バッテリーの思い
皆は自分が生まれてきた時のことを覚えているだろうか?
おそらくそんな人はいない。どのようにしてそれを知るかというと、聞かせられるのだ。両親の出会い、出産時の出来事、乳幼児の頃の性格など。親、兄弟、祖父母などによって。
あまりにも繰り返し聞かされる為、それを自分の記憶だと錯覚する者もいるのだろう。
もしそれらが全て嘘で、皆が口裏を合わせていたらどうだろう…自分はそれを信じるしかない。
自分の1番古い記憶は5歳の時だ。それ以前の記憶もあるような気がするが、夢と現実の区別がはっきりとしない。私が現実のものとして覚えているのは、先代の神官と初めて会った日のことだ。
世話係達に連れられて港にいた。そこに停泊していた大きな船から1人の男が降りてきた。その男はそのまま大きな馬車に乗り込み港から去った。特に印象はない。顔は余り見えなかったし。ただ港と大きな船を始めて見たことが衝撃的で記憶に残っている。
私は10歳になると専用の教育係がついた。そしてこの世界の仕組みを習った。その時初めて自分がこの世界に4人しか存在しない神官であることを知った。この時点ではまだ先代が神官のその地位におり、私は正式なものではなかった。
私には両親、兄弟、親戚もいない。いや居るのかも知れないが一度も見たことがない。
この国のほぼ中央にある山、紅月山の頂上には祭壇ある。私はその祭壇で生まれたのだ。とはいえ私にその記憶はもちろんない。ただそう聞かされただけ。
実は何処かの親から貰われて来ただけなのかも知れない。
でもそれが事実か嘘か、どうやったら分かるのだろう。たとえ嘘だと分かった所で意味はあるのか。
子供の頃からとにかく体を動かすことが好きであった。特に剣や弓などの練習をよくやった。
友達も居なかったので、毎日のように軍の練習場に行き、そこにいる兵士達の訓練に混ざった。
私が暮らしている場所は、国の重要施設が集中している地域なので、訓練場などは多く存在した。
当初訓練場の兵士達は私に凄く気を遣っていた。
まだ子供で将来の神官である。それは当たり前のことである。
でも子供にとって周囲の者たちに一定の距離を置かれるというのは寂しかった。とたぶん思う。
感情というのは、それが当たり前になると特に何も思わなくなる。要はすぐ慣れて適応する。
特に子供なら慣れるのはとても早い。
その頃から私は最低限の言葉しか話さず、表情も相手が心配しないように、適当に笑っていた。
そうすれば相手が安心するからだ。
しかし時が経つと兵士達も慣れたのか、そこまで気を使われなくなった。相変わらず一定の距離は置かれているが。
ただ特に私の怪我にはかなりの注意を払われた。もちろん本物の剣は使えなかった。
その頃友人と呼べる者はいなかったが、それなりに自由に過ごしていたと思う。なので特別不満もなかった。
私は15歳になり、先代が引退し正式な神官となった。
紅月、藍月、黄月、緑月の神官達はそれぞれ15年。
光月の神官は5年が大体の任期だ。
私は神官になり今年で12年目になるので、その間光月の神官が一度交代したことがある。
そして今回の交代が二回目であった。
しかし前回の交代の時に最初に訪れたのは相手は私ではなく、他の国の神官だった。
なので、初めてその役目を果す光月の神官と対峙するのは今回が初であった。
光月の神官が交代したことは聞かされていたが、初めての相手が自分になるとは。
それを本人から聞かされたとき、正直心が躍った。
だがその感情を悟られてはならない....
光月の神官は4つの国(紅月、藍月、黄月、緑月)の神官達を全て平等に扱う。
決して1人に対して特別な感情を持ってはならない。
そしてその逆も同じである。4つの国の神官たちは決して抜駆けをしてはならない。
宝物を贈ったり、理由なく会いに行ったり等は決してしてはならない。
それはこの世界の安定を保つのに非常に重要だった。
理由は何個かあるが、最大の理由は光月の神官が蓄えられる力は無限ではないからだ。
最大の容量を蓄えるのに3ヶ月はかかる。その間に儀式をしてしまえば、蓄えられた力は減り、4つの国の神官達に均等に力を分け与えられなくなる。
つまり3ヶ月毎に一度一人ずつ順番に力を分け与えるという、この仕組みがこの世界の安定を保つ最善の方法となる。
その均衡を崩せばどこかの国がまず滅び、そしてこの世界全てが消失する。
と教育係の者から習った。
しかし実際に力の均衡が偏ったことは今までない。試してみることも怖くてできない。
光月の神官と4つの国(紅月、藍月、黄月、緑月)の神官達の関係は不思議である。
4つの国の神官たちは光月の神官を目の前にすると、なんとも言い表せない感情を抱く。
体に電流がビリビリと走ったような。心が燃え上がるような。
それでいて、とても穏やかな波を見ている時のような。
激情と安静が同居したような。説明は難しいがなんとも言えない気分になるのだ。
今日が初めての儀式だというその女が私を見た。それまでは一度もこちらを見てこなかった。
初めてか。なんかこちらも緊張してきた。
「まずは私は風呂にでも入ってこようかな」
言葉を残しそのまま風呂へ向かった。
とりあえず、頭を整理しよう。風呂に浸かりながら私は考えを巡らせる。
待てよ...初めてというのはこの儀式が初めてということだよな。
もしもその....男女の行為が初めてということとなると、話は変わってくるぞ。
痛みを緩和する薬などあったかな?しかし、ただ儀式が初めてという場合もあるな。
うむこれは直接聞いた方が良いな。
い、いや...待てあまり過去を詮索するのは良くないと、先代が言っていたではないか。
光月の神官は別の世界からやって来ている。過去はそれぞれだが、かなり辛い過去を持つ者も多いはず。
どうするか...これはとりあえず儀式の時に彼女の様子を見ながら対応するしかあるまい。
よしっと。勢いよく浴槽から出て布で体を拭った。衣を纏い部屋に戻る。
彼女はうつむいて長椅子に座っていた。物音に気づきこちらを見た。
不安そうな顔をしている。こういった場合は余計なことをせず早く儀式を始めた方が良いだろう。
寝室へ誘い、寝台に腰掛ける。自分は今どの様な顔をしているのだろうか。
彼女にはどう見えている。この地位につき12年目になる。この行為も10回以上やっている。
自分は余裕を保てているだろうか....
....まず何から始めようか、とりあえず抱きしめみるか?それとも口づけ?いや、何か話しをする?
前の時はどうだったか...あまり思い出せないな。
そんなに時は経ってない。前回のそれは一年前のこと。
我々にとってこの行為というか儀式は神官としての仕事なのだ。
失敗はできない。力を宿せなかったと言って国に帰ることはできない。
とにかく先に進めるしかない。相手が初めてならば、自分が導かねばならない。
深呼吸をし気持ちを落ち着かせた後、彼女の顎を片手で包み口づけをした。
すごく甘い........頭が何も考えられなくなる......
そうだ、この行為を一度初めてしまうといつもこうなる。
今まで保っていた理性が一気に消え、9割以上を欲望が支配する。
自分が獣のようになった気持ちだ。実際のところ私は人ではないらしいが。
しばらくすると彼女の顔が赤く染まってきた。同じように興奮しているのだろうか...
彼女の片手が自分の胸に添えられた。体に触れてくるということは、そろそろ次の行為に進みたいということだろう。
そのまま女の体を片手ですくい上げるようにもち、寝台に寝かせた。