中 ③
今回の世界を救う為の旅、勇者とその仲間は神が選んだつう話だが、だとしたら神様ってのは随分と俗なんだなって話だよな。
「……ふんっ。精々足を引っ張らない事だな」
先ず一人目、王宮騎士団出身の騎士ロビン。
どうも国王の庶子だって噂のある奴で、長身銀髪で顔は良いが愛想が無い。
そりゃ戦いが本職だってんだから猟師と田舎娘が仲間ってのが気に入らないんだろうが、もうちっと有るだろうよ。
「まあまあ、良いじゃないか。勇者様は可愛いし、旅が華やかになるだろう? あっ! 君も美しいよ、ルテミス。この後でお茶なんてどうだい?」
「今から旅立つ前の実地訓練ですよ、リオンさん。その後は反省会がありますし、お茶などに行く時間は有りません」
んでヘラッヘラ笑ってナンパしているのは魔法使いの協会の幹部の息子リオン、それを諫める真面目そうな嬢ちゃんは教会所属で大陸全土に影響する大商会の娘のルテミス……んーで、イリアは一応……そう、一応ゲースラの孫。
あの野郎、自分を祖父とは思うなとか言った癖に、今度の勇者は自分の孫だとか広めてやがる。
こんな風に有力者を各所から集めて顔を立てた上で教会関係者が中心だ、神様が自陣を依怙贔屓してんじゃねぇよ。
いや、まあ人間同士で脚の引っ張り合いになったりするよかはマシだろうし、俺をちゃんと娘と行動出来るようにしてくれたのは良いけれど、それを言い出せば十四の小娘を勇者に選ぶなって話だな。
頭ゲースラか、ボケ!
それとリオン、ウチの娘に色目使うな!
始まる前から不安が一杯の俺だが、イリアの方は呑気にしていて既にルテミスの方とは仲良くなってるっつーか、面倒見が良い嬢ちゃんが娘に合わせてくれている状態だ。
リオンはまあ、愛想が悪くは無いんだが、どーも男と女じゃ明らかに会話に掛ける時間に差があるんだよな。
一言一言が口説き文句みてぇになってやがるし。
ロビン? 取り敢えず初対面で今後宜しくって挨拶したら速攻で背を向けたぞ、彼奴。
「馴れ合う気は無い。役目だけこなせ」
……だーとよ。
「……まあ、仕方無ぇか」
育った環境、受けた教育、価値観が変わって当然だし、其奴が今の其奴になったのは何らかの理由があるんだろう。
飯の時は腹が立ってたから頭ごなしに否定する言い方をしちまったが、全員が十代やそこら、ロビンだけが二十だっけか?
三十過ぎのオッサンがどうすべきなのか、娘の前だろうとなかろうと、ちぃっと考えりゃ分かる事だ。
「お父さん、何を反省してるの? お母さんに叱られた時、そんな風に後ろ頭を掻いてるよね」
「……まあ、俺にも色々有るんだよ」
さーてと、今は役目に集中するとしましかね。
イリアを庇うように背を向けて立ち、弓を構える。
「……来たか。どうせ射抜け無い。牽制だけ考えろ」
ロビンが視線を向けるのはゴツゴツした岩のような甲殻を持つ虎、ロックタイガーってモンスターらしい。
そもそも俺達が何をしているかというと、教会から言い渡された訓練だよ。
「……へいへい。まあ、連携の練習だってなってんだし気楽に行こうや」
モンスター退治やら薬草の採取やらを仲介組織から受注して糧を得る連中が居るんだが、組んでいた奴が役に立たないからって新メンバーと入れ替える事がある、まあ、単独で狩りをしている俺には分からないが、有るんだろうな、そういう事って。
まあ、でも入れ替えた後で連携ガッタガタって事も有るし、初期メンバーだろうと実際に組んだら上手く行かないってのもザラらしい。
今回はロビン単独でも勝てる相手を用意して、そういうのを繰り返して旅に出る前に致命的な事故を防ぐ為なんだが……話聞いていたのか?
「……」
思考を除去、五射を向かって来るロックタイガーの方向へと放つ。
見えているのは射抜きたい場所のみ、五本の矢が当たるかどうか、指が矢から離れるよりも前に分かっていた。
駆け出したロビンの横を通り抜け、両目と両前脚の甲殻の継ぎ目に突き刺さり、悲鳴を上げて動きが止まったロックタイガーの首をロビンが切り落とす。
間接の継ぎ目を狙ってもないのに大したもんだ。
確か職業スキルも恩恵スキルも剣術の向上に強化が入るんだっけか?
「おっ! そんな奴の首を一撃とか凄いな」
「……ふん」
ハイタッチでもと思って手を挙げたがロビンはチラッと見るだけで無視だ。
ありゃりゃ、これは先が長そうだな。
娘も今は素直だが、反抗期が来たらこんな感じなのかと思っていると、当の娘が頬を膨らませて不満顔でロビンを睨みながら俺の服を引っ張っていた。
「お父さん、私、彼奴嫌い」
「そう言ってやるな。騎士ってのは民衆を守るのが仕事で、それを誇りに思ってたんなら守る対象だった筈の連中との危険な旅だなんて不満だろうさ」
腰を屈めて視線を合わせて語り掛け、頬を指先で押せば抵抗虚しく空気が洩れる。
はっはっ、面白っ。
「それより変な物貰って体は大丈夫か?」
「うーん。恩恵スキル”勇者”ってのを貰ったけれど、今の所は変な感じはしないけれど、ちょっとお腹が減りやすいかな? お父さん、お腹減った。ご飯未だ?」
「へいへい。もう直ぐだから少し待ってろ。直ぐに捌くから」
「捌く? ウィムさん、何か食材を持ち込んでいたのですか?」
此処に来る前、一応保存食は渡されたが俺の口振りからして他にあるのかと思ったんだろう、ルミテスは不思議そうにしている。
まあ、俺の荷物は最低限だったからな。
「塩漬け肉よりは新鮮な肉の方が良いだろう? さっきロッ……クタイガーの後ろに居るのを見つけてな。ついでに仕留めた。イリア、俺は準備してるから持って来てくれ。ついでに周囲の野草も頼んだ」
俺が指で示した方角の岩陰には目玉に深々と矢が突き刺さり、瀕死状態の猪が倒れている。
一撃で殺すのは出来たんだが、血抜きも有るし瀕死に留めた。
「はーい。お肉お肉」
「野草も忘れるなよ、野草も!」
「う、うん! 大丈夫大丈夫。忘れて……無かったよ?」
こりゃ完全に忘れてたな、彼奴。
肉に夢中になるにも程が有るだろうよ……はあ。
「お父さん、お代わり! お肉大盛り野草少な目で!」
「はいよ。肉少な目野草大盛りな」
あの後、渡されていた調味料と鍋での猪鍋を開始、バラしたばかりの猪肉を大量に食える野草とぶち込んで作ったんだが我ながら良くできている。
……ルミテスの嬢ちゃんにゃ解体してモツを刻むのが刺激が強かったみてぇだが、ロビンの方はモンスターを散々斬っているからか平気そうだったな、火をおこすのは下手だったけれど(リオンが魔法で火をおこした。便利だな、魔法)。
「……お玉を貸してくれ」
「あん? ついでだ、ついで。大盛りか? 特盛りか? 特大大盛りか? そっちの二人も若いんだからもっと食え。午後から持たないぞ」
此処に来るまでで結構疲れてたし、リオンとルミテスの体力が気になったり、酒が欲しくなった時だ。
俺が気付いてイリアの首根っこを掴み、それで気が付いたイリアに僅かに遅れてルミテスの手をロビンが掴む。
「ん? 何が……ぶべっ!?」
そして俺がリオンを蹴り飛ばし、全員がその場から離れた瞬間、全身鎧にランスを持った奴が八本脚の馬に乗って空から舞い降り、鍋を中心に地面を叩き割った。
次回ラスト!