ハニトラ?
シルバーウルフが出る、と聞いていたが、何事もなくエテリ領へ着いた。
途中で確かに、遠くにシルバーウルフらしき姿を見かけたが、近寄ってくる様子はなかった。
だいたい、定期馬車が出てるぐらいなんだから、そんなに危ない道のはずないよね。
むしろ、街中で誘拐されないか警戒しないと。
「あっ、痛あい! そこの金具で切っちゃった」
聖女様が馬車を降りるときに、どこかで手を切ったようだ。
血が出ている。
「誰か回復かけてくれるメンバーさん、いないですかあ?」
「えっと、あなたは聖女様なのでは?」
「そうなんですけどお。自分で自分に回復魔法かけるのって苦手でえ。魔力も少くて」
そんなわけないでしょ!
聖女様は自分で自分に回復かける練習をして聖女様になるの!
何甘えてんだろう。
エヴァ先輩がちらっと視線を送ってきたので、ここは正体を明かさないことにする。
たいしたケガでもないし。
仕方なくニコラくんがマジカルバッグから回復ポーションを出して渡した。
聖女様は、回復ポーションは味がまずいから嫌だとかゴネているが、薬なんだから当たり前だ。
聖女様がいつも利用しているという宿屋に到着して、私たちも同じ宿に泊まることになった。
男4人で一部屋、私とレアナで一部屋、聖女様は別室だ。
朝起きるまでどこにも出かけないというので、今日の仕事はここまで。
明日、病人がいるという家に向かうときに、また護衛をすることになった。
着替えて食事にでも行こうとしていたら、廊下でニコラくんが聖女様に捕まっている。
「すっごくいいレストランあるんで、連れていってくれませんかあ?」
「あ、いや、僕はメンバーと話があるので……」
「えええ。冷たい! マリアにひとりでご飯食べろっていうの?」
「いや、そういうわけでは……」
「モテるねえ、ニコラ。食事ぐらい行ってくれば?」
「ほら、メンバーさんも行っていいって!」
マルクが余計な茶々を入れたので、ニコラくんは聖女様に連れ去られてしまった。
振り返りながらちょっと目が怒ってたけど。
私たちは、来る時に見つけた、宿の近くの食堂で食事をすることにした。
その晩のこと。
夜も更けてきた頃、何か温かいものでも飲みたくて、お湯をもらいに行こうと部屋を出ると、聖女様の部屋の前にニコラくんの姿を見つけた。
聖女様の部屋から出てきたところ……?
も、も、もしかして誘惑されちゃった?
いや、それはいくらなんでもダメでしょう。依頼人なのに。
でもでも、ニコラくんも立派な男だしなあ。
あんなに露骨に迫られると、コロっといってしまうんだろうか。
まだ鍵穴から中をのぞいたりしている。
挙動不審だよっ! ニコラくん!
声をかけていいものか迷っていると、ニコラくんが私を見つけた。
人差し指を口の前に立てて、『静かに』と言っているので、黙ってうなずく。
「ニコラくん、もしかして……」
「誘われましたよ。参りました」
「えええ!」
「しっ! 静かにしてください。ここじゃ話せないので、僕たちの部屋に行きましょう」
私とレアナの部屋は聖女様の隣だ。
壁一枚なので、少し離れた男子たちの部屋に行く。
寝ていたレアナも起こして、一緒に移動した。
「おう、ニコラ。デートは楽しかったか?」
「今から話しますよ。まったく、なんで僕がこんな目に」
マルクにからかわれて、ニコラくんは不機嫌だ。
少なくとも、楽しいデートではなかった様子。
「実はね、あの依頼人、多分聖女様じゃないですよ」
「ええっ? どういうこと?」
「いろいろおかしなことがあったんです。まず、僕たちが行ったレストランで、ちょっとした事故があって、火傷した人がいたんです。焼けた鉄板に手をついてしまって」
「うわ、痛そう」
「治してあげたら、って言ったんですけど、魔力を温存したいからと言って治そうとしないんです。店の人も誰か回復使える人はいないかと探してて、結構大変な騒ぎだったんですけど」
「うーん。でも、あの人魔力量が少ないからって言ってたよね? 明日の仕事のために温存してるんじゃない?」
「ところがですね。僕は時々索敵をかけてたんですけど、あの人は結構な魔力持ってますよ。索敵にひっかかったら警戒するレベルです。それと、一番おかしいと思ったのは食事中なんですけど……」
ニコラくんは結構好き嫌いが激しくて、食べられないものが色々あるんだそうだ。
レストランでは、聖女様が好きなものを注文したらしいんだけど、その中にはニコラくんが絶対嫌いな食べ物があったそうだ。
何かと聞いたら、玉ねぎとピーマンらしい。
子どもみたい。
「あの人が美味しいから食べてみて?と言ったら、食べてしまうんですよ。嫌なのに。それに、だんだん美味しいような気がしてくるんです」
「それってアレじゃねえの? 好きな女にすすめられたら、何でも美味しく感じるとか」
「そのうち頭がぼんやりしてきて、部屋に行きましょうと言われたら、足が勝手についていってしまって」
「あーあ。やっちゃったのか」
「やってませんよ! 言っときますけど、僕あの人のこと好きでもなんでもないですから!」
「ちょっとマルク! ちゃんとニコラくんの話、聞こうよ! で、ニコラくん部屋に行ったの?」
「行きましたよ。これはもう確かめないといけないと思ったので。で、判明しましたけど、あの人魅了系のスキル持ってると思います」
「そんなスキルあるの?」
「ありますよ。踊り子とかバーテンダーなんかの職業の人は、魅了のスキル持ってたりしますから」
「それで、ニコラくんは大丈夫だったの?」
「僕は、これを持ってたの思い出したんです。状態異常耐性の腕輪」
ニコラくんは右腕に腕輪をはめているのを見せてくれた。
シルバーに黒い石のついた、古そうな腕輪。
古竜様のところでもらってきた装飾品の中にあったやつだ。
「これをこっそりはめてみたら、頭がスッキリしました。それで、誘いを断って部屋を出てきたんです」
「よかったあ。ニコラくんが無事で」
「でもよぅ。男が誘われてふらふらっとついていってしまうのなんて、よくあることだと思うけどな」
「でも、それが人さらいだったら? あの人、最初っから魔導士狙ってたじゃん」
「ああ……まあそうか」
「それに、魅了系のスキルが一番悪用されるのは、宗教の勧誘ですよ」
なるほど。確かにニコラくんが言う通り、怪しい。
聖女様が魅了のスキルを持っているなんて話、聞いたことないし。
もしゾルディアクの信者に魅了系のスキル持ちがいたら、それは面倒だ。