中 ①
「もー! 折角街まで遊びに来たのにこんな所に連れて来るなんて!」
あの後、兵士達に連れられてやって来たのは教会所有のデケェ建物、その一室で妙にフカフカの椅子に座った娘が足をバタバタ動かしながらぶーたれている。
街で甘い物をたらふく食べたいって楽しみにしてたし、時間は昼飯前だ、俺も腹が減って来たな。
「本当、何をさせたいのかしら? 確か”これで勇者が見付かる”とか言ってたわよね? 勇者……あっ!」
「何だ、どうかしたのか?」
勇者って何だったか、昔聞かされた事があった気もするんだが思い出せねぇし、どうせ教会関連の話なんだろうが……。
正直俺は教会が大して好きじゃねぇ。
清貧だの不浄な財貨を手放して心身共に浄化しろだの言ってるが、偶~に村に来る神官は寄付ばかり要求する癖にマトモに神官らしい仕事もしねぇし、ぶっちゃけ偽神官だったんじゃないかって思ってる位だ。
「ほら、ウィルさんは一度”職業スキル”を貰った時に関わっただけで、大抵狩りに出ているから関わらないし教会自体に興味が無いから覚えてないけれど、私は育ちが育ちだから……」
「……あー、だったな。お前、教会関係者の家の出身だったな。忘れてたわ」
ぶっちゃけ俺が教会に興味無いのはリアムがその手の話を嫌うからしないってのがある。
それで結局どんなのだっけか? 勇者云々。
「あっ! 私、その話知ってるよ、お父さん。前の村長さんから聞いた事が有るや」
凄いでしょ、誉めて、とでも言いたそうな得意そうな顔で平らな胸を張る娘の頭に手を置く。
ぶっちゃけちゃんと覚えちゃいねぇだろうし、前の村長も物知りだったがボケて知識が穴だらけになってたからな。
「おぅ、そうか。んじゃ、俺に聞かせてくれや」
「うん! えっとね、確か四百…三百? 二百! 二百年に一度”魔石”っていうのが出現して、モンスターが増えて、それを破壊出来るのが特別な武器だけなんだけれど……続き忘れちゃった」
だろうな。
首を傾げながら唸るイリアだが、多分思い出すのは無理だろ。
どうせ直ぐに他の事に気が逸れるだろうと思った所で再び鳴った腹の音。
「そんな事よりもお腹減っちゃった! お母さん、何か持ってない?」
ほらな、大体こんな所だろうよ、此奴なら。
そんな所も可愛いんだが。
にしても勇者とか興味が無いから忘れてたわ。
毎日を必死に生きてると無関係っぽい事とか忘れちまうが、どうも今回は無関係じゃないっぽいしな。
どうせ途中で腹を減らすのは分かっていたんだろう、鞄からクッキーを包んだ紙を取り出したリアムに目配せすると頷いた。
流石は長い付き合いだ、第一印象は、偉そうな女、だってのに、関係も性格も大分変わったよな。
「じゃあ、続きを私が教えてあげるわね。世界中に散らばった魔石を破壊するのが勇者の役目なんだけれど、その仲間も四人って決められているの」
「え? 大勢で旅した方が楽じゃない?」
「勇者を含め五人での旅をするのも儀式の内なのだ。仲間に与えられる”恩恵スキル”も特別な物だしな。その様な事も知らぬとは田舎者には困ったものだ」
ノックもせずに開けられたドアの向こうから勝手に話に割り込んで更には馬鹿にしたみてぇに鼻を鳴らすのは腹の突き出た偉そうな神官、ジャラジャラ装飾品で着飾っているし、清貧は何処に行ったんだ?
「……ゲースラ」
「ふん。父親を呼び捨てか? リアム。死んだならば仕方無いと思って放置していたが、相も変わらず反抗的だ」
「え? 父親。じゃあ、この人って……」
「自分の祖父とは言ってくれるなよ、小娘。其処の女とは親子の縁を切った。そもそも其奴の母は卑しい身分だったのを囲ってやっただけだ。その様な血を引く者に価値は無い。……価値があるのは貴様の父親のみだ」
「……あっ?」
今直ぐにでもぶん殴りたいが随分と偉そうなので二人に危険が及ばない為に堪えていた時、不意に指先が向けられた。
「”予知”の恩恵スキルを持つ者が貴様こそ勇者の仲間の最後の一人だと口にした。四人揃った事で勇者を探す儀式が行える。……ふむ、よくよく考えれば勇者の仲間の妻ならば価値があるか。よし、親子の縁を戻してやろう」
「……随分と身勝手ね。相変わらずだわ」
「我が子など道具に過ぎん。有用なら捨てた物だって拾うだろう。では、早速任命式の前に此奴のスキルを鑑定するとしよう」
母親の普段と違う態度に不安そうにしているイリアをリアムが抱き締める中、ゲースラは俺に手を向けるが……此奴、恩恵スキルの鑑定が出来るって本当に高位の神官だったのか。
……職業スキルと恩恵スキル、それは簡単に言うと特殊な能力だ。
職業スキルは名の通りに職業に関する事の才能に上乗せをしてくれる。
俺の”猟師”なら弓やら野草の知識やらだな。
その辺の習得が早いらしい、らしいってのは説明を聞き流していたからだな。
スキルってのは神官の修行積んだ奴が与えてくれるんだが、俺に与えてくれたのはリアムだったからな、お陰で俺の村ではスキル会得に掛かる寄付金が浮いて助かったぜ。
んで、恩恵スキルの方だがある程度の神官なら付与が可能で、相性が良い奴の中から適正具合の高いのを選ぶ職業スキルと違い、結構な腕前が無いと無理な上に、職業スキルの十倍じゃ足りない位に高額の寄付金を払って鑑定して貰って有無が分かる、持ってたら発現して、持って生まれなくちゃ大金払った意味が無い物だ。
「恩恵スキルを持ってる人? 頭と運動神経と性格と見た目が良くって、家柄と財産と周囲の人に恵まれている人位に珍しいわよ?」
リアム曰く、こんな感じだとよ。
「無能な田舎者の貴様にも分かりやすく説明してやろう。貴様に与えられた恩恵スキル『無敵』は攻撃によって怪我を負う事がなく、毒や呪いさえも無効とするという物。勇者の肉壁に相応しい物だ。ふふん。学の無い猟師如きと不安だったが、これで少しは安心か。喜べ、リアムとの結婚は認めてやろう」
「……へいへい」
「任命式の時間がくれば呼んでやる。それまで大人しくしている事だな!」
俺の反応なんざどーでも良いって感じにゲースラは部屋から出て行くが……ぶっちゃけ殴らなかった自分を誉めてやりてぇ。
「何なの、あの人! お父さん、お母さん、私、彼奴嫌い!」
「同感だな。絶対一発は殴ってやりてぇ」
「ほらほら、二人共落ち着いて。多分これから殴りたくなる事は多いわよ。多分途中で投げ出したりしない為に私とイリアを自分の屋敷に閉じ込めたりするわ、あの男だったら。身内だから住まわせても問題に出来ないし……」
……成る程な、二人は俺を縛る鎖にピッタリって訳か。
とことん腐ってやがるぜ、あの豚野郎。
「本当に腹立つわ。だからウィルさんが世界を救ってる間に私は彼奴の弱みを握っておくから、迎えに来た時に全力で殴ってやって」
「任しとけ。顔の腫れが引かないレベルでボコボコにしてやるよ」
「お父さん、私も! 私も彼奴をぶん殴りたい!」
「おうおう、良いな。……だが、まあ、お前は……少し勉強する良い機会だな」
「うげっ!?」
「そうねぇ。家のお手伝いをする時間をお勉強に当てられるわね」
「お母さんまで……」
まあ、これが冒頭に続く回想って奴だ。
んじゃ、とっとと世界救って豚を殴り飛ばそうかねぇ……。
んで、この後で任命式をやって飯も食ったんだが……ちぃっと予想外の事が起きてしまってな。
この日より少し経って遠い空の下、旅路の途中での事だ。
「お父さん、お腹減った!」
「もう直ぐ休憩だから我慢してくれや、イリア」
「うん! 我慢する!」
なーんで娘まで一緒に旅する事になっちまったのかねぇ……。