復活
「黒マント……」
あの時の黒マント2体だ。
全員臨戦態勢に入る。
剣を置いたテーブルを守るように、マルクとエヴァ先輩が前へ出た。
「ほほう。新しい勇者ですか。ちょうどよいところに来てくれました。その剣も頂いていきましょう」
「お前ら、何者だ!」
「我らはゾルディアクを統べる者。愚かな人間たちよ、我が配下に下るのであれば、命は助けましょう」
一歩、また一歩と、黒マントが近づいてくる。
マントの隙間から、死霊のような顔が見える。
目が赤く光っていて、明らかに人間じゃない。
「その剣をこちらに渡すのです」
「断る!」
エヴァ先輩に向かって手を伸ばす、黒マントの片割れ。
マルクがエヴァ先輩をかばうように、大剣でなぎはらうと、2体の黒マントは部屋の入り口まで吹っ飛んだ。
が、すぐに何事もなかったように立ち上がる。
マントが切れて、ハラリ、と落ちた。
死霊だ。
それも、元高位の聖職者だったような服装だ。
首には禍々しい邪神のようなペンダントを下げて、手には黒光りする杖を持っている。
もう一体は魔導士のような服装の、こちらも死霊だ。
ミイラのような顔がぶきみに笑う。
「無駄な抵抗はやめるのです。今こそ長き封印が解かれしとき」
「魔神グスタロフよ、眠りから覚めなさい」
元聖職者の方の死霊が杖から閃光を出し、クリストフの剣の宝珠が砕け散った。
部屋一面に大きな魔法陣が現れ、テーブルにあった剣が宙に浮かび上がる。
魔法陣の中心にゆらゆらと何かが現れ、それはゆっくりと形を成していく。
天井まで届きそうな大きさの魔物が出現した。
頭に角があって、太った鬼みたいな姿だ。
「誰だ、ワシを呼び出したのは……」
……と、次の瞬間、魔神と私たちの目の前に、ドサっと人が落ちてきた。
「え?」
「誰っ?」
衝撃的すぎて、魔神よりそっちが気になる。
そのギリシャ神話から抜け出てきたようなお姿は……
「クリストフ⁉」
「そ、そなたたちは……?」
驚いたようにきょろきょろ周囲を見回しているのは、間違いなくクリストフだ。
なんと、魔神と一緒に蘇った!
「しぶとい男よ、クリストフ。まだ続きをやりたいか」
鬼豚のような魔神がペロリと舌を出し、手に持った巨大ハンマーのような武器を振り上げる。
「氷紋剣!」
「斬撃剣!」
「雷撃剣!」
「ぐわーーーっ! なんだこの人間たちは!」
あれ?
なんか物理攻撃、効いてるっぽい。
鬼豚魔神の体は切り裂かれたが、すぐに修復を始める。
回復持ちか。
でも、腕がぶるぶるしてるから、雷撃ちょっとは効いてるみたい。
「その剣は……そなたも聖騎士なのか?」
「私は隣国の聖騎士、エヴァリスト・ディ・ヴェルジュ。あなたは勇者クリストフ様ですね?」
「我が名は聖騎士クリストフ・エヴァン。その勇者というのは……」
「あなたは今は勇者と呼ばれているのです。ここは、あなたが封印されてから100年後の世界です」
「なんと100年たったというのか……」
クリストフの視線は、エヴァ先輩の剣に向いている。
「ぶしつけだが、その剣をどうか私に貸してはくれまいか。魔神グスタロフと決着を付けなければ」
「ダメですっ! クリストフ様っ! その剣はっ」
オーグストが駆け寄って、エヴァ先輩を隠すように割って入った。
「斬撃剣!」
「雷撃剣!」
「獄炎の舞!」
なんだかよくわからないけど、クリストフ様たちがお取り込み中なので時間を稼ぐことにする。
レアナの獄炎の炎が、魔神につきまとって、ジュウジュウと肉が焦げては再生している。
なんか、拷問みたいなんだけど。
「熱いっ! なんなんだ、お前たちも魔神なのかっ」
「残念でした、人間でーす! 爆裂剣っ!」
「みなさん、避けてください! 高速魔法陣、ニードルショット!」
ニコラくんの大きな魔法陣から繰り出される鉄針が、魔神の全身に突き刺さる。
ニコラくん、ニードルショットを強化したのね。すごい。
「ルイーズさん! 今です! 雷撃を!」
「あ、そうか! いかづちっ!」
「ぎゃあああああああ」
魔神はひっくり返って、ぴくぴく痙攣している。
電気治療みたいな感じね。
「兜割りっ兜割りっ兜割りっ」
マルクが魔神の腕と足を切り落としている。
再生するのかな、と様子を見ていたけど、生えてこない。
なんか……魔神、弱くない?
どう見てもAランクぐらいなんだけど。
もしかして、アレかな。
一度死んでからおもむろに第2形態に進化するとか?
「うわあぁん、クリストフさまああ! もう俺たちに任せて休んでてくださいぃ!」
あ、オーグストが崩壊してる。
クリストフ様は、すがりつくオーグストと、手足がなくなって息も絶え絶えの魔神を見て、困惑している。
「そなたたちは、ずいぶん強いのだな……」
「強いです強いです、だから、もう魔神は封印してはダメです! 倒しましょう!」
「しかし……」
「勇者クリストフ様。今こそ、とどめをさしてください。終わらせましょう!」
エヴァ先輩がうやうやしく聖剣をクリストフ様に渡すと、瑠璃の宝珠が反応するように青い光を放った。
エヴァ先輩は、どうぞどうぞ、という身振りで、クリストフ様にとどめを譲っている。
先輩、逃げましたね。
クリストフ様が剣を手に、魔神に近づく。
魔神はもう胴体と首だけになって、戦意喪失中。
マルクが足で急所を踏んで押さえつけている。
「クリストフさん、やっちまってください!」
「やっちゃえ、やっちゃえ!」
「皆、かたじけない……魔神グスタロフ! 覚悟!」
クリストフ様が聖剣で魔神の心臓を一突きにすると、魔神はあっけなく息絶えた。
そして、シュウっと音を立てて、姿が消えた。
第2形態、なかったのね。
「四大魔神にまでのし上がったというのに、哀れなことよ」
「しょせんグスタロフ程度では、ゼルゼア様の配下はつとまらないということです」
「四大魔神の席がひとつ空席になりましたな」
「手土産にあの聖剣でもいただいていくとしましょう」
しまった! 聖剣は床に突き刺さったままだ。
「そうはさせるかっ! 煉獄浄化!」
オーグストが部屋を赤黒い炎の海にする。
「む、高位神官か……」
黒マントたちは、オーグストの放った炎に動揺した感じで後ずさっている。
「ここはいったん引くとしましょう」
黒マントたちの後ろに転移魔法陣が浮かび上がる。
やつらが転移陣へ飛び込もうとした瞬間。
「行かせるもんかっ! 聖結界っ!」
バチバチっと音がして、転移魔法陣が光を失った。
通り抜けようとしていた黒マントたちは、頭と片手を魔法陣に突っ込んだまま、下半身だけジタバタしている。
マルクが大剣でお尻をつつくと、余計にジタバタして面白い。
「……どういう状態だよ、これ」
「いやこいつら、俺たちが祠の封印を解除するのを待ってたんだろ? だから、聖結界を通れないんじゃないかと思って、転移魔法陣に聖結界を重ねがけしてみたんだけど……」
「転移中にはさまった、と」
「上半身はどこに行ってるのかなあ? あっち側どうなってるんだろ」
「あっち側には頭だけだから、動けないんじゃない?」
「これはもらっておきましょう」
ニコラくんが、魔導士の方の死霊の手から、無理やり杖を奪い取っている。
「……このまま建物ごと封印して帰ろうか? こいつら、ここに封印しといた方がいいかも」
「うん、そうだね。 一応、魔神は倒したし」
ここは、オーグストの言葉に、従うことにした。
想定外の出来事なので、どうしていいかわかんないし。
放置プレイということで。
全員祠の外へ出て、オーグストが建物ごと封印する。
任務完了。