ベルフォリ村
クレール神官の記憶をたどると、教会はすぐに見つかった。
礼拝堂と、神官が住んでいる家があるだけの、本当に小さな教会だ。
庭でしゃがんで畑仕事をしていた老人に声をかけると、その人が神官だった。
「ダヴィドだって? 本当にあの小さかったダヴィドかね?」
「そうです、神官長様。覚えていてくださったんですね!」
「よくぞ無事で……村の者は皆、心配しておったぞ。知らせぐらい寄越せばよかったものを」
「申し訳ございません。両親を失ったショックで、ここへ戻ってくる勇気がなかったのです」
年老いた神官は、クレール神官の当時のことをよく覚えていた。
神官長という呼び方は、当時数人の神官がいて、この人が神官長だったからだそうだ。
今では若い神官は皆王都へ行ってしまって、ひとりしかいないらしい。
神官長は、盗賊に両親を殺されたダヴィド少年の行く末を心配して、本当は自分が引き取ろうと考えていたそうだ。
だけど、聖騎士がこんな小さな村にいても仕方がないと考えて、マリアナ正教会に引き渡したとのことだった。
「そうか。聖騎士だったお前が神官になったか」
「はい、色々とありまして」
「騎士になど向いておらぬと思っておったよ。神が願いを聞き届けてくれたのだろう。それで今日は村に何か用事かの?」
「はい。実はリリト王国の神殿に転任することになりまして、道中に父母の墓参りにと」
「なんと、王国の神殿に! それはめでたいことじゃ。出世したのう!」
神官長はクレール神官が戻ってきたことを皆に知らせるので、夕食を一緒にとろうと招いてくれた。
特に急ぐ旅でもないので、私たちも村に一泊させてもらうことになった。
宿屋などない小さな村だけど、親切な人が泊めてくれるらしい。
夕方から広場に集まって、バーベキューをすることになり、私たちも手伝うことにした。
「へえ、あんたたちはバスティアンの冒険者パーティーなんだね」
「そうです。まだ学園の2年生です!」
「こんな遠い村までよく来たねえ。たくさん食べていっておくれ」
村の人たちは、私たちのことをクレール神官の護衛だと思っているので、親切だった。
色々と話を聞いてみたけど、クリストフ様が魔神を討伐した話などは、まったく知らないようだ。
あっちではクリストフ様帰還パレードまで開かれていたのに、国が違うとそんなものなのかな。
電話もテレビもないんだし、情報が伝わってくるはずないよね。
村にはお年寄りが多く、クレール神官のことを覚えている人が結構いた。
ご両親と親しかった人も見つかったらしい。
明日の朝、出発前にお墓参りに行くそうだ。
朝になり、クレール神官がお墓参りに行っている間、神官長にここ最近のリリト王国のことを聞いてみた。
リリトでは、魔獣被害よりも、聖女様がさらわれる事件の方が問題になっているという。
この村でも、回復魔法を使える小さい女の子がいたんだけど、さらわれてしまったらしい。
そのため、最近リリトでは、職業判定で聖女だとわかったら隠すようになったそうだ。
「あんたらも気をつけた方がいい。最近じゃあ聖女だけでなく、魔導士も狙われておる。子どもの魔導士など、格好の標的になるじゃろう」
「僕は子どもじゃありませんよ……」
ニコラくんは、ちょっとふくれっ面になった。
見た目は少年だもんなあ。
でも、大賢者様なんだけどね。
ベルフォリ村には、もう聖女様がいないらしい。
さらわれてしまった女の子が聖女になるのを、みんな期待していたそうだ。
気の毒な話だよね。
泊めてもらったお礼に、私とオースグストで、怪我人や体調の悪い人に回復魔法をかけてあげることにした。
手分けして、教えてもらった家を回って、回復魔法をかける。
昔は私、こんな生活を夢見てたんだよなあ。
今からでも聖女様になれるものなら、なってあげたい。
私のことを聖女様だと勘違いした村の人は、みんな心配してくれた。
古竜の背中に乗って魔神を倒しに行ってたなんて、きっと誰も信じないよね。
自分でもあれは夢だったんじゃないかと思えてくる。
「お世話になりました! 皆さんお元気で!」
「ダヴィドも元気でやるんだよ。たまには帰っておいで」
村中の人たちに見送られて、ベルフォリ村を後にする。
昼過ぎに出発して、夕刻には王都につけるだろうという予定だ。
村の人からは、回復魔法のお礼と言って、果物をたくさんわけてもらった。
採れたての果物を食べながらのんびりと馬車に揺られて、後少しで王都というときに、道に人が倒れているのが見えた。
馬車を止めて、声をかけてみる。
「そこの人、大丈夫ですかあ?」
「あいたたた……転んじまって足が動かねえんでさあ」
ケガ人か……仕方ない。
そこに倒れていると、馬車が通れないので、回復をかけてあげようと馬車を降りかけたとき。
数人の男が草むらから飛び出してきた。
「やっちまえ!」
「女がふたりいるぜ! どっちだ?」
「どっちでもいいだろ! 両方捕まえとけ!」
ん? 盗賊?
……にしちゃあ、なんか軽装だけど。
ボロボロの剣とか、ヤリとか棍棒とか……
「何だ? こいつら」
「マルクっ、殺しちゃダメだよ!」
「わかってるっ!」
すでにレアナが3人ほど、りんごをかじりながら片手で殴り飛ばしている。
素手のレアナに負けるってどうよ。
マルクも素手で、あっという間に全員気絶させた。
総勢6名。
狙いは私か。
ベルフォリ村で回復魔法を使った女の噂でも聞いたのかなあ。
それにしては伝わるの早すぎる気がするけど。
「どうする? この人たち」
「馬車に乗せるの、嫌だよねえ」
「置いていけねえだろ? 一応人さらいだし」
「いいこと考えました!」
ニコラくんが馬車の中から、特大のマジカルバッグを6枚持ってきた。
ゴミとか洗濯物入れる用に置いてあったやつ。
そこに1人ずつ入れて、首だけ出して紐で縛る。
それで、馬車の後ろの荷物置き場に並べてくくりつけておいた。
さすが大賢者! ナイスアイデア。
王都についたら、クレール神官が騎士団に引き渡してくれることになった。
「許してくれよう」
「ウチにはかあちゃんと子どもがいるんだよう」
目を覚ました袋入りの6人が、うるさい。
許す気にはなれないけど、この人たち、多分雇われてるんだろうな。
お金に困ってるとか、そういう理由かな。