ってくる。
「これがあなたたちの言っていた失敗ですか……」
スワンソン先生は目を輝かせて、光の様子を見ている。
「もうこれでわかったと思いますが、あなたとベルジュ騎士は、魔力の質が違うのですよ。他の人とは」
「ああ……そういえば、古竜がそんなこと言ってました」
「瑠璃の宝珠はあなた達の魔力に反応して光るのですから、同種の魔力を持っているんでしょう。ゾルディアクの狙いは多分そこです」
「どういうことですか?」
「召喚術です。別の世界から魔神を呼び出すのに、聖女や魔導士を集めても、何か力が足りないのでしょう。恐らくですが、瑠璃の宝珠は勇者の力と同じく、魔法陣の力を強める効果があるんでしょうね」
そういえば、クリストフ様が、ひとりで封印できる魔力を持っているのは、自分だけだったと言ってたっけ。
勇者の魔力が、魔法陣の力を強める、ってことなのかな。
「先生、ちょっと思いついたことがあるんですけど、この魔法陣、ひとりで起動してみてもいいですか?」
「いいでしょう。何か違うことをするつもりですか?」
「いえ、さっきと同じなんですけど、魔力の質が違うというなら、他の人と混ざるのがダメなのかなって」
「なるほど。やってみてもらえますか?」
深呼吸して、ひとりで魔法陣に魔力を流してみる。
さっきよりも濃い青色の光が魔法陣から浮き出てきて、あたりに広がっていく。
キラキラしていてきれいだ。
たいした量の魔力を使っていないのに、どんどん広がっていく。
「あなたの言う通り、ひとりだと爆発しませんね。はっきりとは言えませんが、勇者の魔力というのは、古代魔法陣と相性がいいのかもしれません。ひとりでこれほどの効果を出せるとは」
「クリストフ様の時代に、古代魔法陣を使ってひとりで封印をできるのは、クリストフ様だけだと言われてたみたいなんです。そのせいでクリストフ様は犠牲になっちゃったんですけど」
「……犠牲とは?」
あ、しまった。
この話、スワンソン先生にしてなかった。
「あの……聖剣を使って魔神を封印するのって、勇者を犠牲にして封印するっていう話だったようで。それで、クリストフ様は魔神と一緒に100年も封印されてたんです。私たちは騙されてることに気付いたので、封印せず倒すことにしたんですけど」
「なんてことを! マリアナ正教会はあなた達を犠牲にするつもりで呼んだんですか?」
スワンソン先生の表情がみるみる険しくなっていく。
「クレール神官、この話は本当ですか?」
「恐らくは、知っていて呼んだんじゃないでしょうか。枢機卿のことなので」
「先生、俺、マリアナの大神官たちに、勇者ごと封印しろって言われましたよ」
「こんな子どもになんて酷いことを……これは国王から正式に抗議してもらわなくては!」
「で、でも、先生。証拠がないですから。それに、私たちその魔法陣、盗んできちゃったし」
「それとこれとは話が別です!」
怒りがおさまらないスワンソン先生を、みんなでなだめる。
私たちは、行きたくてマリアナに行ったのだから。
無事に帰ってこれたんだし、何かの折にあの枢機卿にはきっと仕返ししますから!